訓練開始
まだ生きてます。
「俺の名はナポレオン、かのフランス皇帝の名を持つものだ」
暗い場所から突然この場所に呼び出された、何日間も身動きすらできなくて、苦しい思いをしたけれど、突然電話のベルのような音が響いたかと思うと、突然この場所にいた。
当然、最初は右往左往していたのだけど、そんなことすらどうでもよくなるような衝撃が私の目の前には広がっていた。
「これから、貴様らの、教官となるものだ。しかと、その胸に刻むがいい」
その声には熱量があふれていた。
聞くものを心地よくさせる、深みのある響きと、語り掛ける本人が持つ、情熱が見事に調和しており、聞くものに、ある種の熱狂を引き起こす力があった。
だが、そんな思いは、声が聞こえる方向に目を向ければ吹き飛んでしまう。
その男の声は、私たちよりも低い場所から響いていた。
まだ、少年少女といっても差し支えない、低い体躯の私たちよりもだ。
ゆっくりとそちらに目を向けると、最初に目にはいったんは、台。
これには、さすがに何でと思ったわね。だってそうでしょ。
男の声は成人男性のものだったんだから。それなのに、私よりも視線が低いなんてあり得るのかしら。
そう思って、さらに視線を挙げた先にいたのは、なんと豚!
帽子をかぶっていた!
黒い軍服のような衣装を身に着けていた!
そんなに、大仰な格好をしているのに、目の前にいるのは単なる豚だ。
☆ ☆ ☆ ☆
何もないとは言い過ぎではあるが、一切物がない円形の空間に次々と人が、虚空より現れる。
そのほとんどが、人の形をとってはいるが、中には、明確に人とは異なる姿かたちをしている者すらいた。
その中でも、人の姿を取っているものに共通しているのは、そのほとんどが、同じようなデザインの粗末な服に身を包んでいるといったところか。
ほとんどのものが、自分の身に起きた現象に動揺してあたふたしている。
そんな中、暗闇の中指す、一筋の光明のように、その声は響いた。
「俺の名はナポレオン、かのフランス皇帝の名を持つものだ。そして、これから、貴様らの、教官となるものだ。しかと、その胸に刻むがいい」
そして、声がした方向へと視線を向けると、呆れ、嘲り、困惑と様々な感情が皆の中によぎった。
何を隠そう、このナポレオン、見た目はただの豚だ。
ピンク色の肌に、大きな鼻、四本足に、かぎ爪、そして、可愛らしい尻尾。
ここにあえて言おう、豚であると。
というか、360度どこから見ても豚でしかない。
さて、ここで質問だ。
君は豚に偉そうに巧拙垂れられたら一体どう感じる。
その答えはすぐに出た。
「おいてめぇ、偉そうに……」
なんと、集団の中の一人が食って掛かったのだ。動物愛護の精神を持つものであるならば、信じることすら難しい光景だろう。
事実周囲にいた女性たちは、思わずかたずをのんだ。
それを男は自分自身が応援されていると、勘違い。勢い勇んで飛び込んでく。
本人にはあずかり知れぬことだが、応援されているのは豚なのに。
知らぬは本人だけだ。
そして男たちはというと、「「「あっ、これ死亡フラグだ」」」との確信を持っていた。
さぁ、行け行くのだ。
「躾けがなってない、ガキが、―――ツァーリボンバー。」
”ヒデブッ”
突如、豚、ナポレオンの背後から炎によって形作られた紋章が形成された思うと、とびかかってきた男を吹き飛ばした。
宙をきれいに二転三転し、地面に強く叩きつけられる。
(女性陣)「「「なに、このハードボイルドさ」」」
(男性陣)「「「死亡フラグ回収しやがった」」」
男性と女性で全く別々の感想を抱く。
「さてと、俺の話を聞く気になったかね」
この時全員ではないが、その場にいた数人が気が付いたら、敬礼を執り行っていた。軍事教育を受けたわけでもないのにだ。
皆が豚の格好をしたナポレオンに敬意と畏怖を感じていた。
「ほかに、俺に対して意見があるやつは前に出やがれ」
そういって、挑発的に笑う。豚でしかないのにだ。
そして、その挑発を無視できないものがこの場にはいた。
「そいつは、聞き捨てならねぇぜ」
「「「なんで」」」今度は男女両方が同じ疑問を抱いた。
騎士、なり、武士なりの部門の出のものが挑発に乗り切りかかるのはあるだろうが、彼らは皆、豊かな現代社会のぬるま湯につかった現代っ子だ。
挑発に乗るという悔い自体が理解できない。
ほとんどのものが呆れ半分、されど幾人かは冷静な目で、食って掛かった男を見た。
「行くぜ!」
そう、勢い勇んでとびかかっていくのだが――――――
”グハッ!”
吹き飛ばされた。
「「「やっぱり!」」」 この状況を予測していた一同は、目をそむけるしかない。
地面に叩きつけられ、もうピクリとすら動かない。
皆が黙って見守る中、ナポレオンが四肢をちょこちょこ動かしながら、倒れ伏した男のほうに向かっていく。
「なかなか見どころがあるガキじゃねぇか。名は」
「ティラ・ドラグーンだ」
「選別だ、食いな」
傍らに寄り添うナポレオン、帽子をとるとそこから、牛丼が取り出された。
この際、どうして帽子の中から、どんぶりが出てきたかなど心底どうでもいい。
大事なことは、目の前に食い物が存在するということだ。
「「「ごくり」」」 最初につばを飲み込んだのはだれだろうか。
ここにいる面々は異世界より召喚された。その際衣食住の保証何て一切されていない。
彼らの多くが飢えている。
一人の男が前に出た。何かを決心したかのような表情だ。
「「「貴様行くつもりか」」」
何人もの人間が勇者を見るような視線を向ける。
「「「そうか行くのか」」」 何も言わずともわかることがある。
「そこで寝ている奴が男気を見せたんだ。俺も気張らねえとな」
そう言って駆け出した。
男には勝負しなければならない時がある。
”アブッ!”
またも宙を舞いノックアウト。
そして、傍らに立つ豚。
「食いな」
そして差し出された親子丼。
「「「師匠!!」」」 この時転生者各員の間でナポレオンの呼び方が決定した。
「ここで引っ込んでたんじゃ、男がすたるな」
そこには馬鹿がいた。痛みよりも食い意地を優先する馬鹿が。
女連中の多くは、多くがしらけた目で見ていたが、中にはものほしそうに、目の前の行動を観察する者もいる。
”グワッ!”
そしてまた一人犠牲者が。
今度は一人の女が動いた。駆け出している。
「これ以上の暴力はやめて」
両手を広げ、倒れた男をかばうように立つ。「「「何だ、この茶番」」」 その場の面々の意志が急遽一つになった。
だが、これは効果的な判断でもある、後ろの、地面にはいつくばっているバカは、侮辱されたかあ反撃されたといっているのだ。
目標と目的がいつの間にか逆転しているなどとは口が裂けても言えない。
そんなことをしようものなら、丼がもらえないかもしれないからだ。
「メスが、粋がってるんじゃねぇぞ!」
そして、男女平等に砲弾が命中した。
”アベシ!”
「ほらよ、くれてやる」
そういって、中華丼と粗末ではあるが、服が手渡された。
彼女が今着ている服はところどころ穴が開いている。
彼女がいた環境の過酷さを表しているのだ、彼女の空腹さも表しているのだろう。
子の贈り物に彼女はうれしさのあまりかむせび泣いていた。
そしてまた一人、前に出た。
先ほどまでの思いつめたような表情とは打って変わって、ひどく穏やかだ。
恐縮するように、体を縮め、遠慮がちに手を掲げる。
「あの~、服と食糧もらえませんか」
「構わねぇ、とっておきな」
そういうと、マーボードンと粗末な衣服が手渡された。
「「「何だと!」」」 自らの糧を自らで手に入れた勇者たちの声が、いまにも響いてきそうだった。
現在大幅改定中。改訂しだいアップしようと思うので、新章を繰り上げ上げて落とすスタイルにしようと思います。




