107 スゥの扱い
「スゥ、お前を我が公爵家で直接雇う。だが、その前に一つ確認したい」
「はい、なんなりと」
あの騒動の後、用意された部屋で三者面談をしている
直接雇用で俺の家に仕えてもらいたいからな
「結婚願望はあるか?……そんな顔をするなベアト。違う違う、変な意味ではないよ」
「……スゥを側室にでもしたいのですか?」
ギロリとにらむベアトもかわいいなぁ
違う、そうじゃない
「そうではない。スゥは家令を任せたいのだよ」
「ああ、それならば納得ですわ」
「か、閣下!?私が家令でございますか?」
納得するベアトと、盛大に驚くスゥ
思わず顔がにやけてしまう
「師匠から……義父ソニアから聞いている。スゥならば家令でも問題ないとな」
「お父様がおっしゃるなら、私は賛成ですわ」
「いえ、そうではなく!獣人の女ですよ?そんな私を家令になんて……」
公爵家の家令ともなると、上級貴族扱いだからな
俺の留守中は政治にも関わるだろうし
要は、公爵家の使用人のトップで財産の管理責任者
そう言えばわかりやすいか
「ん?女が家令だと問題があるのか?」
「いいえ、そんな決まりはありませんわ」
「そうだよね?ベアトも彼女が家令ならば安心だろう?」
「ええ、我が公爵家も大所帯になりましたからね」
「あの……獣人の女ですよ?」
ああ、獣人がコンプレックスなのか!
大丈夫大丈夫、獣人達を解放した領地だからな
陛下でも文句は言わせない
領地の安定の為でもあるんだから
「私の家の事だ。誰にも文句は言わせないから、安心しろ。だが家令だと結婚が出来ないからな……それで聞いたのだよ」
「そうですわね……スゥは若いからもったいないかしら?」
「いいえ、そのお役目……お受けいたします。獣人は出産出来る期間が長いのです。それまでには立派な後任を育て上げてみせます」
そう言って頭を下げるスゥ
スカートを軽く持ち上げて足を引いた姿は完璧だ
さすが辺境伯家で『スゥに足りないのは年齢と旦那だけ』と、言われたエリートメイドだな
俺には信頼出来る使用人はいない
だがスゥならば絶対に裏切らないだろう
家令の仕事は徐々に覚えればいいだけだし、裏切らないってところは重要だからな
「よし、ならば決まりだな」
安心した俺がそう告げるが、スゥが待ったをかけた
「先にお断りしなければならない事がございます」
頭を下げた姿勢のまま、そう言った
「かまわない、言ってみろ」
「私が最優先するのはゼスト様です。その次にお子様でございます。奥様は最後になりますが、それでもよろしければお受けいたします」
……やだ、ベアトが怖いオーラを出してる
「……どんな意味でかしら?」
「はい。奥様には変わりがおります。ですが、ゼスト様には変わりなどおりません。お子様も同じ理由でございます」
「つまり、私達とゼスト様が危機になったら……」
「ゼスト様が最優先でございます。奥様方を犠牲にゼスト様が助かるならば、見捨てさせていただきます」
シーンと静まりかえる部屋に、俺の震える音だけが聞こえる気がする
スゥちゃん、その理屈は極端なような……
ベアト、なあに?その魔力は……
こ……こわいっ!この二人がこわいっ!!
永遠に続くのかと思った沈黙は、ベアトが破った
「もう一度だけ聞きますわ。ゼスト様が最優先で間違いありませんわね?」
「はい、間違いございません」
「……ゼスト様?」
「はいっ!」
ビクンってなったのは、仕方ないだろう
びっくりしたんだよ
「スゥは家令にいたしましょう。文句は誰にも言わせませんわ」
そう言って微笑むベアトに、頷く事しか出来なかった
採用なのかよ!いいのか?本当にいいのか?
よ、よかったね?……よかったんだよな?
三者面談を終えて、帝都への出発の準備を終わらせる
領地のカタリナに手紙を書いたり、スゥに公爵家の資料を用意したりだ
久しぶりの事務仕事だな
辺境伯も師匠も、スゥが家令と聞いて喜んでいた
「獣人のスゥが家令か……婿殿の領地は安泰じゃのぅ。獣人を重用する公爵閣下には、逆らう領民はおらんじゃろ?」
「そこまで地盤を固めて反乱でもするのかい?獣人達の英雄殿」
ニヤニヤと黒い笑いで言われたよ
……裏を読みすぎですよ?お二人さん
「素直にアルバートの妹だから信用したとは、思わないのですか?」
「ふぉふぉ、面白い冗談じゃな。婿殿に限ってそれはないわ」
「婿殿は用心深いからね。領地の安定と獣人の特徴を考えた結果かな。それに諜報部隊に調べさせて、スゥの裏をとってある筈だよね」
「…………」
「誉めておるのじゃよ、婿殿」
「貴族らしくなったね」
ニヤリと仲良く笑う二人
笑顔の絶えない辺境伯家……まだまだ、お付き合いは続きそうだわ
そんなやり取りを思い出しながら、事務仕事を終わらせた
これで明日には帝都に出発だな
しかし、スゥは大丈夫なんだろうか?
俺を最優先するのはわかるけど……当主だからなぁ
仕方ないと言えば仕方ないが……あの後、妙にベアトはスゥを気に入ったみたいだし
女の子の考えはわからんな……
いや、貴族の考えなのかな?
まあ、裏切らない家令は大事だ
家臣も大事だが、家も守らないといけないからな
子供が苦労するのは可哀想だ
書類を片付けてイスに寄りかかった
俺の子供か……異世界で子供ができるとはな
貴族に生まれれば苦労は多いが、庶民のように理不尽に死ぬ事もないだろう
子供が成人するまでには、確固たる土台を残してやろう
独り、そう決意して紅茶を飲む
だいぶぬるいな……ベルを鳴らしてメイドを呼んだ
入ってきたのはスゥだった
「お呼びでしょうか、旦那様」
「ああ、お茶を頼むよ」
スッと頭を下げて、テキパキと準備を済ませた
「明日からは帝都への旅だが、準備は大丈夫か?」
「はい、奥様には厚い座布団をご用意いたしました。お腹に優しいかと」
「そうか、任せるから頼むぞ」
「かしこまりました」
目の前に紅茶を出して、部屋から出ようとするスゥ
だが、ドアの前で立ち止まり戻ってきた
「どうした?忘れ物か?」
「いえ……旦那様、夜の奥様との件でございますが……」
「少しだけならいいのか!?」
スゥの言葉に被せるように声が出た
仕方ないだろ?ずっとおあずけなんだから
「旦那様、これをお使いください」
そう言って、いそいそと部屋から出ていった
俺の机の上には、ベアトのパンツが置かれている
……自分で何とかしなさいって意味ですか
…………そうですか
家令にしたのは、失敗だったかもしれないです……