落ち葉
「......」
伊吹は蒼瀧を見る。恐怖を目の前にしているような、不安げな表情の蒼瀧は立てないままでいた。何故か呼吸も荒い。
「た、立てない.....」
無理もない。あの五月雨麗斗が話しかけてきたのだ。....しかも耳元で。
仕方なく手を差し伸べようとしたとき、訓練場のサイレンが鳴った。出兵の合図だ。
『モノルヴ国兵がセルゼス領地に侵入、セルゼス東平原より紛争開始。全兵指示に従い攻撃開始、繰り返し-....』
アナウンスが響く。しかし、この場の誰も動けない。指揮官がいないのだ。教官は元兵士であり元指揮官ではない。新人兵は全然戦いを経験したことがないため、何をするべきか迷ってしまっている。
『今現在モノルヴ兵が確認されているのは東平原、中央平原、マリスア市街...』
外では他の体が走り出す音が聞こえる。
「私が指揮を取る」
誰かがそう言った。
五月雨麗斗だ。
「れ、麗斗様、危険です!!」
「命に関わりますよ!!」
周りの兵が止めに入る。しかし麗斗は、話を聞かずに言う。
「この隊は西平原に向かえ。間違えても今戦場になっている東平原には向かうな。モノルヴは反対から攻めに入る可能性がある。そこの黒髪と青髪は二人で西平原寄りのトリスト市に行け。」
慣れているのか、知識があるの分からないが今は指示に従うべきだ。
「はッ!」
兵士達はバタバタと恐怖や不安を抑えながら自身の武器を取りに行く。
「立て。行くぞ」
「い、いぶ....」
「....晶墨。晶墨でいいから。下の名前はやめてほしい」
「.....分かった」
トリスト市。セルゼス要塞のあるセルゼス市から西平原を挟んで位置していて、発展しているセルゼス市とは違い主に農業中心の静かな市である。
その市にある小さな村。ハズナ村。
まさか隣の市では戦争が起こっているなど知らない住人たちは、今日も静かにそれぞれの仕事をしていた。
「お姉さん、ありがとう!!思いの持ってくれて!!」
「姉ちゃん、ありがとな!助かったよ」
「....ありがと..」
小、中、高バラバラの少年たちが姉と呼ばれた人にお礼を言う。
「あー、いいよいいよ。気にすんな。また手伝って欲しかったら言えよ」
男言葉を使う女は答えた。
「うん、ありがとう!!」
少年たちが駆け出す。それと同時に、背後から少女がやってきた。
「お姉ちゃん、お疲れ。お茶持って来たよ。お芋、重かったでしょ」
薄い水色の髪をツインテールにした緑目の少女ー中学生くらいだろうかーはお茶を差し出す。
「ありがとう。蒼箔【ソウハク】相変わらず気が利くな」
姉妹だろうか。似たような水色の髪の女は答える。ストレートに伸ばした髪は太陽の光を反射し、美しく風になびいている。
姉の名は蒼黎【ソウレイ】という。23歳という年だが、都会に出ず田舎で小さな村を支えている。
「そう言うお姉ちゃんは男の子が好きよね」
「.....!?誤解を招く言い方はしないで」
「ごめんごめん。.....お姉ちゃん、弟と重なってるでしょ」
蒼黎はお茶を飲み干すと、
「まあ、ね。もし、今でも生きてたら18歳と17歳かな」
俯きかげんに言った。
「生きてるよ。だって、養子にいったんでしょ?なら大丈夫じゃない」
「.....いや、養子に行ったのは17歳の方だけ。もう片方は捨てられた」
風が強く吹いた。落ち葉が吹き飛ぶ。
蒼箔は「嘘、」と驚きを隠せずにいた。
「悪魔だって。片目がないからって。だから、今は生きてるかどうか分からない」
「そんな!!あり得ない!なんで⁉︎片目がないからって、おかしいよ....!!!」
いつも大人しい蒼箔が声を張り上げる。
「この国の伝説。分かるだろ。蒼箔が小学生のときに五月雨麗斗によってだいぶ差別は改善されたから分からないだろうけど」
「嘘、じゃあ...」
「四人揃う夢は叶わないかもね」
蒼箔は涙を流し、蒼黎は空を見た。




