116 敵と味方
「陛下、本当に申し訳ありません」
「ゼスト……苦労をかけるな……」
ツバキの無礼を詫びるつもりが、陛下に同情されるとはな
お互いに顔を見合わせて肩を落とす
俺の実の娘がやらかしたなら、叱られて終了だ
だが、やらかしたのが陛下の娘で養女となると話が違う
「アレの事は皇后に任せて、俺達は話を続けるか」
「そうしましょう……」
白目のツバキは皇后が搬送してくれた
今は別室で休んでいる筈だから、安心だろう
疲れ果てた体の為に、甘めの紅茶を飲む
本音だと酒でも飲みたい気分だが、我慢するか
「さて、マルス王子。それで宰相側には、どの程度の勢力が付いている?」
「はい、ハイエルフ……こちらで言う貴族階級の者達の三割程度ですね。その中に、影響力が強い者が居るのが問題でして」
ふむ、三割か……後は日和見の連中か?
「影響力が強いとは、具体的には?そして王子派はどのくらいだ?」
俺の質問に、こわばった顔でマルス王子が答えた
「はいっ!宰相と内政担当の高官、軍事部門の将軍三名のうち一名です」
ビシッと背筋を伸ばして答えた
やめろ……これ以上脳筋は必要ないし、そんなにビビるなよ
「なるほどな、その程度ならば……で、王子派は?」
「それが……今のところ、おりません」
「なに?今、居ないと聞こえたような気がしたな」
「陛下、私もそんな空耳が聞こえました」
「馬鹿のフリをしないと危険でしたので、そうしましたら……」
その理屈はわかるが、ゼロとは恐れ入ったな
陛下も額を抑えている
「王妃派はどうだ?王妃ならば、それなりの影響力があるだろう」
「さすが陛下です。ご慧眼、感服いたしました」
さりげなくヨイショした俺だが、王子の言葉で恥をかく
「その、王妃は……母は宰相に……」
申し訳なさそうに言う王子の言葉に、俺と陛下は深々とため息をついたのだった
「結局、宰相派は五割といったところでしょう。ですが、話を聞く限り……流されて付いている者も多そうですね。真剣に魔王復活などと考えているのは、そう多くはないかと」
「ふむ。ゼストがそう言うとはな。勝算があるという意味か」
「エルフの兵力は約5000人との事。半分の2500人ならば、いかに精強なエルフといえ……私と辺境伯の敵ではありません。それに、精霊化の英雄の名前も使えば……」
「政治的に追い詰められるか……」
目をつぶり、ひとしきり考えた陛下は判断をくだす
「よし、最悪の場合は開戦になっても構わない。王子を助ける方向で動くぞ。魔族や教国の対応はゼストに任せる」
「御意。まずは魔族に連絡をとり、確認いたします。彼らは情報を掴んでいるでしょうし、反目はマズイでしょう。その後は、早急に結婚式ですかね」
「ああ、それでいこう。エルフの国に介入する理由が要るからな」
「わかりました」
「皇帝陛下、義父上。よろしくお願いいたします」
マルス王子が深々と頭を下げたから、これでとりあえずの会談は終了かな
だが、陛下は最後にこう切り出した
「そいいえば、ゼストの動員兵力はどんな程度なんだ?」
聞くんですか、それを……
あんまり言いたくないなぁ
「黒騎士が500人、メイド部隊が200人、元冒険者500人、獣人の志願兵が2000人ですね。初動で動員出来るのは……」
「約3000人かよ、最大動員は?」
「初動で3000……」
「予備の獣人達を総動員すれば、もう5000可能です」
俺の領地の獣人達は、普段は農民だったりしているんだ
だが、有事にはほぼ全員が兵士になると志願してくれている
「もう、お前だけで勝てそうだな……」
「じゅ、獣人7000人に精鋭の黒騎士と戦乙女とか……義父上はどこに向かおうとしているのですか?」
呆れた顔の陛下と王子
二人はなにやら通じ合ったようだ
「な?ゼストは怖いだろ?領地を変えようにも、獣人が多いあそこを統治出来るのはこいつだけだ。厄介なことにな」
「お察しします、陛下。しかも隣は、あのライラック聖教国ですか」
「下手にゼストを冷遇したら、あの国も敵になるんだ。もう、あいつが皇帝にでもならないかって話だな」
「それは……なんとも」
はぁーっと仲良くため息だ
冗談じゃない
「私には国の頂点に立つ器はありませんよ。今の立場が精いっぱいですから」
「こんな性格だから助かってる」
「なるほど、陛下の懐刀という訳ですか」
「ああ、だが甘く見るなよ?こいつは確かに今の立場に満足している。だが、かみつき場所を誤ると、大怪我じゃ済まさない奴だぞ」
そう言って笑う陛下が続けた
「ゼスト、もしベアトリーチェに俺が手を出したらどうする?」
ははは、陛下も冗談が好きだな
「面白い冗談ですね、陛下。でも……もしそれが本当になったら、帝国ごと消しますけど」
「な?あいつ本気だからな、王子もベアト……義母にだけは触るなよ?消されるからな」
「義母上には、絶対に無礼はいたしません!」
ブンブンと首が取れそうな勢いで振るマルス王子
陛下も足がプルプルしていた
陛下、これ芝居でしょ?王子に釘をさしただけですよね?
あれぇ?違ったのかなぁ……
「そうしろ。それさえしなければ、こいつは身内には甘い。王子の為に……いや、ツバキの為にも協力してくれる」
「はい。ご助言、ありがとうございます」
うん、やっぱり王子に注意をしたかったんだな
俺の取り扱い注意をな……
まあ、この王子がベアトに何かしたら殺す自信があるから仕方ない
まあ、これで今回の会談は終了だろうと切り出そうとした
だがそれは出来なかった
ゆっくりとドアが開いていくのだ
「あなた。ツバキは泣き疲れて寝てしまいました。いったい、どうなっているのですか!?」
普段の温和な顔を、般若のようにした皇后陛下の入場だ
「では、失礼いたします。両陛下」
「失礼いたします」
危険を感じた俺達は、絶妙なタイミングで挨拶をする
置いていくのか?って顔の陛下は無視だ
俺が助かる為だ、陛下には犠牲に……
「あなた達も待ちなさい。ゼストは養父で王子は婿でしょう!関係なくありませんよ!」
「申し訳ありません」
「おっしゃるとおりです」
「クックック、ゼストめ怒られて……」
「あなたが一番の原因です!笑ってないで反省なさってください!」
俺はこの日、皇帝陛下と一緒に正座するという貴重な体験をしたのだった
女性には……いや、妻にはキチンと説明しておかないと、陛下でも正座するみたいです