灼熱地獄 序
「シックさん。後方へ、悪魔はあなたにご執心のようだ」
「え~と、あの……はい」
シックにとって今の状況とは、突然視界が閉ざされ、光が戻ったと思ったら最初に見たのが倒れた騎士。
何が起きたと口に出かけたが、この緊迫した事態のために自粛せざるを得ない。
被害にあった騎士にとって幸いなのは仲間がすぐさま援護を行ったことだろう。
おかげで、化け物は、彼を手放したのだから。
それでも人員が減少したことに変わりなく、非戦闘員をかばう余裕も削られる。
シックも同じ結論を下したからこそ、引き下がる決断を下したのだ。
「後方にて、帰りを待ちます。
僕には医学の心得はあります。
ですから、お仲間の身は僕が保証します」
ここでこう言った言葉が出るあたりに、シックの非凡さが見える。
先域が見えない戦場の中で皆を安心させるべく、もっと望む、または期待されるであろう言葉を口にしたのだから。
「お願いしますよ」
だからこそ、シアノ隊長も敬意を込め、彼を送り出した。
されど、顔を向けることはない。
刃を化け物に真っすぐとむけ、虎視眈々と隙を探る。
予想外の苦戦にまったく余裕のない騎士団だが、それは彼女もまた同様だ。
左腕は切り飛ばされ、息も荒い。
事態の深刻さだけならこちらのほうが圧倒的に緊迫している。
故に、終幕の舞台装置開戦の火ぶたを切るのはーーー
「攻撃魔法だっ!! これで決着をつけるぞ!」
シアノ隊長の号令に他ならない。
これまで攻撃魔法が使用されていなかったのは、崩落の危険がある洞窟の中というのが大きい。
だが、これだけの人数が被害を受けたのだ。
隊長として、シアノは崩落というリスクを受け入れざるを得なかった。
それでも、使用されたのは石の弾丸や、拘束魔法、浄化魔法など環境に対する配慮が見える。
放たれた魔法の総数は用意されていたものの半数。
追撃を想定してのことだ。
それでも、個に向ける規模を超越している。
攻撃を見た瞬間、彼女は大きく横に動くがかわしきれるものではない。
石のつぶてが身に突き刺さり、拘束魔法が身体に絡みついた。
浄化魔法による滅却が行われようとしたまあさにその時。
ーーー彼女は魔法による拘束をするりと抜けた。
【一体何が起こったんだ!】
勝利への確信が追撃の手が遅れた。
正体不明の事態。それを飲み込んだ後でも攻撃の手が強まることはなかった。
遠距離攻撃の有用性が確信できなくなったのだ。シアノ隊長の中でリスクとリターンの計算が揺れ動いていく。
それでも、様子見の意味合いを込めて攻撃を続行させる選択をとった。
その短い隙を彼女はものにした。
結界を盾にするように陣取ったのだ。
とはいえ、数分耐えしのげればかまわないというやや捨て鉢さを持っていたが。
この盾は、相手が動きを調整しただけで攻略されてしまうのだから。
だからこそ、つい今しがた自分の身に起きた現象を理解するまでの一休みとしか考えていなかった。
その事態に、騎士団内部でも驚愕が走る。
すり抜けは事態は初めからスキルを保有しているのと予測していたのだから驚くほどのものではない。
結界を盾にした。これも、一工夫で解決できる。
だが、結界の中に存在する書物だけは別だ。
彼らに課せられたもう一つの任務。
王国の祖、ソロモンが書いたとされる、魔導書の回収。
結界の中に、その書物は眠っていた。
【偶然だろうが、嫌がらせとしては最高だな】
うっかりで、書物を破壊してしまったでは済まないのだ。
だから攻撃できない。少なくとも、結界の仕組みや強度がわからない限り。
「シックさんに、結界のことを訪ねてくれ」
故に関係者シックに話を聞くしかない。
伝令が、大慌てで外へと向かう。
シック観測者を遠ざけたことが裏目に出た。
だが、この状況をいぶかしんでいるのは彼女も同様だった。