木枯らし
--帰ってきた。そう思った。
私の隣には綺麗な艶のある黒髪を腰まで伸ばした翠の目の誰もが目を奪われるきれいな、お人形さまのような女の子が佇んでいた。どうしてこんな場所に自分がいるのかわからないようで右を見たり左を見たりと忙しなく顔を動かしている。
私が隣にいるのに気付いたようで、助けを求めるように彼女が私に向かって口を開いた。他にも多くの視線の雨に曝されながらも、私へと声が注がれたのは同じような学生服を纏っているから。
「あの、ここ…は」
このお人形さまは、声までも美しい。まるで小鳥が歌うように響く。それでいて不快とならない高さの音。
向けられた視線からは困惑していることが容易に伝わってくる。
「貴女様がこれまで生活されていた世界とは隔絶された場所です。紫子様」
答えたのは私ではない。
私たちの真正面に立っている男。
「名前を…」
お人形さまがそう呟くと咄嗟に私の左腕をつかむ。
「皆で紫子様のお帰りをお待ち申し上げておりました。」
一歩一歩近づいてくる男に彼女は自然と後ろ人後ずさる。腕をつかまれている私も同様に。お人形さまの困惑がわかっているのに男はどんどんと近づいていき、彼女の空いている右腕を掴む。お人形さまが驚き体を震わせる。それがわかっていながら男は私とお人形さまがつながっている部分に体をねじ込み、お人形さまと私を別つ。
「さあ、説明は奥で。」
お人形さまは、嫌がっているけど男の力には敵わない。どんどん私と引き離されていく。お人形さまが何か言葉にならない声を上げているけど、それは聞き分けてもらえるはずもなく、彼女は抱きしめられるようにして無理やり足を動かすことを強要され豪華絢爛という名が相応しい扉の奥へと消えていく。
--バタン。
音とともに扉は静かにしまる。
「撫子。お帰り」
声とともに横から差し出された手のひら。そこに、私は自分の手のひらを重ねる。そうすることでやっと実感した。私は帰ってきたんだ、この世界に。
「ただいま」
逃げた彼女を連れもどした私はきっとすごく悪者で。
こんな風に彼の手を取ることが許される訳がない者で。なのに私は臆病だったから、彼女を連れもどした。血の通っていない人形さまではない。彼女を--。