灼熱地獄壱
弱みを見せたものと、それを探るもの。
片方は見構え、もう片方は隙を狙う。
「拘束術式のみ、使用を許可する。接近戦の可能性もあるから、気を付けてくれ」
そのため、シアノ隊長のオーダーも様子見の色が強いものになってしまう。
敵がまっすぐに突っ込んでくるというのに。
この対応は、彼女にとって、先ほど抱いた疑惑を確信に変えるのに十分すぎた。
―――やはり、背後のバリアには何かある。
無数の懸念が、ふるい落ちるかのように消えていく。
そして、この状況をいかに活用するのかに関する戦術も、おぼろげながらも見えていた。
きっと、未来の彼女は多くの人物にどや顔で、自分の博識さを語ることとなるだろう。
☆
「十字軍。この言葉を知っていて。
私が、この言葉を語るのはブラックユーモアが利きすぎているけど、要するに、世界でも最も苛烈で根深い意地の張り合いだ。
権威や情熱、教義、そんな非効率性の塊に翻弄され、引くに引けず戦い続ける道化たちの物語よ。
もちろん、最終的には道化たる当時の権力者。両方とも悲惨な目にあっているわ。
まったく、宗教家なんてみんな死ねばいいのに。何をどう考えたって、戦う前からうまくいかないってわかり切っていたでしょう。
そんな、戦いだったけど、多くの教訓が今なお伝えられている。
その中にあっても、有名なのがリチャード一世と、サラディンの戦い。
中でも、アルスーフの戦いは見もの。
この戦いでリチャード一世がとった作戦は有名でね、今ではいう衝撃と畏怖。
こうしてみると勝って兜の緒を締めよとはよく言ったものね。
作戦内容はいたって単純。敵の攻撃が限界に近づくまで耐え忍び、一気に反撃するというもの。
単純でしょう。
でも、実行するには覚悟が必要だね。
これは、待ちの戦法全般に言えることだけど。途中で崩れる可能性もあるわけだ。
そして、勝利の直前というのは、どうしても焦りが出るからね。
だからこそ、有効な作戦よ」
☆
結界の前に立つ限り、敵は致死となる攻撃をしてこない。
故に、敵の攻勢限界まで耐え忍び、奇襲によって、敵の頭を一瞬で刈り取る。
彼女にとって、拘束魔法の押収というのは狙い道理でもあるが、忌々しくもあった。
死にはしないし、抜け出せる方法も存在する。が、命中した場合手札をさらさなければならない。
今は仕掛けを明かす時ではないのだ。
だが、避けられるような攻撃でもない。
―――まったく、楽な仕事がないのと一緒だ。
この重労働をどうにかするためにも、もう一方の能力を使用する。
迫りくる、幾線もの砲弾。それが彼女の目前でそれた。
彼女が唯一詳細をつかんでいる能力だ。
今までは、燃料となる魔力の使用方法がわからずに腐らせていたが、激戦の中で感覚をつかんだことにより手中に入れた。
それでも、結界に当たらないように調整されているからこそできている、危険な綱渡りであることに変わりはない。
やっていることは、攻撃を引きつけてそらすと、言葉にすれば簡単だが、いくら速度に秀でていない拘束術式でも、非常に繊細な作業となってしまう。
それでも、彼女は成功させていく。だからこそ騎士団は困惑する。
危惧していたとはいえ、遠距離での攻撃手段がことごとく無効化されているのだ。
それでも収穫はあった。
彼女はかわし切れない攻撃は回避している。
つまり、この能力は攻撃を無条件に完全無効化する類のものではないと彼らは考えた。
それと、今している行為も無駄骨ではないという希望が。
こうした食い違いが起こった背景には、騎士団が彼女が持つ二つの能力を混同してしまったことに起因する。
実際に、彼女が持つ能力は、原理的には異なるが、導き出す結果は、いくつかの共通項を見られる。
結果、彼らは能力を誤認するに至った。
互いが互いをを誤認したまま進む両者。
故に、シアノ隊長がとった行動は、ある意味では必然といえるのかもしれない。
―――接近戦にて方を付ける。
能力の考察をすっ飛ばした強引な策。
相手の思考を読むことを放棄したエリス。
彼らの共通点といえるものがここにはある。
彼らはお互いが実行者なのだ。
だから、知らなくとも、前に進むことができる。
確信が持てなくとも、自信満々に行動できる。
シアノは床や天井を蹴りつけることによって、こちらへの注意が散漫になっているエリスの視界から外れて正面から奇襲を施す!!




