111 商人の使い方
「旦那様、商人がきております。いかがいたしますか?」
ベアトに必死に説明して、ようやく解放された俺にスゥが聞いてくる
よく考えたら、スゥがアレを渡すからこんな事になったんじゃないのか?
「商人とはすぐに会う。ところでスゥ、お前のせいで俺はさんざんな目に……」
「申し訳ございませんでした。次からは、間違いなく奥様のモノを用意いたします」
「……違う、そうじゃない。ベアトに叱られるだろうが!」
「え?何故ですか?愛する人の匂いを嗅ぎたいと思うのは、当然ではありませんか」
キョトンするスゥを見て、俺までキョトンとしてしまう
「もしかして、獣人はそうなのか?人族は違うみたいだぞ?」
「なっ!?そうなのですか!」
「なるほどな……ようやく納得したぞ。あれだな、種族を差別するつもりはないが……種族ごとの常識には差があるようだな」
「驚きました……人族もてっきりそうだと思っておりました。ソニア様が特殊だったのですね」
……さりげなく師匠の性癖を知ってしまった
「特殊ではないさ、男なら欲しがるだろう。だが、女性は嫌がるだろうな。師匠の件は黙っておきなさい」
「勉強になりました。では、旦那様?まいりましょうか」
獣人族とのギャップに驚きながらも、商人の待つ部屋に向かう
今度からは、種族間の違いって部分もよく調べないとな
そういえばアルバートの踊りも、何か意味があるのかも?
そんな事を考えながら、スゥの後ろについていく
フワッと、フローラル系の香りが心地よい
いい匂いするよなぁ……
「はじめまして、ゼスト公爵閣下。ターニャの部下でカルファと申します」
スゥの匂いで、軽くトリップしていたらしい
たまっているのだろうか?いかんな……
「カルファか、よろしく頼むぞ」
「はい、ゼスト閣下に気に入っていただける品をご用意いたしました」
目の前で、忙しく品物を並べる女性
20代後半か?赤毛をポニーテールにした、活発そうな人だな
大きなクリッとした目が特徴的な美人だな
「この魔道具は、何と最新式でして……」
いろいろ紹介してくれるカルファだが、俺はベアト用が欲しいんだよなぁ
彼女は俺が重要視していない、最新式魔道具の火力や携帯性を熱く語っていた
こいつ……もしかして?
「カルファ、一ついいか?」
「は、はいっ!何でしょうか、閣下」
俺に突然説明を止められたカルファが、ビクンとしながら魔道具を置く
「……お前の店……売れてないだろ?」
「!?」
やっぱり図星だな
口をパクパクさせて、真っ赤になっているカルファ
「ターニャめ、俺に何とかしてくれって意味か?」
「あ、あのう……閣下、これを」
手渡されたのはターニャからの手紙だった
「閣下ならば、そうおっしゃるだろうと言われました。そうしたら、閣下にお渡ししなさいと……」
申し訳なさそうに言うカルファにもお茶を用意させて、手紙を読む
「はぁ……」
思わずため息が出る
ターニャからの手紙はこうだ
このカルファを自分の代わりに帝都の責任者に考えている
だが、この子は能力はあるのに営業が壊滅的に下手らしい
帝都の責任者になれば、貴族相手の営業が増える
何とかならないか?って話だった
だけど悪い話じゃない
俺が教育してカルファが使えるようになれば、帝都に情報収集の手駒が増える
更に、ターニャにも恩を売れて……か
よく考えてあるわ
「カルファ、お前は営業が苦手か?」
「はい、おっしゃる通りです。どうしても上手くいきません」
ショボンとしている彼女は、ポニーテールまでしなびているようだ
「仕方ない、ターニャの頼みだからな。公爵家秘伝の営業術を伝授してやろう」
「公爵家秘伝!?そのような奥義を私に!」
「うむ。だが、この秘伝は軽々しく教えるものではない。お前にも覚悟が必要だ」
「覚悟……ですか?」
パッと自分の胸を隠すカルファ
違う……その覚悟じゃない……
スゥも、俺をにらむのをやめなさい
「これを伝授したからには、公爵家の協力者だ。いろいろと協力してもらう事になる」
「協力者……」
「私は領地に居るから、なかなか帝都の話が入ってこないのだ。そしてターニャは我が領地にくる事になる。解るだろう?」
「なるほど、それで協力者ですか」
理解したようだな
ターニャが彼女を紹介したって事は、納得済みなのだ
公爵家の御用商人となり、味方に付くとターニャは決めた
だからカルファを差し出したのだ……帝都への布石として
主人であるターニャがそうしたならば、部下である彼女の返事は
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
この返事しかない
そのくらいはわかっているみたいだな
「ふむ、この手の駆け引きは理解出来るか……なら、営業なんて簡単だろうに」
「いえ……なかなかそうも……」
こうして、カルファに営業のいろはを叩き込む事になった
貴族ならば当然の駆け引きだが、庶民は違うだろう
それと同じように……会話の仕方も、ある意味技術なのだ
普通なら主人のターニャが教える事だが、貴族で異世界人の俺なら教えられると思ったのだろう
営業やってて、よかったと思う瞬間だった
でも、この世界の貴族なら出来る事だからなぁ……俺が異世界人なのは、たまたまかも知れないな
「カルファ、お前は難しく考え過ぎだな。要は簡単な事なんだよ」
「考え過ぎですか?」
とりあえず、基本を教えてから徐々に仕込もう
「お前は説明し過ぎなんだ。まず、相手に話をさせる事に全力を出せ」
「相手にですか……」
「話を聞くのは疲れるんだよ。同じ時間でも、気持ちよく喋っているのと、ターニャの説教を聞くの。どちらが疲れるかは簡単だろう?」
「確かに……」
「相手もそうだ。ましてや貴族は、相手の話を聞き逃さないように必死だ。余計に疲れるのさ」
「だから、私のお客様は……」
心当たりがあるのだろう
カルファは難しい顔をしていた
「まずは相手に気持ちよく喋ってもらう。その中から鍵になる言葉を探すんだ。何が欲しいのか、予算は、欲しい時期は、決定権者は誰なのか、そして……何故欲しいのか。今までは、そこまで調べたか?」
「……いいえ」
「最低でもこの程度は知らないと、商談では足元を見られるぞ。まずは、そこからだな」
スゥが用意した紅茶を飲む
うん、うまいな……何かコツがあるのかな?
自分でやると、この味にならないんだよな
「なるほど……ありがとうございます、閣下。これからもよろしくお願いいたします!」
ポニーテールを元気に振りながら、頭を下げるカルファ
どうやら、俺のアドバイスに納得してくれたらしい
よかったよかった
基本中の基本だが、この世界では文章にして教えてないのかな?
なら、ゆっくり教えていくか……先は長いな……
あまりにも長時間になったので、今日は帰るようだ
まだ、帝都には滞在しているからな
プレゼントもゆっくり選べば良いだろう
荷物をまとめて帰るカルファを見送って、公爵家に用意された執務室に帰ってきた
さて、余計な時間をとられたから仕事を片付けないとな
机に積まれている手紙の山を見る
これ、返事を書かないと駄目なんだよなぁ……
五回程、右手に治療魔法をかけた頃に手紙の山は消えた
やりとげたな……長い戦いだった
特にキツかったのは、貴族のお嬢様からの恋文……ラブレターだ
『好きです』『愛してます』なら、かわいいものだ
まったく理解出来ないような、難解な比喩表現で書かれた暗号文を解読するのは狂いそうになる
これは遠回しな嫌がらせなんじゃないかな……
外を見たら真っ暗だ
結局、今日はろくな事をしていない
貴族って、なってみると……本当に疲れるわ
いっそ辞めたいよ……
カチコチの肩を揉んでいると、スゥが入ってきた
「旦那様、大事な恋文が届きました。ご確認くださいませ」
もういいよ……ラブレターは……
そう言いかけた俺の目に、手紙の封が見えた
木を表現した真ん中の太い線、そして弓と花をあしらった王冠
エルフの王族からだ……
まだまだ、疲れる貴族の仕事は終わらないみたいです