124 出産のドタバタ
「あんた達!、ボサッと座ってないで、お湯でも沸かしてきな!」
産婆のデカい一言で、野郎達は一斉に動き出す
この世界では産婆の地位は高い
出産は全て産婆が対応する為、貴族相手でも強気だ
逆に産婆を攻撃なんてしたら大事になるんだ
「アルバートはお湯の準備を。辺境伯と俺は清潔なタオルを集めてからここで待機だ。部屋に入れるのは女性だけだから、スゥはここで待機して、何かあれば連絡係を」
まだ混乱する頭で必死に指示を出す
皆、足元がフラフラしているが仕方ない
正座のダメージが甚大なんだ
辺境伯に治療魔法をかけていると、メイド達がシーツとタオルを大量に持ってきてくれた
おお、準備がいいな
「ゼスト閣下、奥様のご出産の知らせは城中に届いております。安心してここでお待ちくださいませ」
「そうか、助かる。お前達が頼りなんだ。よろしく頼む」
後から知った事だが、この時には全業務が停止していたらしい
陛下の勅命で『ゼストの妻が最優先。邪魔したら反逆罪だ』との言葉があったようだ
……陛下、この恩は暫く忘れませんよ
そんな通常業務を投げ出したメイド達の協力もあり、俺と辺境伯はやる事が無い
廊下に用意されたイスに座って待っているだけだ
「ふぅ、しかし出産か……こんな時にはワシ等は役に立たないのぅ、婿殿」
「そうですね。戦いなら参加出来ますが、この手の事になると役立たずですよ」
紅茶を飲みながら話す
こんな魔力が有っても出産に使えない
祈って待つしかないって辛いな
辺境伯と二人で待つこと数十分
バーーンと勢いよくドアが開けられる
「何を呑気に紅茶なんぞ飲んでるんだい!治療魔法の使い手を探してきな!!至急だよ!!」
血だらけの産婆が鬼のような形相で怒鳴る
これは……危険な状態なのか?
「どの程度の使い手を集めればいいんだ?複数の使い手か?高位の使い手を少数か?」
「腕のいい使い手を。血が足りなくて危ない状態だよ」
やっぱりそうか……
出産の知識はそんなに無いが、あんなに出血するなんておかしいとは思っていたが……
「辺境伯、帝都の治療魔法の使い手で有名なのは誰ですか?急いで連絡を!」
「任せろ。元宮廷魔導士にいいやつが……はっ!ソニアは領地か!!……どうせなら、噂のライラック聖教国の聖女殿を頼るか……」
師匠か……今から辺境伯領地に迎えに行って間に合うか?
いや、ドラゴンの速度なら!?
「アルバート、アルバートは居ないか!」
「はっ!何でしょうか、閣下」
三角巾を着けてお湯係と化したアルバートが返事をする
「アルバート、緊急事態だ。大至急で辺境伯領地に向かい、ソニア義父上をさらってこい!」
「これを持っていけ!辺境伯の証たる短刀だ。それを見せればソニアは黙って付いてくる」
「はっ!お預かりいたします」
短刀を受け取り走り出すアルバート
彼に任せるしかない
次は聖女とやらか……誰だそれは
「聖女殿とは?どんな人物なのですか!?」
「知らんのか?婿殿の領地に教会を建てた……」
はあ!?あの、ポンコツが聖女殿!!
た、確かに魔力や素質はあると思うが……とりあえずは連れてこよう
「メイド部隊、誰か居ないか!?」
「はっ!メディアが控えております、閣下」
「メディア、ぽんこ……公爵領地のシスターを連れてこい。事情を話せば断らないだろう。行け!」
「はい、必ず連れてまいります」
窓から飛び降りて向かうメディア
……ここ、三階だよな?メディアだから平気か?
ドラゴンが飛び立つ音が聞こえたから生きてるようだ
どうか、間に合いますように……
辺境伯と一緒に祈る中、再びドアが開けられる
義母ラーミアが仁王立ちしていた
「ゼスト!!あなた、治療魔法の使い手でしょうが!早く入りなさい!!」
「「…………あ」」
俺達は……野郎達は、まだまだ混乱していたらしい……
「産婆殿、治療魔法なら任せろ!一日中だろうとも、かけ続けるぞ!」
「自慢はいいから、さっさとやりな!!手は綺麗に洗うんだよ!!」
「あ、はい」
部屋に入ると戦場だった
あれだけ用意したシーツやタオルが真っ赤になっている
ベッドでは青白い顔のベアトが横たわっていた
「ベアト、お前は絶対に死なせない。安心しろ」
そう言葉をかけて、治療魔法を全力で使う
体力を回復しながら血を補充するイメージ
どうかベアトが助かりますように……
子供が無事でありますように……
そう祈りながら魔力を全開にする
「な、なんて魔力だい……あんた、平気なのかい?」
「大丈夫だ。この程度でいいなら三日は続けられるから、安心してベアトを頼む」
産婆にドン引きされながらも治療魔法を続けた
「産婆殿、あの子は馬鹿みたいな魔力だから平気ですわ。それに使い手としてもソニア以上ですから、もう安心です」
「あのソニア様よりかい?ああ、有名な公爵閣下はこの子だったのかい。なら安心だね」
先ほどまでの緊迫した空気は無くなった
なんなんだよ、俺が何だって?
「普通なら死産を覚悟しろって状況だけど、こんな魔力での補助があるなら……これ以上簡単なお産はないね」
産婆の言葉通り、その後は順調に出産は続いたのだった
「オギャーー!オギャーー!」
「おお、元気な女の子だね。しかも奥さんに似て美人だね」
「ベアト、頑張ったわね」
「産まれた……この子が私の子供……」
部屋に響く赤ん坊の泣き声
あれから二時間程で、無事に出産は終わったのだ
「本当にベアトにそっくりだわ。将来は美人になるわね」
「あったかい……よろしくね?私のかわいい子」
ベアトの胸の上で抱きしめられる赤ん坊
それを愛おしそうに見守るラーミア義母上
「やれやれ、あたしは帰るよ。おめでとう、よかったね」
疲れた顔で出ていく産婆
「かわいいですわ。私も産みたいです」
「やっぱりいいわね。早く結婚しないと」
「うう、うらやましい……結婚なんてって思ってたのに」
メイド部隊もキャイキャイ騒いでいる
ふふ、無事に終わってよかった
「で、婿殿はいつまでそうしてるのかしら?まったく、出産を見たくらいで貧血になるなんて……」
「面目ない」
俺はソファーに寝かされながら、その様子を眺めていた……
いやぁ、あれは直視出来ませんでした……




