115 密談の結果
「おはようございます、旦那様」
「ああ、昨日は眠れたか?無理をするなよ」
「ありがとうございます。問題ございません」
あの陛下からの手紙でスゥは真っ青になり、俺もダメージが大きかった
一夜明けてから、改めて話をする事にしていたのだ
「陛下との会談は段取り出来るか?」
「非公式に可能です。夕方より、皇族の居住区にツバキお嬢様の結婚の挨拶に向かう事になっております」
完璧だな
こういう部分は優秀なんだよな
「それで頼む。あと、領地のカタリナに準備はさせておけ。辺境伯にも密使を送れ」
「かしこまりました。内容は?」
「……おとぎ話を繰り返すかもしれない。それでわかる筈だ」
「かしこまりました。手配いたします……ラーミア様には?」
俺が義母の名前を出さないのが不安だったのだろう
だけど大丈夫だ
「義母にはベアトが挨拶に行くだろう。そのときでいいさ」
「そうですね、あまりバタバタしては怪しいですからね」
納得したスゥが部屋から出ていく
忙しい一日になりそうだな……
義母との連絡はベアトに任せた
娘が母親を久しぶりに訪ねる……まったく違和感が無い
ましてやベアトは妊娠中だからな、完璧な理由だよ
その間に俺は、カルファを呼び出した
名目は……妊娠中で機嫌が悪い妻に贈り物を選ぶ為
だが、実際は違う
「カルファ、俺の指示で食料を用意するとしたら……どの程度の量を用意出来る?」
「食料……この時期でしたら、閣下の全軍を一年は維持させる量は集めてみせます」
「まだ集めなくていいからな?あくまで念のためだ」
「かしこまりました。いつでもお声をかけてください」
もし戦争になれば必要なもの
兵士はカタリナが用意するだろうし、辺境伯の軍も協力してくれる
食料はとりあえずの分は確保出来そうだな
……だが、一番大事なものが手にはいるかどうか
後は陛下との会談次第か
やれる手段はとった俺は、夕方までは仮眠する事にした
もしかしたら、陛下との会談からエルフの王子との会談に雪崩れ込むかもしれない
休めるときには休まないとな
執務室のイスでうとうとしていると、スゥに肩を揺らされた
「旦那様、そろそろお時間です。ご用意を」
「わかった……ベアトはどうした?」
目をこすりながら聞いてみる
「奥様は夕食の後に帰るそうです。久しぶりに話が弾んでいるのかと」
なるほど……じゃないや、義母が護衛するって意味だな
またお土産を渡さないと不味いな
顔を洗って着替える
一応、皇帝陛下に会うんだから普段着では駄目だ
黒い軍服を着て、皇族の居住区へに向かう
「おお!ゼスト。元気そうで良かった」
「はい、皇帝陛下。お変わりなく安心いたしました」
皇族お付きのメイドに案内されて入った部屋には、陛下が待っていた
皇后は居ないな……何か訳ありか?
お茶を準備したメイドが部屋から出ていくと、陛下の顔から笑みが消えた
「慌ててお前が会いに来たって事は……手紙の意味がわかったのか」
「はい、おとぎ話の件ですよね?」
「ああ、困った話だ。お前のところと、辺境伯で何とかなるか?」
「エルフがどの程度、まとまっているかによりますね。場合によってはライラックも巻き込みますか?」
渋い顔の陛下だが、仕方ないと判断したようだ
ライラック聖教国とは噂があったから、あまり良くはないが……
「負けるよりはマシか……」
「まだ、開戦するかはわかっていませんよね?」
「だが、最悪の想定は必要だからな。もうすぐエルフの王子も来るぞ?まったく、たいした奴だ」
「エルフの王子が?いったい何の用ですかね?」
しらばっくれやがって……
そう言いたげに、恨めしそうに陛下は見ている
……バレバレかな?
俺がエルフの王子を切れ者だって、知っていると
いや、疑っているだろうなって、程度かもしれない
「まあ、いい。奴が来るまでゆっくりしよう」
「御意」
『お前、知ってたろ?』
『ワカリマセン』
意訳すればそんな内容の事をやり取りしていると、いよいよ奴が到着したようだ
ドアの外に、二人の気配を感知した
「失礼いたします。エルフ王のご嫡男、マルス様がいらっしゃいました」
「入れ」
陛下の言葉でドアが開く
メイドに続いて入ってきたのは、長い銀髪の青年だ
切れ長で細い目、体格は痩せている
美青年って感じだな……耳は長いけど
日本なら、アイドルグループでも組みそうな外見だ
「ご無沙汰しておりました、皇帝陛下」
チラッと俺を見るが、陛下に挨拶するのが先だ
「マルス王子、元気そうで何よりだ。まあ、座れ」
陛下に言われてソファーに座るマルス王子
俺は鑑定魔法をかけながら警戒している
お茶を用意してメイドが出ていくと、陛下が切り出した
「マルス王子、この男がゼスト公爵だ。知っていたか?」
「あなたが……お初にお目にかかる、マルスと申します」
「はじめまして、マルス王子。いや、婿殿とお呼びしましょう」
ニッコリ笑いながらの挨拶だが、少しも油断はしていない
このマルス王子……なかなかの腕だろう
軽くソファーに座り、いつでも立ち上がれるように準備した
「さて……挨拶も済んだし本題だな。マルス王子よ、素晴らしい芝居だったな」
「数々のご無礼、伏してお詫びいたします」
ソファーから立ち上がり、方膝を床に突いた
俺は警戒レベルを上昇させる
この体制は、陛下に襲いかかる事が可能だからだ
「婿殿、今すぐソファーに座れ。その体制で皇帝陛下の側に居るな」
魔力を解放しながら、強めに忠告する
陛下に絶対の忠誠を誓ってはいないが、この状況でマルス王子がやらかしたら……
間違いなく、共犯扱いだ
「どうした婿殿。ソファーに座れ」
「……はっ!か、かしこまりました」
若干、引きつった顔でソファーに座った
それを確認してから魔力を抑える
「ゼストは心配性でな。他意はないんだ、マルス王子」
「陛下。婿が御前で失礼いたしました」
「ははは、ゼストの娘婿だからな。気にするな」
「ご配慮、ありがとうございます」
うん、見事な猿芝居だな
『マルス王子、お前調子に乗ると殺すぞ?』
『どっちが上かわかってるよな?王子だぁ?国がガタガタで意味無いじゃん、あくまでもゼストの娘婿って扱うわ』
って、意味である
それが理解出来たのか、マルス王子は大人しく座ってプルプルしていた
「で、エルフの国はどんな状況なんだ?」
紅茶を一口飲んだ陛下に聞かれたマルス王子
その答えは、正直……俺の予想の斜め上だった
「はい……父、国王はすでに亡く……宰相が実権を握っております。奴の企みは……」
プルプル震える自分に気合いを入れる為だろう
バシッと頬を叩いてから、マルス王子が告げた
「宰相の企みは、伝説の魔導科学の復活です。あの忌まわしい魔王……魔導科学の王になるつもりなのです!」
魔王って……魔導科学の王って意味だったのか……
これは決まりだろうなぁ
シーンと静まりかえる部屋
さすがの陛下も言葉がないようだ
俺も心臓がバクバクいっているから、他人の事は言えない
そんな緊迫した部屋に、ドンドンとドアを激しく叩く音が響いた
ハッと我にかえった陛下が声を出す
「何だ!何事だ!」
「ツバキ、入ります!」
何事だと聞いた陛下に対する返事が、入りますだとさ
バギンって鈍い音を出しながら、ドアが倒れる
「マルス王子!助けにまいりました!」
まるで物語の英雄のように、ドヤ顔のツバキが立っている
陛下と王子がポカーンと固まる中、ツバキの頭を砕けないように殴り付けた
「この、馬鹿娘がっ!貴様は何をやっているのだ!助けにきただと?愚か者がっ!むしろ悪化したわ!!だいたい……」
「ゼスト、ツバキは聞こえてないようだぞ?」
「ぜ、ゼスト義父上……ツバキは泡を吹いて痙攣しております」
足元を見ると、ツバキは白目をむいていた
「寝てる場合か!この、馬鹿娘がっ!」
「ゼスト、それは失神だろう」
「ツバキが……ツバキが……」
この混乱は、音に驚いた皇后陛下が到着するまで続いたのだった
……気苦労で死にそうです




