溶解
西平原を走る。西平原、といっても敵兵に見つかる可能性があるため、西平原寄りの森の中である。緑の木々が光を遮る。
湿度が高いのか木の根に苔植物が生えていた。
「はっ....はっ....」
蒼瀧は息を切らしはじめていた。何故か、体に違和感があるのだ。だんだんと体が重くなるような、気持ち悪さがある。
「まっ......て.....晶...墨....」
声が小さすぎて前方を走る晶墨は気づかない。そうしているうちにも体は重く、熱くなっていく。まるで、体の内部が溶けているような、そんな感覚に陥る。
力が急速に失われていく。
何かが動く感覚もある。
しばらくして目眩がした。
「あき、す.....み.....助け.....てっ....」
流石の晶墨も異変に気付き、木に持たれかけている蒼瀧の元に駆け寄った。
「どうした....?何が起こった?」
晶墨は冷静に蒼瀧に声をかける。
いつもとは違った、優しい声だった。
「......なんか、熱い.....体の中っ...溶け...」
舌が回らない。しかも思考も回らない。
「.....落ち着け。大丈夫だから」
晶墨は蒼瀧の背中をさすりながら言う。
晶墨は蒼瀧の腕を掴むと、違和感を感じた。腐った果物のような、皮だけ残って中身は溶けてしまっているような状態だった。なんで蒼瀧が話せているのか不思議で仕方ない。
痛みが広がる。全身が痺れるような痛みが襲う。
「しかも、痛い.....痛いよ....」
激痛に涙を零す。いい歳なのに、恥ずかしい。
晶墨はどうすることも出来ず迷っていると、背後に気配を感じた。
長身の男二人組がやって来た。茶髪と黒髪の二人は、軍服のような、制服のような服装をしている。
茶髪の方が、隣の黒髪に問う。
茶髪は耳くらいまで伸ばした髪を弄るのを繰り返している。
「あー、もう溶解始まってるよ、どうする?」
「硬化剤投与するしかないだろ.....チッ....めんどくせえ....」
黒髪は面倒臭そうにため息をつく。
茶髪よりも長い髪の青年だ。晶墨と似たような、紫の髪も確認できた。
「だな、はい硬化剤。柘榴【ザクロ】、宜しく♪」
柘榴と呼ばれた男は晶墨を突き飛ばし蒼瀧の頭を抱き上げた。蒼瀧は離れようと抵抗するが力の差があり過ぎて離れられない。
「はな、せ......!」
晶墨は、
「痛っ.....いきなり何だよ、お前ら....」
晶墨は柘榴を睨む。すると柘榴は晶墨をしばらく見ると、
「黙れ糞餓鬼。おい、琥珀【コハク】、」
若干キレ気味に言った。
「わーったわーった。じゃあ向こう行こうね、ク、ソ、餓、鬼」
わざと「餓鬼」という言葉を強調されて、妙にムカついた。
「飲め。」
ボトルに入った硬化剤を蒼瀧の口に向ける。
「嫌、だ....」
何が入っているのか分からない。飲みたくない。飲めるわけがない。顔をボトルから逸らした。
「痛いままでいいのか?」
「それは、」
柘榴は硬化剤を乱暴に蒼瀧に飲ませた。
「はっ.....苦し....」
「.....黙って飲め」
よく分からないが、消毒薬のような臭みがする。そして苦い。
柘榴の無言の圧力が蒼瀧に恐怖を与えた。
何かを知っているような顔。そして苦しむ人間を笑ったような、そんな表情を見せた。
「がはっ、はっ、うぐっ....」
噎せながら飲み終えると、先程の熱と痛みは消えていた。気持ち悪さも無くなり、元通りだ。しかしまだ意識は朦朧としている。柘榴は手を離し言う。
「こいつが悪魔だとかよく言えたな...何が危険人物だ.....数分で硬化する奴の能力なんかゴミと同じだ」
独り言なのか俺に話しかけているのか分からない言い回しだ。
しかし蒼瀧は意識を失い、言葉の真意を理解できなかった。
蜘蛛は敵を待ったまま身を潜めていた。




