108 帝都に到着
「ゼスト、身重のベアトリーチェと一緒に帝都まで来てもらって悪かったな」
「ありがたきお言葉です、皇帝陛下。ツバキの結婚相手ですから、会わない訳にはいかないでしょう」
帝都に到着したら、真っ先に陛下との密会が待っていた
ベアトは部屋に置いてきた
連れてくる予定だったのだが……
「奥様はお疲れです。陛下との密会?旦那様だけで十分です。陛下と奥様……比べるまでもなく、奥様のご体調を優先いたします」
スゥにバッサリと言い切られて、トボトボ俺だけで密会中だ
……まあ、ベアトを心配してるからこその言葉だろう
「ベアトリーチェは大丈夫か?謁見も無理に出ないで構わないからな。身重の公爵だから、誰も文句は言わない」
「そうしていただけると助かります。やはり疲れがあるようで」
駄目だ……この陛下の頭がカツラだと思うときびしい……
必死に笑わないように、足をツネッた
「勿論だ。明日はお前だけで謁見だな。その後……そうだな、二日程でエルフの国から奴が到着する筈だ。舞踏会には出なくていい、身内の顔合わせだけに出席させてくれ」
「舞踏会ですか……私がツバキをエスコートですよね?」
舞踏会かよ……まあ、国の一大イベントだからな
盛大にやらないと、メンツにかかわるよな……
「お前は出ないと不味いからな。あの馬鹿王子には、気をつけてくれ」
「……馬鹿王子……ですか?」
顔をしかめる陛下
なんだよ、そこまで馬鹿なのか?勘弁してくださいよ
「頼むから、殺すなよ?付き添いで誰かが一緒の筈だが、外務大臣は前回の訪問者でげっそりとやつれたからな……」
「……よく、生かされてますね……その王子」
「エルフの王族だからな。寿命が長いから、20歳程度は子供扱いらしい。しかも、エルフは妊娠が珍しいからな……だからこそだな」
「ようやく出来た子供だから……ですか……」
「まあ、鎖国状態のエルフ達だったからな。今回も精霊化があったから、久しぶりに我が帝国に来た訳だ」
「なるほど……外務大臣は気の毒ですね」
「「はぁ……」」
思わずため息が出て、陛下とシンクロした
今の会話にいろいろ裏の意味がある
まず、馬鹿王子だ
いくら密会とは言っても、陛下が馬鹿王子とはっきり言う程の馬鹿なのだ
さらに、殺すなだよ?
殺されても文句言えない馬鹿をやりますよって意味だ
次に外務大臣だな
鎖国状態のエルフの国で外務大臣?笑わせてくれるよ
窓際族か、肩書きだけ大臣の使者だろうな……
エルフは精霊化を祝うよと、対外的に知らせるのが役目だった筈だ
それが嫁取りになるとは……
大臣はよくて左遷……悪ければ死刑だな……
つまり、対策にそれなりのエルフが今回は来るって事だ
面倒な事になりそうだよ……
「「はぁ……」」
顔を見合わせた俺と陛下は、もう一度ため息をついていた……
「しかし、向こうの上層部は結婚を認めているのですよね?」
「だからこそ、だ。馬鹿王子が無理矢理申し込んだあげくに、やっぱり止めますなんて言えるか?」
「……無理ですね」
「だろう?」
「そうなると、こちらから断らせるか……または、こちらに非があるように仕向けるか……」
「そんなところだろうな。だから、ゼストにツバキの調教を任せたんだ」
「教育です、陛下」
「よせよせ、調教だろ。ああなったのは俺達の責任だ……ゼストには借りておく。皇族に貸し一つで、納得してくれ」
真剣な目で、見詰める陛下
まさか貸しを明言するとはな……カツラの件が効いたのかな?
トトにはお菓子をあげよう
「納得はしていますよ。私はこれで良かったと思っています」
「俺はお前を敵には出来ない。多少のワガママは聞くから、帝国には居てくれよ?」
ニヤッと笑う陛下は、豪快に笑い始めた
「ははは!とりあえずは、ゆっくりベアトリーチェと休んでくれ。エルフ達についての情報は以上だ。お前からは何かあるか?」
グイッと紅茶を飲み干した陛下に、少し考えて答えた
「そうですね……異世界人の私は、ベアトを大事な妻だと思っております。その妻が幸せならば我慢しますよ」
「……わかった。その言葉は忘れない」
真面目な顔で頷く陛下に頭を下げて、俺は自分の部屋に帰る事にした
あの様子なら意味が通じただろうな
ベアトの待つ部屋に、俺は急ぎ足で向かったのだった
城の中に用意されている、公爵用の部屋に
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ベアトの様子はどうだ?スゥ」
「今はお休みになっております。トト様もご一緒です」
「そうか、なら紅茶を頼むよ」
ソファーに座り、スゥが用意した紅茶を飲む
やれやれ、ようやく落ち着いたよ
「旦那様、陛下とのお話はどうなったのでしょうか?」
家令のスゥには、ある程度は説明しないとな
秘書みたいなもんだし……いろいろスケジュール調整してもらうし
「明日の謁見は、私だけだ。二日後を目安にエルフ達がくる。身内の顔合わせだけにベアトは出てもらうから大丈夫だ。舞踏会は私がツバキのエスコートだな」
「かしこまりました。では、そのように手配いたします。旦那様は、何かご用事がございますか?」
言われて考えてみるが、特にないな
「いや、特に思いつかないな」
「でしたら、奥様に何かプレゼントをなさっては?最近は何か差し上げましたか?」
……そういえば、まったくないな
「妊娠中は不安に思ったり、イライラしたりすると聞きます。旦那様からプレゼントを差し上げたら、お喜びになりますよ」
「そうだな……商人を呼んでくれ。何か見てみよう」
スゥ……素晴らしい気遣いだ
これだよ……これが我が家には足りなかったんだよ
「かしこまりました。商人はターニャの関係者にいたします。彼女は公爵家の御用達にして囲い込みましょう」
「それで構わない。任せるよ」
スッと、頭を下げて出ていくスゥ
素晴らしいな……こんなに楽していいのかな……
今までの俺は何だったんだよ
こんなに楽になるなら、早く家令を置けば良かった
実に優秀なスゥに感心しながら紅茶を飲む
街に買い物には行けないから、呼ぶしかないんだよな
出世すると面倒だよ
たまにはお忍びで街に遊びに行ってみるか?
そんな事を考えながら、クッキーをポリポリ食べる
ベアトとトトが寝てるから暇なんだよなぁ
「ゼスト公爵閣下、ラーミア様の使いでございます」
まったりタイムが終わったみたいだ
ドアの外からノックの音に続いて、女性の声が聞こえてきた
「入れ」
「失礼いたします」
部屋に入ってきたメイドは、頭を下げるとこう告げたのだ
「ラーミア様より、必ずゼスト閣下に手渡すようにと手紙をお預かりしております。こちらを」
メイドから手紙を受け取り、裏の封を確認する
間違いなく、義母ラーミアのものだ
「すぐ確認しよう。部屋の外で待て」
メイドが退室したのを確認して、手紙を開ける
中を見ると、頭が痛くなる内容だった
『婿殿
お久しぶりね、元気だったかしら?
急ぎの内容だから挨拶は省略するわね。
今回のツバキの結婚をぶち壊して、あなたの力を削ぎたい貴族がいろいろ暗躍してるわよ。
何個かは潰したけれど、全部は無理ね。
なるべく早く私に会いに来てほしいのよ……相談したい事があるから。
今夜、あなただけで私の部屋にきてちょうだいね?ベアトには心配させたくないでしょ?
なるべく深夜よ?見られないようにヒッソリくるのよ?
そのメイドは信用出来るから安心しなさい。どうしても会いにこられないなら、「後で手紙を届ける」って言いなさい。
こられるなら、「わかった」と言えば伝わるわ。
じゃあ、よろしくね!
優しい義母より』
……優しいか?……優しいって事にしておこう
外で待つメイドを呼び、答えを伝える
「わかった。そう、お伝えしてくれ」
「かしこまりました。では、これを」
手渡されたのは、部屋の鍵だ
……義母上、夜中に女性の部屋に鍵を使って忍び込めと?
いろいろと問題がありそうなシチュエーションだな……
何事もありませんように…………