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 練習曲《音の絵》の作曲をしながら、僕の心を占めていたのは〈死〉という想念だった。いつか必ず人は死ぬ。僕は死を恐れはしないし、不死身でいたいとも思わない。けれど、死の向こうに何があるのか、僕にはわからない。それが何よりも恐ろしい。

 僕はいつの日かスクリャービンが口ずさんだ《怒りの日(ディエス・イレ)》のフレーズを思い浮かべた。


  Dies iræ dies illa   怒りの日、その日は

  solvet sæclum in favilla   世界が灰燼に帰す日


 世界の終末に、過去も含めたすべての人間が地上に復活し、最後の審判が下される。罪あるものは地獄で永遠の責め苦を加えられ、天国に住まう人間は……それを永劫に眺め続ける苦痛を背負う。

 三十三年後に復活するというスクリャービンは、そうしたすべての人類を救いに導くのだろうか。そんな考えが頭を過って、自嘲する。

 死は、所詮、死だ。

 死んだ人間が復活することはないだろう。

 スクリャービンが復活することもない。

 僕の身体の中で言いようのない感情が渦巻くのを感じた。

 その言葉にできない感情の渦を僕は楽譜に写し取り、《熱情(アパッショナート)》という標語を記した。


 完成した練習曲《音の絵》の全曲初演は、二月二十一日にペトログラードで行われた。

 その一週間後、帝政ロシアは終焉を迎えた。

いよいよ物語も終わりに近づきました。

もうしばらくお付き合いいただければと思います。

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