高校生が魔法使いになるまで
注意
この作品は作者である私が別の作品を書いている間、ふと思いついたアイデアを息抜きがてら文章にしてみただけの物です。
作品を書き始めるまでに設定を考えた時間は5分足らず、2時間位で書き終えたと思います。ぶっちゃけ適当です。
それでもいいよ~という方はどうぞよろしくお願いします。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
そんな小説読みたくない! という方にはブラウザバックをオススメします。
窓の外から差し込む強い日差しで目が覚める。眩しいが薄く目を開けると、窓の外には鬱陶しいくらいに良い天気の空が視界に入って来た。
「う……あぁ……もう朝か……」
俺は藤堂俊也。特筆する事は特に無い平々凡々な男子高校生だ。強いて言えば最近寝不足な位か? それも別に特別って訳でもないな、寝不足な人なんて何処にでも居るだろう。
時計を見ると時間的にはまだ二度寝出来る。だからもう一眠りしたいのに、眠れない。最近寝不足で今にも寝そうなのに、一度目が覚めると寝付けないんだよな……
仕方がないのでとっとと朝の用意を整え、朝のニュースや占いを眺めつつ、適当に時間を潰して家を出た。登校には早いけど、家に居ても何もすること無いからなぁ……ゲームに手を出して遅刻寸前になっても困る。
眠い目を擦りながら通学路を歩いていると、唐突に背中に強い衝撃が加わった。
「おっはよう!」
「痛っ! ……おはよう。賢治、何時も言ってるけど加減しろよ。ただでさえ力が強いんだから」
今俺の背中を思い切りぶっ叩いたのはクラスメイトの津田賢治。近所の酒屋の息子で、店の手伝いをしているからか体格が良くてやたらと力が強い。
明るくて人から好かれる奴で、所属してる陸上部エースとして先輩にも後輩にも頼りにされているんだが……
「悪い悪い!」
「はぁ……」
豪快過ぎるのか、大雑把で細かい事を気にしない。それに良い奴なんだが、頭を使う事に向かない。これは俺だけでなく周りの誰もが知っている。
賢治自身も、2年になった時の自己紹介の後には笑いながら“俺の名前の賢治って、賢いって漢字が使われてるんだ。名は体を表すって言うけど、アテにならないよな”とか言ってたし……ちなみに成績は下の上といった位だな。
「んで、どうしたんだよ。最近おかしいぞ」
「別に何ともない。早起きのしすぎで寝不足なだけだよ」
「もう2ヶ月近く連続でか?」
む、相変わらずそういう所はよく見てるな……
実は俺の寝不足は昨日今日に限った事じゃない、2ヶ月程前からだ。始めは大した事なかったんだが、段々酷くなって1ヶ月前位からは体もキツくなってきてる。
「よく分かったな」
「まぁな。で、大丈夫かよ」
「本当に寝不足なだけだよ」
「不眠症ってやつか?」
「いや、眠れる事は眠れるんだ。ただ妙に眠りが浅いというか疲れが取れなくて、それで毎朝やけに早く目が覚めて、目が覚めると寝不足な感じがしてるんだ」
何でなのかね……温めの風呂、ホットミルク、市販の薬……色々試しはしたのに、一つも効果が出ない。
「その割に授業中に居眠りとかしないのな」
「自分でも不思議だ……ふぁ……うぅ……眠い」
「体調は?」
「そうだな……キツくはあるが、慣れたのか不思議と倒れそうとか本気でヤバイって感じは無い。むしろ変な力が漲る感じ? 徹夜でハイテンションになるみたいな」
「それは大丈夫じゃないだろ」
「やっぱりそう思うか? 実は俺も薄々そんな気がしてた。ただ、何でか大丈夫! って確信を持って言える気がするんだ。それで大丈夫だと思ってたんだが、客観的に考えるとおかしいよな」
「おいおい、何でそんな他人事みたいに話してんだよ」
まぁ確かにそうなんだけど……
「いやぁ……何か冷静になるというか、自分の事じゃないみたいに感じてる自分が居るんだよ。寝不足のせいだと思うんだが」
俺がそう言うと賢治が真剣な顔になってこう言った。
「それもう病院に行った方が良いんじゃないか? 何か寝不足とか小さな事じゃない気がするぞ、俺もよく知らねぇけど」
それは薄々俺も思ってるんだが、病院に行こうという気にはなれない。
「そうだなぁ……もう少し様子を見て、寝れなきゃどっかの病院に行ってみるよ」
俺は賢治の俺を思う言葉に感謝しつつもはぐらかし、話を変えて通学した。
その日の夜
「う……」
何だ、ここ……
目を覚まして横になっていた体を起こし、周りを見渡すと真っ白な空間。そこには何も無い。立つことは出来たが、何処に立っているのか分からない。何かを踏んだ感覚が無いんだ。
「空中に立ってるのか? ……夢?」
そう思って頬をつねると、痛みも無い。夢だな。明晰夢ってやつか。
「それにしてもつまらない夢だな……何も無いのか? いや、夢を見てるって事は寝てるという事だし、寝れただけマシか」
しかし、この状況どうしたらいいんだろうな? 目が覚めるまでこのままだと暇で仕方がないんだが……
そう考えていると、目の前の光景が急速に変わって行く。
目の前に現れたのは明らかに日本には無い光景。高い壁に囲まれた石造りの建物と町並み、俺はその中でも1番大きくて豪華絢爛な建物の前で寝転んでいた。
「おっ……うわっ!?」
突然の光景の変化に驚いていると、目の前の建物の門から馬車が勢いよく出てきた。そしてその馬車の御者は急いでいて俺に気づいていないのか、勢いそのままに突っ込んできた。
だが、俺の体は馬車をすり抜けた。馬車は何事もなかったかの様に去っていき、俺は無傷で痛みもない。
「そ、そうだった……夢なんだった……マジでビビったー!!」
幾ら退屈だったとは言え、こんなドッキリはいらねーよ!
またあんな事があっても困るので、俺は立ち上がって道の隅に移動する。
それからしばらく歩き回ってみたが、どうやら俺は街を歩く人たちには見えない様だ。
これは良かった。落ち着いて自分の姿を確認してみれば、寝た時に着ていたTシャツとトランクスのみ。外を歩ける姿ではないし、周りの人々の服装ともだいぶ違う。
周囲の人々の服装はファンタジーや冒険系のゲームによく出てくる人の服装で、時々鎧や剣を装備した人達も居た。
「この手のゲームやラノベは好きだから、夢に出るまでは分かるけどリアル過ぎるなぁ……俺にここまで詳しい中世とか歴史の知識あったっけ? それとも何かのゲームか? ……あるとしたら後者だよなぁ……」
そんな感想を呟きながらも歩き続ける。
流石は夢というか、歩き続けても一向に疲れを感じないので俺はこの夢を見ていられる限り隅々まで見るつもりだ。こんな機会滅多に無いからな。
出来れば街で売ってる食べ物や飲み物も味わいたいが、触れないし食べられない。それが残念だ。
そうして歩き続けていると、何時の間にか俺が馬車に轢かれそうになった屋敷の前に戻ってきてしまった。
「せっかくだし、中に入ってみるか」
ここは俺の夢の中、今まで誰にも咎められなかったので、興味を優先して屋敷の中に入る。屋敷の中は豪華な調度品が至る所に置かれていて、現実なら絶対に入りたくない場所だ。万一現実でこの調度品のどれか1つでも壊したとしたら、どれほどの弁償額になるか分からない。多分滅茶苦茶高い。
物に触れられないと分かっているから普通に歩けるが、それでもつい可能な限り周囲の物から距離を取ってしまう。まぁ、警備員らしき甲冑の男達や使用人と思われる女性が前から来た場合は彼らを避けるために仕方なく近寄る。いくらすり抜けるからと言っても、退かないのは何か心地悪いし。
こうして屋敷の探検をしていると、財宝がたっぷりと詰まった金庫や怪しげな書庫、そして地面に魔法陣が描かれた隠し部屋などを発見した。
「この夢の中には魔法があるのか……やっぱこれゲームかラノベがベースの夢だな」
そう言いながら屋敷を出てなんとなく外に出ると、急に意識が遠のく……
そして、目を覚ました俺が目にしたのはいつも通り、なんの変哲もない俺の部屋の天井だ。
「ただ目が覚めただけかーい! ……当たり前だな」
と自分に突っ込みを入れた所である事に気がつく。
「あれ? 俺、夢を覚えてる?」
今まで夢を覚えていた記憶なんて殆ど無いが、何故か昨夜の夢は鮮明に思い出せる。それにまだ寝不足感は強いが、昨日までの様に徐々に寝不足が酷くなっていく感じがしない。
不思議に思ったが、昨夜の夢は初めての明晰夢だったし、明晰夢だと起きた後でも夢の内容をしっかりと思い出せるんだろう、しっかり寝れたんだろうと勝手に納得しておいた。
「さーて、今日も学校……木曜日、朝一で古典。一週間で一番憂鬱な日だな」
ぼやきつつ、今日も支度をして学校へ行く。
1ヶ月後
初めて明晰夢を見た日から1ヶ月が経った。あの日から俺は、明晰夢を毎日見ている。毎日、なんだ。
寝不足は酷くならずに現状維持。多少改善したと思わなくもないので、病院に行こうとは思わないが……流石に妙だよな……
でも、明晰夢自体は結構楽しませて貰ってる。頻度で言えば初めの豪邸がある街を見る事が一番多いが、魔獣と呼ばれる怪物を見たり、魔法や魔法使いを見る事もある。
しかも始めは夢の中の人達が何を言ってるか、看板に何が書いてあるかも分からなかったんだが段々と理解出来るようになって、老人の魔法使いが子供に魔法の基礎を教えていた所では勝手に一緒に授業を受けた。
俺には出来なかったけど、夢の世界の魔法は魔力とイメージとそれを現す言葉があれば使える物らしい。
「俺の夢の中でなら俺が魔法使えても良いのになぁ……」
調べてみたら明晰夢って夢を見てる本人の思い通りに出来るらしいけど、俺の場合は全く思い通りにならない。何か特別な方法でもあるのだろうか?
そんな事を考えながら、俺はキッチンに行き夕飯を作る。
うちの両親は俺をおいて長期旅行中だから飯は勿論の事、掃除洗濯も自分でやらなければならない。
ちなみに母は民族学者、父は考古学者で2人揃って旅行好き、それも観光ではなく冒険に近い旅を好む。年がら年中研究のためと言って世界中を飛び回り、好きな事を仕事にするという理想を体現した様な2人だ。
収入源は執筆した本と大学での講演や極たまにあるテレビの出演料。特に執筆した本は学者と学者を志す学生の間では必読書扱いをされていたり、研究の過程にあった出来事の面白さまで専門用語を控えて分りやすく書かれたために一般の人にも受け入れられてベストセラー化した物まである。
おかげでうちは裕福である。
しかし、2人は学者としては優秀だがそれ以外の事、特に家事が苦手だ。両親のために言っておくが、全く出来ないという訳ではない。ただ上手くないだけだ。最低限の生活は出来る。掃除だけはちょっとフォローできない位に酷いけどな。
なにせ、掃除に関しては小学生の頃の俺でもまだマシなくらいだ。
まぁ、そんな両親と過ごし、自分が満足するためにやってたら家事はそれなりに得意になったので問題はない。旅行小学生時代の夏休みや長期休暇では旅行に連れて行かれて、旅行先の国に居る両親の知り合いの家に滞在する事も多かったので、色々教えて貰った事もいい経験だ。
「野菜はこれでよ……うっ!」
野菜を切り終え、次の作業に移ろうとした所で立っていられなくなる目眩が襲ってきた。俺は持っていた包丁を取り落とし、まな板と調理台に手をついて倒れないように堪える。
「病院、電、話……」
突然の事に命の危機を感じ、とりあえず助けを呼びたくて這ってでも電話機に向かおうとするが、ここで足が動かないのに気づき、足元を見た。
「何、だ、これ……」
すると、俺の目に飛び込んできたのは俺の足元にうっすらと浮かび上がった魔法陣だった。しかもこの魔法陣を見た瞬間、夢の豪邸の中にあった魔法陣だと気づいた。
「ま、さか、あれ、夢……くて……」
夢と現実の区別がついていないのかと逡巡していたが、魔法陣の光が強くなってくると突如ラノベでよく見る異世界に送られる可能性が頭に浮かんだ。
急いで魔法陣から離れようとするが、足は縫い付けられた様に動かず、体が重い。
光が更に強まるものの、一向に逃げられない。
俺はせめて何か武器になる物を持とうと、必死に手を伸ばして料理に使っていた包丁を右手で掴む。ついでに近くにあった砂糖の袋と胡椒の瓶を左手で抱える。
武器になる物を欲したのは、夢で見た世界に送られると仮定したらあの世界には魔獣がいる危険な世界だった筈だと思ったからだ。そんな世界に丸腰でなんて行きたくない。俺が楽しんでいられたのは夢だったから。誰も俺に触れられず、目を覚ませば部屋にいる。要は安全だったからだ。
砂糖と胡椒は偶然手の届く所にあったから。そして、目に入った時にふと夢の世界では高級品だった事を思い出したからだ。出来るなら少しでもお金に替えられそうな物を持っておきたかった。
もう一度魔法陣から離れようと試みるが、やはり足は動かない。そして魔法陣が一層眩い光を放ち、目を開けていられなくなる。
その直後天地が逆転した様な感覚があり、俺は異世界に――
転移しなかった。
目の前にはキッチンの床、周りは料理をしていたキッチン。
光はともかく、先ほどの天地が逆転した感じは急に足が動くようになったせいで、目を瞑ったまま勢いよく転んだだけ。体が痛い……
体の痛みに気づくと同時に、特に腹から強い痛みと不愉快な熱さ、そして硬い感触を感じた。
腹に目をやると俺が持っていた筈の包丁が刺さって、大量の血が流れ出ている。
「っ!? うぁああああ! 痛っ…………ああああああ!」
転倒した拍子に刺さったのか、腹の血と包丁を見て状況を把握してしまった俺は耐え難い痛みにのたうち回る。傷をはっきりと認識したからか、傷口を見る前より痛みが強くなった気がする。
急いで引き抜こうとしたが包丁に触れるだけで痛みが強くなり、引き抜くのを思いとどまる。
よく考えれば、むやみに抜くと出血が増えて拙いんだっけ!? どうしたら……と考えが纏まらずに痛みに苦しみ続けていると、どこからか声が聞こえてきた。
(“我が意に従う力となれ!”)
そう聞こえた瞬間腹に刺さっていた包丁が勢いよく引き抜かれ、キッチンの隅まで飛んでいった。
俺は腹の痛みで何が起きたのか考える余裕は無かったが、続いてもう一度声が聞こえた。
(“我が意に従い傷を癒せ!”)
どこからか聞こえる声は必死で何度も同じ言葉を叫び続ける。そのうちに気づいた。俺の腹の痛みが消えていく。
もう一度腹に目をやると、普通ではありえない速度で傷が塞がっていくのが見える。
「嘘、だろ? これ……魔法?」
俺はこの状況を見て、それしか思い浮かばなかった。その間にも声は狂った様に傷を癒せと言い続け、声が止まった時には腹にあった傷が綺麗に消え去っていた。
これが夢でないのは先程までの痛み、今も手や服、そして床に付いて鉄の匂いがする大量の血を見れば嫌でも分かる。
(全く、危険は承知の上であったが、この様な事態に陥るとはな……動くな馬鹿者!! 傷は癒したが腹から失った血は戻りきっておらんのだ! 体に障るから大人しく横になっておれ!)
また聞こえたその言葉に飛び起きようとすると、声が俺を怒鳴りつけた。痛みが無くなり少し落ち着いてみると、声は耳で聞こえるのではなく、直接頭に響いている感じだ。
何が何だか分からないが、とりあえず俺は中途半端に起き上がった状態で止まった体をゆっくりと床に寝かせていく。
「これで、いいのか? それと、貴方は?」
(儂を知らぬ者が……異界の人間ならば仕方ないな。聞け! 我が名はギルス・ウィギンリーファ・カルドシェル! 世界一の魔道士にして最強の魔道士である!)
……………………名乗り方はともかくとして……とりあえず命を助けられたみたいだし、聞いた感じ偉い人だろうし敬語で……
「そのギルス様が、何故ここに? いえ、そもそもここに居るんですか?」
(ふむ……その態度に免じて答えてやる。その通り。今、儂は貴様と共にある)
「俺と、共に?」
(儂の体はもう100を越え、限界に来ておった。故に儂は老いた体を捨てて転生を試みた。その結果が今の状況だ)
俺が異世界に転移するんじゃなくて、向こうの人がこっちに来るんかい!
「マジっすか……」
(マジじゃ)
え、マジって言葉通じたの?
(貴様の中に居る状態だからな、多少の知識と言いたい事は伝わっている。魔法なき世界の住人なら真偽を疑っても仕方あるまい。貴様は状況の理解が早くて助かる。褒めてつかわす)
「あ、ありがとうございます。理解の速さは……ここの所夢で色々見たりしてたんで」
(それは夢ではない、儂の世界だ。どうやら転生の準備段階で儂の記憶を含めて伝わっていた様だ。儂がそれを知ったのは儂が貴様の中に入った時だがな)
「ギルス様の記憶が? 街中を好き勝手に歩き回りましたが、街中の様子を細かく知れたりするんですか? 行けない場所は無かったですよ」
(そういう魔法もあるにはあるが、貴様が見ていたのは違う。儂が生きた100年以上の積み重ねをつなぎ合わせた物だろう。貴様の知識では……映像の編集作業が近いのではないか? 行けない場所が無いのではなく、お前が行こうとした場所の記憶があればその記憶を見て、無ければ似たような記憶を見ていただけだ)
「あ、なるほど……」
そういえば時々急に環境が変わったりしてたっけ? 夢だと思ってたからそういう物だと勝手に納得してたけど。
「本当に知識も繋がってるんですね……ギルス様の記憶を見た限りでは、そちらの世界に映像なんて無かったと思いますけど」
俺がそう言うと、ギルス様はこう言った。
(当たり前だ。転生先の世界の常識を知らなければ問題が起こるであろう。無駄な問題を避けるため、知識はそのまま私に流れ込む様に魔法を作ってあったが、貴様にも儂の記憶が流れ込むとは思わなかった……失敗を認めざるを得まい)
「失敗、ですか……」
(そもそも、今回の魔法は初めて使う物だった上に、準備段階で多くのトラブルがあった)
「そうなんですか!? なのに、何故?」
(理論を構築し、魔法の原型は30年も昔に出来ていた。だが徹底的な準備と検証を行い、成功確率を上げるために時間を使いすぎた。気づけば何時息を引き取ってもおかしくない状態で、もはや多少の危険があろうと実行しなければならぬ程に逼迫していたのだ)
そうなのか……色々俺の常識から外れ過ぎて理解出来てんのかも分からないけど、大変だったんだなぁ……
「準備というのはどんな事を?」
(まずは転生先の世界を探すために大量の魔法道具を作り、空間魔法で次元の狭間に撒いた。魔法道具は他の世界に送られ、人類が居た場合は現地の人間に弱い精神操作の魔法をかけて魔法道具を拾わせ、儂が持つ対となる魔法道具に連絡を送る。
貴様の記憶では魔法道具を拾ったのは貴様ではなく貴様の父親らしいが……それは別にどうでも良い。連絡を受けた後は、儂が魔法道具の近くに居る人間の中から生贄となる者を選び、魔法を発動する準備を整えるのだ)
そうなんだ……親父は妙な物を持って帰ってくる事が多かったから、魔法の道具が混ざってるなんて全然気付かなかった……ん? 今、めっちゃ物騒な言葉が出なかったか? 精神操作? 生贄?
そんな事を考えている俺に構わず、ギルス……様は言葉を続ける。どうも魔法について語る自分に酔っている様だ。
(生贄を見つけてすぐに転生が出来る訳ではない。まずは生贄に精神操作の魔法をかけて徐々に精神を疲弊させて弱らせなければ儂が転生した際に意識を乗っ取る事が難しくなる。
精神操作と同時に何らかの方法で精神の疲弊を大きく改善する様な行動をしない様に暗示をかけ、生贄を弱らせやすくする。この状態を長く続けさせる事により生贄の意識を薄れさせ、儂を受け入れる器とする。
更に魔法を使えるように、肉体に若干の改造を行う。そうしなければ儂が鍛え上げた魔法を失ってしまうからな。これには肉体の負担が少ないように時間をかけて行うが、負担が全く無くなる訳ではないので精神を疲弊させる一因にもなる。
その後、儂が転生する前に事故を起こさぬよう魔法の力を封印し、最後に儂の魂が生贄の体に入った時、生贄となった者の意識は完全に消滅。封印も解けて儂が完全な状態で転生出来る筈だった)
そう言って締めくくるギルス。その時俺の心の中には言葉にできない怒りが渦巻いており、ギルスの言葉が終わると同時に思い切り叫ぶ。
「ふざけんな!! 今までの寝不足と負担ってお前のせいかよ!! そもそも生贄って何だ! 乗っ取られてたまるか! 出て行け!」
俺も何考えてたんだ!? 腹の痛みか治療して貰ったからか分からないが、何故普通に話してんだよ! おかしいだろ!?
俺が叫びだすと、ギルスから苛立ちが伝わってくる。
(むっ……儂を受け入れるように仕掛けた精神操作にかかっておったと思ったが、浅かったか。儂の話を聞いても喜んで体を差し出す予定だったんじゃが……これは面倒になったな)
「そのせいか! 卑怯だぞ!」
(卑怯? 貴様やこの世界の人間も学び、様々な技術を身に付けて使っておるだろう? それとなんら変わらぬ。単に儂の身につけた技術が、魔法という貴様にとって未知の技術であっただけの事。儂からすれば、悪いのは魔法について無知な貴様の方だ)
「そんな訳あるか! こっちの技術でも色々あるが、技術があるからって何でもして良い訳じゃないぞ! モラルとか……って、こんな話今はどうでもいい! まずは出て行け!!」
素直に出て行く訳はないだろうが、魔法の知識なんて殆ど無い俺はそう言うしかない。
(貴様如きが儂に命令するでない! “我が意に服従せよ!” 身の程を弁え、大人しく体を差し出せ!)
そう言われた瞬間、意識が飛びそうになる。今意識を失うのは絶対にヤバイ!!
俺はそう思って勢いよく立ち上がり、何とか意識を保とうと激しく体を動かす。止まってたら眠るように意識を失いそうだからだ。
しかし滅茶苦茶に動いたせいか、キッチンの入口の角に小指を思い切りぶつけてしまう。
「あっ!?」
(ぐぅっ!?)
小指をぶつけた痛みで俺の意識が覚醒し、ギルスも痛がる。
そこで気づいた。ギルスは俺の体を乗っ取ろうとしている、だから俺と同じ痛みを共有してるんじゃないか?
それにギルスの平然と生贄とかいう話し方からすると、本来俺の命なんか気にも留めない可能性が高い。なのに包丁が腹に刺さった時は必死に治療して、狂った様に傷を治そうとし、勢いよく起き上がろうとした俺に体に障るから起き上がるなと声をかけた。
俺の予想が正しければ当然だ。ギルスも腹の痛みを感じていたんだし、何より俺の体をギルスの体にするつもりだったんだから、少なくとも俺の体には死なれちゃ困るんだ。
そして魔法で治療が出来たって事は、今の俺の体は魔法が使える? ギルスは魔法が使えるように俺の体を勝手に改造したと言ったよな?
さっきの感覚からしてギルスは今も精神操作の魔法を使えたみたいだけど、それはギルスだからか?
……ええい! 魔法に必要なのは魔力とイメージと言葉、俺が知ってるのはそれだけだが可能性に賭けるしかない! 正直逃げてしまいたいけど、ギルスは俺の体に居るんだから逃げようが無いんだ! ギルスは魔法を使うために俺の体に細工をしたんだからきっと体に何か……!?
意識してみると、当たり前の様に体の中に血ではない何かが流れているのを感じとれた。これが魔力か!?
(ええい! 無駄な足掻きをするでないわ! “我が意に服従せよ!”)
「“断る!”“乗っ取られてたまるか!”」
魔法の使い方がよく分からない俺は、魔力を意識しながらギルスの言葉を断固として拒絶する意志を持ってそう叫ぶ。
すると、周囲の音が止んだ様な感覚と共にギルスの驚愕が伝わってきた。
(何だと!? 貴様! そんな適当な詠唱で魔法を!?)
どうやら成功したらしい! 少しでも精神的に優位に立つため、当たり前の様にこう言ってやる。
「魔法に必要なのは魔力とイメージと言葉だろ? だったらこんな言葉でも良いじゃないか」
(……魔法の知識まで流れ込んでおったか。儂の魔力を勝手に使いおって、忌々しい)
あっ、今使ったのってギルスの魔力なのか?
「俺の体の中にあったから俺の物かと思ってたよ」
(ふざけおって……“我が意に服)
「“断る!”」
(くっ!?)
それから同じやりとりを5回ほど繰り返すと、ギルスは俺の出方を伺っているのか魔法を使おうとしなくなった。どうも、俺の方が呪文? を唱えるのが速いようだ。
……もしかして、ギルスはいちいち我が意になんたら~とか言わないと魔法を使えないのか? さっきも適当な詠唱とか言ってたし……
でもどうする……ここからどうしたら良いんだ? 考えがまとまらない。
ここで、ギルスが提案してきた。
(このままでは埒があかぬ。一つ取引と行こうじゃないか)
「何言ってんだお前」
俺はその言葉を聞いた途端に今までの纏まらない思考が爆発した。
「取引? 今更そんな口車に乗る訳無いだろ! “断る!”」
(ま、待て!)
「俺を散々生贄だの何だのと言って! 勝手に洗脳仕掛けて! ついでに馬鹿にして、形勢が不利になったら交渉!? 虫が良すぎるぞ! “出て行け!”」
(がっ!? や、やめろ! 体から出る事はできぬ! 今この体から追い出されたら消滅してしまう! お願いだから、やめてくれ!)
「俺の知った事かよ! 本来ならお前だけの問題だろ! “出て行け!”“消えるんだったら消えろ!!”」
(あ……あぁぁ)
俺が感情のままに叫ぶと、ギルスの声が一気に弱っていった。
「はぁ……はぁ……うっ!?」
そして、俺はギルスが消滅した事を知った途端、膝から崩れ落ちた。ギルスが消滅したからか、俺の頭にギルスの知識が一気に流れ込んで来たんだ。だからこそ、ギルスが消滅した事が分かる。そして同時に、今の俺の無事は本当に偶然、運が良かったから助かったのだと思い知らされた。
どうやら、ギルスはこの世界に来る前から相当な無茶をしていたらしい。
俺という生贄を見つけて俺の体を乗っ取る事を決めたは良いものの、途中で魔法に問題が起こった。コンピューターやソフトウェアのプログラムで例えるとバグが発生したみたいな物だ。
具体的にはまず、“俺の精神に負荷をかけて弱らせ、知識を奪う”という部分。この部分にバグが発生し、偶然とは言え明晰夢という形で俺がギルスの記憶を見れるようになってしまった事。
あの時もギルスは魔力を使い俺の精神に攻撃を仕掛けていた様だが、バグのせいで俺が記憶を覗きにあちこち行ってる間に俺への洗脳が弱まり、その上予定していた魔力の数倍の魔力を使わせていたらしい。
元々転生の魔法はギルスの持つ魔力だけでは使えなかったため、ギルスは魔石という魔力が蓄えられている石を大量に使って転生の魔法を使おうとしていた。
しかし、バグのせいで魔力を大幅に無駄にしてしまったため、転生の魔法が不完全な形で発動。ギルスの精神にも多大な負荷をかけ、俺に不完全な形で乗り移った。
もし転生の魔法が完全な形で発動していたら、俺は抗う間も無く消滅していたようだ。危なかったどころじゃない、体の震えが止まらない。
次に俺の腹の傷。ギルスは俺に乗り移った直後、腹の傷を治すために治癒の魔法を使ったが、ギルスの精神的にも俺の肉体的にもかなりギリギリだった様だ。
バグの影響で出来るだけ力を温存して俺の肉体に定着したかったギルスでも、やらなければ自身の命が危なかったため仕方なく全力で治療。不完全な形で乗り移ってきたギルスにはさらに負担がかかり、かなり辛かった様だ。だから始めは悠長に話をしていたんだろう。
最後にこの体を使う優先権が俺にあり、ギルスには体が無かった事。
魔法は通常、魔力とイメージに加えて詠唱と言う言葉を発して使う。無詠唱と言って詠唱を口にせずに魔法を使う事も出来るが、それは非常に難しく非効率的。
体がある俺は普通に詠唱出来たが、体の無いギルスが魔法を使うには常に無詠唱で行わなければ無かった。これも負担になっていたようだ。
ちなみにギルスが使っていた我が意になんちゃら言う呪文だが、あれでも向こうの世界では極限まで詠唱を短縮された物で、一流の魔法使いにしか出来ない物らしい。
例えばギルスの物を動かす魔法の呪文は“我が意に従う力となれ”だが、これを普通の魔法使いが使うと“我が魔力と我が意思により生まれし重き荷を運ぶための力となれ”と若干長くなる。この物を動かす魔法は初歩の魔法らしく若干の長くなる程度だが、強力な魔法になればなるほど長くなる。
ギルスの使っていた精神操作はかなり高度な魔法で、俺が遅いと思った詠唱速度でも向こうの世界の魔法使いにしたらすごく早いらしい。
詠唱の速さに関しては向こうの言語と日本語の違いもあるな。向こうの言語での詠唱では普通は一つ一つ起こしたい現象を説明する様に唱えるが、俺が慣れ親しんだ日本語の場合は漢字一文字に意味があるからその分短い。
またギルスの魔法を例に出すと、俺の怪我を直した魔法の呪文は“我が意に従い傷を癒せ”だが、俺の場合“治療”とか“治癒”で済むと思う。ギルスの呪文はこうして日本語の文に直しても14文字からたったの2文字に縮まるのに、向こうの言語で詠唱すると更に長くなる。ギルスの言葉を理解出来ていたせいで、それに気づいたのはギルスが消えた後だったけど……そのアドバンテージがあったからド素人の俺でもギルスに対抗できたんだ。
「……いや、そもそも、もし魔法が使えなかったら俺アウトじゃん……」
魔法の使い方を多少なりとも知っていて、運良く使えたから良かった。
俺が助かったのは運が良かったからの一言に尽きる。ギルスが沢山の不利な条件を背負った状態でようやく勝てたんだ。もし一つでも条件が欠けていれば、俺は今頃ギルスに乗っ取られていただろう。
安心したら、また眠くなってきた……でも、転生の魔法が無理矢理知識を流し込んで来たせいで頭が痛い。知識を流し込むのはギルスが居ても居なくても関係無い様だ。
翌日
俺は学校を休んだ。昨夜の事が原因だろうが、起きたら熱を出していた。
昨夜はあの後、頭の痛みを堪えながらキッチンの掃除をした。あの血だらけの惨状を放置しているのは精神的に良くないと思ったし、万が一誰かが見たら大事になる。両親が突然帰ってくる可能性が無い訳でもないからな。
血だまりと血の汚れの掃除をするのは大変だったが、途中で気づいた事がある。
「“我が意に従う力となれ”」
俺がそう唱えると、寝ていた俺の頭に乗せられていた濡れタオルがひとりでにベッドの横に置かれたタライに飛んで行って冷たい水に浸かり、代わりに今まで水に浸かっていた濡れタオルが絞られて俺の頭に乗る。
「便利だな……魔法」
そう、魔法だ。結果的に俺はギルスに乗っ取られはしなかったが、ギルスに改造された肉体は元に戻らない様で、あのまま魔力を持って魔法を使える様になってしまった。
先日までの俺やこの世界の人間は魔力を持ち、感じ、扱うといった能力が退化していたので魔法を使えない。逆に言えば、その能力を取り戻してしまえば今の俺の様に魔法が使える訳だ……俺の場合はギルスの知識で補正もかかってるしな。
昨日のキッチンの掃除もギルスの知識にあった清掃用の魔法を使うとすぐに終わった。
掃除を終えて服を着替え、そのままフラフラとベッドに入った俺は魔法の力をどうするかと悩んだが、とりあえず他人には隠す事にした。
魔法が使える! なんて他人に言ったら痛い奴扱いだし、公にバレたら面倒な事になりそうだからな。
完全に封印してしまうのは勿体無く思うのでしないが、魔法は一人の時に、よく考えて使う様にしよう。命懸けで手に入れたものだから俺の好きに使う! なんて言ったらギルスと同じになってしまう。そう言う意味では良い反面教師かもしれない。
ただ……そう決めたのは良いが、先程早速大きな魔法を使いたくなった。
実はさっきベッドから出られずあまりに暇なので、バレそうになくて周囲に危険の無い情報収集用の魔法を使ってみたんだ。
それは遠くの声を自分に届ける魔法で、近所のおばさん達の井戸端会議がまるで俺の部屋で行われているように聞こえた。
で、その内容なんだが……
「奥さん、聞きました?」
「昨日の夜の事でしょう? ほら、藤堂さんのお家の……」
「そうそう、あそこの息子さん」
「何かあったんですか?」
「あら、宮田さんの奥さんはまだ聞いてないの?」
「何か昨日、あそこの息子さんが大声で叫んでるのを聞いた人が居るんですってよ」
「それも、その内容が出て行けだの消えろだのと乱暴で、誰かに当たり散らしてるみたいだったんですって!」
「そうなんですか? あそこの息子さん、そんな子では無かったと思うんですけど」
「私達もそうは思うんですけど、ねぇ……最近あそこの息子さん、何か様子がおかしかったですし……」
「体調でも悪いのか、暗い感じでしたね」
「叫び声を聞いた人も1人じゃ無いからねぇ……何か悩みでもあるのかしら?」
「こんにちは皆さん」
「あら、林さん。こんにちは~」
「何のお話ですか?」
「藤堂さんの所の息子さんの事よ」
「あぁ……」
「ご存知?」
「夫が帰宅途中に叫び声を聞いたらしいです。生贄だとか洗脳だとか叫んでたって……」
「そうなの?」
「最近よく聞く厨二病……なのかしら?」
「どうでしょうねぇ? 彼、もう高校生でしょう?」
ここまで聞いた後、俺はそっと魔法を使うのをやめた。
ギルスとのやり取りが近所の人に聞かれてるとは思わなかった……
目の前の血の汚れを片付ける事に夢中で気が回らなかった……
まさかこんな噂が立つなんて思わなかった……
魔法はよく考えて使うなんて言っておきながら、今、物凄く魔法を使いたい。
精神操作系の魔法であの噂を消す、これは悪用になるんだろうか?
魔法を使って都合の悪い噂を消して良いんだろうか?
そんな事を悶々と考えている。
とにかく今は、休んで熱を下げる事にしよう。
明日から、またいつも通りの日々を送るために……
読んで頂きありがとうございました。