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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第二章 帝国の剣
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106 閑話 スゥの覚悟

「そんな重大な任務をお兄様が!?」

「ああ、辺境伯閣下のご期待に応えなければな」


そう言って、アルバートお兄様は部屋を出ていく

どうか……ご無事で……


お兄様の話では、騎士団長様との合同任務みたいね

ようやく騎士になったばかりの新人に、そんな重大な任務をくださるなんて


私達は、犬獣人だからと疎まれて育ってきた

差別はいけないと言われても、獣人は貴族の中では格下扱い

人族に比べたら出世は出来ないし、貴族なんてほとんどいない

実際に、私達は実家を追い出されてここにたどり着いた



「スゥ、いるかしら?辺境伯閣下がお呼びよ」


部屋に入ってきたのは、先輩のメイド

辺境伯家の人達は、獣人の私達にも普通に接してくれる

……薄汚いとは誰も言わない


「はい、かしこまりました。閣下はどちらに?」

「執務室よ、お急ぎみたいだからね!」


先輩に軽く頭を下げて執務室へ急ぐ

私をメイドとして雇ってくださった辺境伯閣下のところへ



「辺境伯閣下、スゥでございます」

「うむ、早く入りなさい」


ドアをノックして声をかけると、そんなお返事が聞こえる

本当にお急ぎなのだ

あわてて中に入っていく


「お待たせいたしました。何なりとご用命を」

「これから異世界人に会いにいく。お前にはその部屋で給仕をしてもらう」


「!?……かしこまりました」


異世界人……おとぎ話じゃなかったなんて

本当にいるのね

動揺を必死に隠しながら頭を下げる


「そう怯えなくてもよい、ワシやソニアも一緒じゃ。ガレフとアルバートもじゃから、心配いらぬ」

「失礼いたしました。かしこまりました」


はあ……そうなのね……

辺境伯領地の最強戦力が勢揃いしてるなら安心だわ

……お兄様がちょっと心配だけど



でも、異世界人の恐ろしさは予想以上だった

初めて見る異世界人に緊張しながら部屋に入る

震える手でお茶の用意が終わり、部屋から出るときにやってしまう


「では、失礼いたしますニャ」


しまった!『ニャ』ってなによ、私の馬鹿!

犬獣人が猫族言葉なんて……これじゃあ、異世界人に求愛したと思われるわ……

昨日の夜中にあんな本を読むんじゃなかった

でも面白いのよね……『ニャンニャン大作戦』


「猫かよ!」


異世界人にそう言われて固まってしまう

その『猫かよ!』って、セリフは……『ニャンニャン大作戦』の求婚の言葉じゃない!

でも、順序があるから……でもでも、よく見たらこの人カッコいいし……


軽く混乱した私は、そのあとの事はあまり覚えていない

気が付いたら、アルバートお兄様に肩を揺らされていた


「スゥ!しっかりしろ!」

「お兄様、痛いです。馬鹿力をご自覚なさってください」


「よかった……ボーっとしていたから心配したのだ」

「……申し訳ありません。あの、異世界人はどうなりました?」


「覚えていないのか?ならばそのままでいなさい。それがいい」

「でも、あの方は私に……その……」


今、大人気の『ニャンニャン大作戦』の求婚を真似して言った

あんな獣人心をくすぐる求婚されたら、私も嫌じゃないわ


「スゥ、彼は異世界人だぞ?よく考えてみろ」

「……異世界人…………なのに、あんな求婚を?」


そうよ、『ニャンニャン大作戦』を知らない異世界人が言ったのよ!


「そうだ。彼は知らないで言ったのだ」

「……なるほど。わかりました」


お兄様、わかりました

彼は本心から私に求婚したんですね?

真似じゃないのに『猫かよ!』なんて、恐ろしい人!

私の獣人心を鷲掴みね


「私、メイドの仕事を頑張ります!」

「わかってくれたか、頼むぞ」


ニッコリ笑い、部屋から出るお兄様

ええ、わかりましたとも

あの方にふさわしい女になれるように、一流の淑女を目指して頑張ります!



その後、あの方……ゼスト様はどんどん出世していきました

ベアトリーチェお嬢様の婚約者として……


…………ふふ、さすがゼスト様です

あのお嬢様を笑いながらあしらうなんて!

まるで太陽のようなお人だわ

私はお嬢様の側だと、足が震えるのに凄いお人


わかっていますよ?ゼスト様

貴族の結婚は政治ですもの

あなたの深い愛情は、私だけに向いているのでしょう?

ウフフ、わかっています


公爵閣下にまで出世されたゼスト様

皇女殿下ともご婚約だなんて……甲斐性のあるお人

男子たるもの、そうでなくてはいけません

ウフフ、わかっています


戦争に参加して領地を手に入れたゼスト様

まだ、私にお呼びはかかりません

焦らすのね?もうっ!

ウフフ、わかっています


ベアトリーチェお嬢様とお子様が出来たゼスト様

……素晴らしいです

これで貴族の役目は大丈夫です

私を迎えにくる為なのでしょう?

ウフフ、わかっています



いつまでも迎えにこないゼスト様

…………いくらなんでも遅いわ!!


そうだわ!きっとベアトリーチェお嬢様に気を使っているのね?

大丈夫ですよ、ゼスト様

私がお話してさしあげます!



久しぶりに里帰りしたベアトリーチェお嬢様……いえ、公爵閣下にお会いできた

私がお話しなければ


「ベアトリーチェ奥様、ゼスト様の件でお話がございます」

「ゼスト……様?スゥ、どういうつもりかしら?」


他家の使用人ごときが、ゼスト『閣下』ではなく『様』と呼んだのだから怒るわよね

ピリピリと威圧感を感じる……でもっ!


「奥様、そろそろ私とゼスト様の結婚をお許しくださいませ」

「…………は?」


「お子様を授かった奥様だけでは、なにかと不便でございます。私でしたら求婚されておりましたし、いろいろと便利かと」


圧倒的に格下の側室……いえ、愛人扱いかしら?

それでもゼスト様のお側に居られるなら……


「スゥ?いつ求婚されていたのかしら?」

「ひっ!?」


真っ黒で圧倒的な魔力を纏う奥様

……怖い……怖い怖い!死にたくない!

これ程だったの?奥様って、こんなにとんでもない魔力の方だったの!?


ガタガタと震えることしか出来ない

涙目になりながら震えていると、ソニア様とアルバートお兄様が飛び込んできた


「何事だ、この魔力は!?」

「奥様!ご無事ですか!」


「二人とも?スゥがゼスト様に求婚されたお話を知っていますの?」

「?……ああ、あの事かい?知ってる…………」

「はっ、凄まじい口説き文句でし…………」


「知っていたのね……ねぇ、お二人?とりあえず、そこにお座りなさいな」

「いや、ベアト?あの……」

「奥様、それはごか……」


「座りなさいな」

「「はい」」


駄目だわ……奥様の魔力は益々大きくなっていく

この方に逆らうなんて無理だわ……命がいくつあっても足りない

私の獣人のカンが逆らうな!って、絶叫してる


「まさか……ゼスト様があなたに求婚していたと?」

「はい、ベアトリーチェお嬢……いえ、公爵閣下。その通りでございます」


恐怖と混乱で何を言えばいいのか、まったく考えられないわ

……私はここで死ぬのね



そんな絶望を救ってくれたのは、ゼスト様でした


「ベアト、どうしたんだい?胎教に悪いよ?さあ、話してごらん?」

「ゼスト様、スゥに求婚したんですね?いつですか?」


凄い!あの魔力を浴びながら、膝を揺らして親愛の踊りをする余裕を見せながら近づくなんて!

まさに、英雄の器……私程度では釣り合わない…………


「してないよ?何を言っているんだい、ベアト。ほら、落ち着きなさい」

「……でも、お父様とアルバートがしたと言いました」


「師匠?」

「求婚と思われる行動があった事は事実だけど、辺境伯からアルバートに間違いだから忘れなさいと指示したんだが……」

「はっ!辺境伯閣下より指示されました!」


…………えっ?間違い?

あれは間違いだったの!?辺境伯のお言葉なら、なんでちゃんと言わないのよ!?


「なら、なぜこうなっている?スゥ、アルバートから聞いていないのかい?」

「はいっ、ゼスト閣下。聞いておりません」


どういう事かしら?お兄様?

全員の視線がアルバートお兄様に集まる


「アルバート……スゥにきちんと……間違いなく……正しく意味が伝わるように説明したか?」

「…………ゼスト閣下。我等は兄妹です!言葉は足りなくとも、伝わります!」

「お兄様、今の私の気持ちがわかりますか?」


こちらを振り向くお兄様

足が痺れたのか、若干フラフラしながら歩いてくる


「わかるさ。兄を心配しているのだろう?」

「いいえ、馬鹿な兄を恥じています」


「…………」

「聞こえませんでしたか?兄と呼ぶのも恥ずかしいと申しました」


馬鹿兄貴…………とんでもない恥をかいたわよ!

気持ちが伝わる?出来るかっ!馬鹿兄貴!


これは……なかよく死刑だわ……

命令を正しく伝えないで、勘違いで家臣が求婚騒動なんて……

どう考えても死刑よね……短い一生だったわね


「やれやれ、結局アルバートの伝達ミスか……ベアト、わかってくれたかい?」

「あの……申し訳ありません。ゼスト様」


「ふふ、それほど私を独占したかったのかい?欲張りだなベアトは」

「ううぅ、許してくださいませ……」


「当たり前だろ?ベアトを許さない筈がない。でも罰は必要だからね。そうだ!今夜、膝枕をしてもらおうかな」

「ゼスト様?それでは私の罰になりませんよ?私もしたいですから」


……うわぁ、なんて甘ったるいイチャイチャなのかしら

ソニア様が遠い目をしてる

確かに関わりたくない雰囲気だわ……死にたくなるもの



心を無にして耐えていると、辺境伯閣下に声をかけられた


「スゥ、お茶が飲みたいのぅ。用意を」

「私がご用意してよろしいのですか?」


「婿殿が頭を下げて言ったじゃろ?アルバートの責任は自分の責任じゃとな。ならばワシ達は何も言えぬよ」

「……ゼスト閣下が……」


公爵閣下が……あの魔力を前に一歩も引かない英雄が……

私達の為に頭を下げた?

言い掛かりのような求婚騒動を起こした獣人の私達の為に?



「お兄様、閣下に忠誠の踊りを!」


私の言葉に頷くお兄様……伝わりましたね

忠誠の踊りを捧げてください


犬獣人に伝わる踊り

本人は勿論、子孫全てが命を捧げる事を誓う儀式

私も早く子供をつくろう

ゼスト閣下のお役にたつ為に


この方がいれば獣人達の未来は守られる

決してこの方は死なせない


私達のような半端者の獣人も大切にしてくださる方

どうか長生きして欲しい

どうかお子様にも受け継がれますように


この優しい公爵閣下のご意志が受け継がれますように


その為に私はこの方と、お子様も守る

ずっと……ずっとお側でお守りいたします

どんな事をしても必ず守る!そう決心いたしました、閣下!




でも…………



「ゼスト公爵閣下、なりません。奥様は初産です。万全を期してご自重くださいませ」


まったく、男って本当に…………やはり、愛人は必要かしら?

奥様を脱がそうとするゼスト閣下は、泣きそうな顔で私を見ていた…………

少しでも駄目でございます!

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