113 カルファと勉強会
「ゼスト公爵閣下、今日はよろしくお願いいたします。これは、ほんの手土産でございます」
「カルファ、そんなに気を使うな。スゥ、お茶の用意を」
「かしこまりました」
エルフの王子との会談はまだ先だ
とりあえず、時間があるうちにカルファを仕込む事にした
勉強会みたいなものだな
「さて、前回は基本的なところを説明しただけだったな。今日は応用編か」
「はい!お願いいたします!」
元気にポニーテールを揺らすカルファ
お姉さんってより、近所のねーちゃんって感じかな
なかなか親しみやすい人だ
「応用編と言っても、そう変わった事はないんだ。基本の聞き取りの精度を上げる事と、少しだけの注意だけなんだ」
「聞き取りはわかりますが、注意ですか?」
「ああ、会話の中で『いかに相手の味方になれるか』これだけだ」
「相手の味方に……ですか」
大きな目をパチクリさせるカルファ
いまいちピンとこないらしい
「そうだな……例えば、俺が買い物をしたい。魔道具が欲しいが妻に叱られる事を心配している。そんな状況だとしよう」
「よく聞く設定ですね……私も覚えがあります」
「そんな俺にどうやって魔道具を売る?」
「そうですね……魔道具の性能や、値段でしょうか?」
ふふ、やっぱり引っ掛かるよな
新人営業の頃によくやったミスだ
「そんな客には売るな」
「……は?」
「だから、そんな客には売らないんだよ」
「ええっ?」
ははは、混乱してるな?
面白いくらいに驚くカルファ
「もう少し詳しく言うと、今は売らない。わかるか?」
「今は売らない……今は?」
「妻を気にしているなら、なぜ一緒に妻を説得しようとしないんだ?宝石や生地を贈るか、花の方がいいのか?って、客に聞けば答える。まずは心配事を潰すのさ」
「……なるほど!それが味方になれるかって事ですか」
ようやくわかってきたようだな
相手の心配事がわかっているなら簡単だ
『私が一緒に解決出来るように協力します』
この殺し文句が使えるからな
「品物を売る為に営業してるのか?貴族が相手なら、気に入られれば品物などいくらでも売れる。お前がやるべき事は、貴族の懐に入っていく事だろう?」
「目先の利益に、騙されるなとおっしゃるのですね」
なかなか優秀な生徒だな
管理職のカルファに必要な事がわかったらしい
「お前が品物の売り込みなど、しなくていいのさ。お前から買ってやるって貴族を捕まえるのが仕事だぞ?」
「はい、閣下。そのお言葉、忘れません!」
「それと……スゥ、あれを用意してくれ」
「かしこまりました。旦那様」
俺の言葉に素早くスゥが反応して、箱を持ってきた
「カルファ、受け取れ。もし、どうしようもない事態になったら使え。いいか?ためらうなよ?」
「え……かっ、閣下!これはっ!」
箱の中に入っているモノ
それは公爵家の家紋が入っている短剣だ
「大丈夫だとは思うが、万が一の用心だ」
「ですが、家紋入りの短剣とは……」
そうだよな、当然知っているよな……家紋入り短剣の意味
その持ち主は家紋の家の関係者とみなされる
ちなみに偽造がバレたら、一族皆殺しだ
要は『こいつに喧嘩売るなら、ウチが相手だからな?』って印だな
「ターニャにも渡す予定だから、気にするな。それだけお前には期待しているんだ。しっかりな」
「つ、謹んで、頂戴いたします!」
震える手で、箱を受け取り頭を下げる
公爵家に喧嘩を売る馬鹿はいないから、とりあえずは安心だろう
まあ、使ったら公爵家の身内とバレバレだから、情報収集は出来なくなる
それでも見捨てるような事はしたくない
「それは切り札だ。だが、身の危険を感じたらすぐ使え。そして公爵領地までこいよ?わかったな?」
「閣下のご期待に、必ず応えてみせます!」
箱を抱いたカルファは、力強く俺を見詰めていた
「期待はしているが、死なれては困るから渡すんだ。勘違いするなよ?」
「はい、かしこまりました。閣下のご配慮に感謝いたします」
その後も、細かい事を教えながら勉強会は夜まで続いたのだった
カルファはコツを掴んだらしく、俺の話をどんどん吸収していった
これなら、情報収集は任せて大丈夫だろうな
久しぶりに、長々と喋って疲れたな
領地に居たら帝都の情報がわからない
大事な情報収集要員だからと、ちょっとはりきり過ぎたかな?
執務室のソファーに座り、肩を揉みながら首を回す
ああ、ポキポキいってるよ……おっさんだからなぁ
治療魔法を使いながら、紅茶を一口飲む
今日は早めに寝ようか?そんな事を考えている俺の耳に、カチャリとドアが開く音が聞こえてくる
「アルバートか……どうした?」
「閣下、お疲れのご様子。いかがですか?たまにはコッソリと街に出るのも、気分転換になるかと」
アルバートは護衛隊長だから、執務室に入るのにノックはしない
寝室にも、許可無く入っていい事になっているくらいだ
なんだかんだ、信頼してるんだよ……この駄犬は
「街かぁ……良い店でもあるのか?」
「はっ!黒騎士達も護衛をいたします」
ニヤリと顔を見合わせる
そうだな、たまには部下達を労わないとな!
「よし、アルバート!久しぶりに行くか!」
「行きましょう!」
こうして、今夜は街にくり出して騒ぐ事になった
暴れんぼうの将軍様だって、やってるんだ
公爵がやっても問題ないだろう
そして、野郎達と共にその店に到着した
『おさわり酒場・もふもふ天国』
で、ある
「アルバート、貴様……なかなかの趣味だな」
「かっ……ゼスト様、ここは初めてであります」
「アルバートの兄貴は『つるぺた学園』だもんな」
「ああ、あれにはたまげたわ」
「アルバートさん、本当に好きですよね」
……アルバート、貴様は貴族だぞ?
いや、兵士達の人心掌握だとしても……お前……
睨み付ける俺から目を逸らして、アルバートが告げた
「さあ、参りましょう!楽園が待っております!」
強引に黒騎士達を黙らせて、俺達はもふもふ天国に入っていった
「あらぁ、いい男ね!あたしの好みよ、可愛がってあげるわ」
「黙ってるなんて……照れ屋さんなのかしら?」
「ウフフ、ほら、触ってもいいのよ?」
現れたのは、すね毛や胸毛……腕毛までもふもふの女装したおっさん達だった……
「アルバートの大馬鹿野郎はどこだ!!手打ちにしてやる!!!」
「おっきな声出して……あたし、嫌いじゃないわよ?」
「照れ屋さんねぇ」
「あらあら、座らなきゃ駄目よぅ」
こうして、もふもふ天国の夜は更けていったのだった……




