異世界 ~萌えに支配された世界~
「どうなってんだ、こりゃー!」
秋山勇は気が付いた。
そして速攻で絶叫した。
まず時間が朝七時になっていることにびっくりなのだ。
昨日の覚えてる時点では攻略できないゲームに腹が立ち、それを壁にぶん投げたら、どういう流れか自分の眉間で受け止めるという荒業を行い、気を失った。
そしてトドメは自分の部屋の変わり様。
勇は二次元大好き人間ではあるけれど、自分の部屋にキャラのポスターを貼ったり、ゲーム機本体を痛化するまでの趣味も腕もない。そんな中途半端な人間なのだ。自分の中では大好きと言っているが、他人から見れば、ものすごく中途半端な存在。
そんな自分の部屋が痛部屋化しているのだから、絶叫をしてもおかしくない。
「なんでこんなことになってるんだよおおおおおおお!」
「うるっさい!」
勢いよく扉を開け放ち、目を鋭く尖らせながら入ってきた女の子が勇の頭を持っていた辞書で叩いた。
角で。
鈍い音が部屋に広がると、そのままイスから転げ落ちて、そのまま床をゴロゴロと転がり、全身で痛みを表現する勇。
「朝っぱらから何騒いでんのよ、周りに迷惑でしょ!」
「いや、だってさ! 俺の部屋がいつの間にか痛部屋化してたらびっくりするって!」
「は? いつも通りじゃん」
中村美砂は勇の部屋を一通り見回したあと、呆れきった目で勇を見つめ返し、そう言った。
美砂とは幼馴染である。親同士も仲がいいので、同じ高校に入ると同時になぜか同棲させられた。そこに親の思惑と美砂の気持ちには気づいているが、勇にはその気持ちを言うには恥ずかしく、何よりもそのことは先に好きになったであろう美砂に言ってもらいたいのだ。
勇はさっきから美砂のへの違和感を感じていた。
もし普段の美砂ならばこんな風な部屋を見た途端、全力で引くぐらいの反応を見せるはずだからだ。美砂はこういう二次元系は嫌いなのだ。だからもしこんな部屋を見たら卒倒してもおかしくないのだが、思いっきり普通だった。
「なぁ、二次元系大丈夫になったのか?」
「はぁ? とうとう頭がおかしくなったの? 嫌いなわけないじゃない、もう世界の一部みたいなのに・・・。本当に頭大丈夫?」
「世界の一部ってそれはどういう意味だよ」
「本当に頭がおかしくなったのか」
完全に呆れたように勇の机の上に散りばめられた教科書を持ってみせつける。
そこにはなぜかアニメ・漫画の場面に関する問題がかかれている。
本来は昨日受験勉強で使っていた数学の教科書が置いてあったはずなのだが、そんな数列は全くない。
「おいおい、本当に俺ってば頭がおかしくなったかもしれない」
「はぁ? それはそれで私が困るんだけど。私より成績いいんだから、ちゃんと面倒を見てよね」
「俺が美砂より頭が良い、だと・・・」
確かに勇が知っている世界では美砂の方があたまがいいのは間違いない。しかしどうやらこの世界では立場が逆転しているようだ。それはそれでちょっと嬉しかったりするのは秘密なのだが、驚きを隠せないのも事実。
「はいはい、寝ぼけたふりはもういいから。それより朝は? いつもの所にする?」
「お、おう! って作ってくれないのか?」
「昨日言ったじゃん」
普段から勇のことを気遣ってか、美砂が作ってくれる。もちろん毎日というわけではなく、たまに外食もするのだが、その日に当たってしまったらしい。
勇は美砂に三十分の時間を貰うと、服を着替えると同時に自分の身の回りのものを確認する。
だいたいは勇が知っている作品が多い。
二次元系が主流になっているとはいえ、元の世界とはあまり変わらないような気もしたのだが、それでも知らないキャラのフィギュアも棚に並べられていたりする。もちろんどこかに箱を片付けてあるはずなのだが、それを探す時間もなく、あっという間に時間が来てしまし、再び美砂に怒られ、慌てて部屋を飛び出すのであった。
ただ勇は一つの答えを確信した瞬間でもある。ここまで自分の知っている世界と違うのだから、いわゆるパラレルワールドに遭遇したということを。
外に出るとやっぱり外も二次元系の看板が立てかけられていた。
基本アイドル=アニメ・漫画のキャラが主流になっている。
「なに、あたりを見回してんのよ。恥ずかしい」
「いやいや、なんか新しいの出てるかなって。こういう新しいキャラこそまだ人が付いてないから、ファンになるのはいいかなって」
こんなこと口から適当に言っているだが、実は苦しい言い訳でしかない。
予想外に美砂はちょっと落ち込んだようにため息を吐く。
「だよねー、だから私は勇より成績悪いのかも」
ものの見事に騙されていた。
「そ、そうだぜ。ちゃんとそういう勉強しろよな!」
「分かってるよ! でも私が一目ぼれするようなキャラがなかなか見つからないんだよね」
「そうやってこだわるからいけないんだよ」
なんとなく自分のペースを掴め始める勇。
そう、普段自分がやるようにやればいいんだ、と結論が出たようだった。
それにこんな風に美砂に上から言えるようなことがあまりないのだから、それはそれで新鮮なことなのは間違いない。
そんな言い訳がすんだところで改めて、勇はあたりをじっくりと見回す。
もちろん普通の洋食店や和食店があるのはもちろん変わらない。勇がいた世界とここがいた世界で違うのはメイド系列が多いということだ。もちろん派生としてツンデレやヤンデレまでもがあるということだ。
「んで、どこで飯食うんだ?」
「あー、たまには違うところにする? 目ぼしい場所でも見つかった?」
どうやら違う解釈をしたらしい。
確かに当たり前の世界としては周りから視線が気になるぐらい周りを確認していたのは勇も実感している。それを恥ずかしがるように美砂はわざと距離を空けていた。
「いや、いつものところでいいけどさ」
どこに行きたいかと聞かれたとろこでどうしようもないので答えはこれ一択しかない勇。
「そっか」
そう言って、美砂が入ったのは一つのメイド喫茶だった。
入ると同時にあの定番の挨拶が聞こえてくる。
ただ一つ、ここで勇には問題がある。
実は一回もメイド喫茶に入ったことがないのだ。
メイド喫茶があるのは知っていた。ただ敷居が高すぎた。こんな二次元に浸透してない勇には入るという勇気も選択肢もない。行くのは普通の定食屋ぐらいのもの。それも滅多にいかないのだが。
もちろん勇が知っている美砂も絶対入ったことがないはずなのだが、この世界の美砂は当たり前のようにメイドに案内された席に座る。
「すげー、当たり前のように入ったな」
「はぁ、いまさら何を言ってんのよ。そんなことより何を食べるか決まった?」
「いや、まだ」
テーブルに置いてあるメニュー表を見るが、値段がぼったくりだと思う勇だった。
友達が言ってたように普通のファミレスより高すぎるとは聞いていたので、冗談だと思い、聞き流していたのだが、まさかこんなに高いとは…。
テーブルを指でリズムを取るようにして、勇が決めるのを美砂は待っているようだった。
「美砂はもう決まってるのか?」
「当たり前でしょ。つか、何回ここに来てると思ってるの? 前回来たときにすでに決まてる」
「さ、さすが…。じゃあ、今日はオムライスにしよう」
「定番を選ぶんだ」
「なんだよ、文句あるのかよ」
「別にそういうわけじゃないけど。あ、メイドさん」
そうして近くを歩いていたメイドさんを呼び止める美砂。
「なんですか、お嬢様」
「注文大丈夫?」
「はい、どうぞ」
メイドさんはポケットから機械を取り出して、準備を始める。
そこからの展開がさすがは慣れてるというだけのことはあった。
注文を頼んだあとに、何かを描くかという話になったのだが、美砂は厨房で描いてくれるのでいいと頼み、勇だけはこの場で描いてほしいと頼む。
これだけの会話なのだが、詰まることなく美砂はメイドさんと話したのだ。
メイド喫茶に来たことがなく、人見知りの気がある勇にはこんな風には出来ない。
思わず拍手をしそうになったが、ぐっと堪える勇なのであった。
その後は注文が来るまで、美砂の話もとい世間話や愚痴を聞きつつ、運ばれた料理に適当な絵を描いてもらい、それを食べる。
オムライスの感想は卵がとろとろで美味しかった。ただ緊張して、食べづらかった、である。
それから美砂の付き合いで買い物に出かけた。
向かうのは近くに新しく出来たショッピングモール。
当たり前のことながら勇は行ったことは全くなく、おとなしく美砂について歩く。
「あ、これ可愛い。ねね、どう思う?」
「可愛いんじゃね?」
「なんか興味なさそうだよね」
「仕方ないだろ。男と女の感性が違うんだから」
「はいはい、いつものセリフご馳走様です」
これが美砂との会話の中でよく言うセリフなのはここでも変わってないらしい。なので、美砂も気にしてないようで、普通に物色し始める。
勇は適当に見て回りながら、いろいろと違うものがあるから一つの仮説が生まれる。
つまり本当にここは二次元が主流になっているのだ、と。だから勇が知らないものもあるけれど、この世界の勇とは感性などはそのままなので部屋に飾ってあるものは変わらないということだろう。
「そうかそうか、つまりはここで俺は何の不自由もないのか。慣れるまでに時間がかかりそうだけど」
「ねぇ、やっぱり勇おかしいよ」
「そりゃそうだろうよ。俺はこの世界の住人じゃないんだし」
「は? いきなり変なこと言ってんの?」
様子がおかしい勇を覗き込むように見つめてきた美砂に勇はあっさりとネタばらし。
美砂は睨みつけるように勇を見つめる。
なぜならこういうネタを何回も昔されてきたからだ。子供のころからそういうくだらないネタでからかわれ、怒っていた。
今ではそういうこともなくなってきていたのだが、それでも記憶があるのでそう簡単に信じ切れるわけもない。
「そういう昔みたいなのは良いから。んで、本当に私に隠してる何かがあるんでしょ?」
「あるわけないだろ。つか、今言ったことが朝から隠してることだっての」
二人とも見つめあう。
何を思ったのか、無言で美砂は勇の腕をつかむと近くのカフェに入る。
そのカフェで素早く飲み物だけ頼むと、めったに使わない携帯で支払い、テラスに設置してあるテーブルに座る。
勇は何も言わずにその行動に従うことにした。
内容が内容だけに他人に聞かれるのが嫌なのか、二人とも店員が飲み物を持ってくるのを静かに待ち、店員がテーブルに飲み物を置き、立ち去った後、ようやく美砂が口を開く。
「目がマジだったからゆっくり話せるところに連れてきたんだけど、ちゃんと話して」
「分かってるっての。そんな怖い目で見んな」
「無理に決まってるでしょ!」
大声を上げたので、店員と客の視線が美砂に集まる。
美砂はハッとしたように罰が悪そうな顔をして勇を見てくるが、原因が美砂本人なので、ため息をついて、ゆっくりと今までのことを話す。
あとで思い出したのだが、本来これって話したらマズいことなのでは、と思ったのは内緒である。
落ち着けば美砂は話が分かるタイプなので、勇の話を聞くと今までのことが納得したように届いた飲み物を軽く一口飲み、頭を抱えた。
そして発した言葉は意外なものだった。
「どこの世界だろうが、あんたは馬鹿だったか」
「失礼すぎるわ!」
「言っとくけど、ここでの過ごし方が分からないだけで勇の性格自体は変わらないってことが分かっただけで私は満足なんだけどね」
「簡単な話、それ」
「んでさ、ちょっと聞きたいこと…あー、いや、やっぱりいい」
「なんだよ、気になるじゃん」
なんか言いにくそうに顔を逸らして、口ごもる美砂。
勇はそんな美砂をたまに見てるので、気になるが本人は絶対に話そうとしない。いや、今回も聞きたい内容ぐらいは分かってるつもりなのだが、勇から聞いていいのか正直分からないでいた。
「い、いいの! ひとまずここは私が案内してあげるからどうやったら元の勇に戻れるのか考えてよね」「言われなくても考えるわ! って、分からんけどさ」
話題を無理矢理切り替えられるも勇は順応して、飲み物を二人は一気に飲み干し、買い物の続きをした。
買い物の続きというよりも勇の事情を知ってからか、美砂は勇が行きそうな場所ばかりを案内し始めた。さすがにここでの生活に慣れないとマズいと考えたのだろう。
その連れて行かれた場所は全てが本当に自分が行きそうな場所ばかりなのだから勇は驚いていた。聞くことはないけれど、この世界の勇はどれだけ美砂と一緒に出かけたのか気になるぐらいなったぐらいに。
いろいろと連れ回され、家に帰る頃にはすでに夕方になっていた。
「あー疲れた」
「いや、本当に一気に回りすぎ。腹減ったわ」
「ご飯はもうちょっと後で」
「七時ぐらいだろ」
「そうそう、やっぱり一緒なんだ」
「そこらへんはぜんぜん変わらない。朝、俺を起こすやり方とか」
その場で勇は寝転びながら、笑ってみせる。
反対に美砂は少し恥ずかしそうにしていた。
違う世界の勇と知ってから、美砂は少しだけ変わっていた。少しだけ素直になっているのだ。
美砂自身もそれには気づいていた。自分が素直になっていることは。今まで心に壁をしていた、といえばおかしいのだが素直になれない自分がいたからだ。ただこのタイミングを逃せば、あのことを聞きそびれると思い、さっきのカフェで聞きたかったことを改めて聞くことを決意する。
「ねね、ちょっと聞きたい話があるんだけどいい?」
「んー、何?」
「あのさ、私のことどう思ってる? もちろんあっちの世界の私でいいんだけど」
「うるさい、乱暴、ワガママ」
「なに、その三拍子」
「でもずっと一緒だから大事と言えば大事だな」
フォローしているつもりはない。
勇にとって、これすべてが美砂への対する感情なのだから。
最初の三拍子に不満全開だった美砂も最後の言葉を聞いて、少し安堵した表情を浮かべている。
「それでさ、もし私が勇のことが好きだって言ったらどうする?」
「んー、いまさらかって思う」
「そっか、受け止めてくれ……はあ!?」
ものの見事に素っ頓狂な声を上げて、勇に近づく美砂。
「それ、どういうこと?」
勇を見下ろす形で美砂は腰に両手を置いている。
目が本気で怒っているようなので、勇は身体を起こす。
「んだよ、気づいてないと思ったのか? なんだかんだで同棲させられてるのに、お前の気持ちなんて最初から気づいてるに決まってるだろ」
「じゃあ、なんで告白しないの?」
「恥ずかしいから」
「想いが届いてないと思って、諦めかけてた私の気持ちはどうなるの?」
「知るかよ」
「責任とれ!」
「じゃ、結婚するか。もうちょい先になるけど」
「展開が早すぎ! それに軽い!」
頭を掻きながら、面倒だなと思う勇。
それにここまで言えるのは美砂であって、美砂ではないからだ。というかそもそも流れでプロポーズまでしてしまったのだが、本当に良いのか分からない。
美砂は完全にこの世界の勇と勘違いしているようだった。
「でもさ、俺はここの住人じゃないんだよな。だから俺は帰ったら俺の身近にいる美砂に言う。これでいいだろ?」
「あ、そっか。そっくりだから忘れてた」
美砂はハッとしたようで勇に背中を向けるようにして、顔を真っ赤にしているのを隠した。
それを見て、勇は軽く笑った。
やっぱり美砂は美砂だと安心したためである。
「んで、美砂はどうするんだ? きっと気持ちは同じだと思うぜ?」
「あー、しない。その気持ちに確証がないから出来ない。というか告白は勇からしてもらいたい」
ワガママを言っているのは美砂も分かっているのだが、勇に告白して貰いたいという気持ちだけは譲れないのだ。
それがほんのちょっとの夢。
同棲だって本当に両親に頼み込んで成功した。ここまでお膳立てをしたのだから、ここからは勇にやってもらいたいのだ。
だからさっきのプロポーズが嬉しかったのは本当だ。照れ隠しで誤魔化してしまったけれど。
「勇こそちゃんと告白してあげてね、約束だから」
「はいはい、分かった分かった。本当にエロゲ的な展開だよな」
「それを聞いて、喜ぶのはあんただけ」
「このツンデレめ。わり、さすがに疲れたから寝るよ。飯の時間になっても戻ってこなかったら起こしてな?」
「はいはい」
立ち上がり、部屋に向かった。
そしてベッドに入る。
基本、部屋の構造・家具などの配置、材質は変わっておらず、疲れもあってか勇はあっさりと寝ることが出来たのだった。
勇はゆっくり身体を起こす。
寝たときはまだオレンジ色だった窓からは群青色のような暗闇しか見えなくなっていた。それは部屋の電気も付けていなかったせいで余計に暗く見えていたのかも知れない。
目覚まし時計で時間を確認すると、七時手前だった。
中途半端な寝方をしたせいで頭が痛くなっていた勇はゆっくりベッドから下りるとリビングに向かう。
すでに明かりが点いており、テーブルには土鍋が準備されていた。
鍋であることは勇は簡単に想像できた。
「なぁ、まだ鍋って早くね?」
「いいじゃん、もう出汁の元が売ってたし、最近は寒くなった。それに昼は外で食べたから、お金の節約。作るのも簡単。一石何鳥かも分からないし」
「あっそ、ってあれ? 部屋片付けた? 二次元系のもの全くなくなってるけど。気にしなくていいのに」
寝る前まであったものが全くなくなっていることに気づいた勇はそう問いかける。いや、それどころか今まで見慣れたものが置いてある。
台所で残りの素材を切っていた美砂がちょっと驚いた表情で駆け寄ってくると勇を抱きしめる。
不意打ちで抱きしめられたために自然と抱き返す勇。ついでに頭も撫でてみると、自然にそれさえも受け止めてくれた。
「あー、もしかして元の世界か?」
「うん、バーカバーカバーカバーカバーカ(ry」
「いや、もういいわ。つか、俺のせいじゃねーし」
「心配かけさせんな」
連呼するのを無理矢理止めると次の言葉にそう言われ、勇はたまに心配かけさせるのもいいなっと思ったのは秘密だ。
しかし一つ困ったことがあった。
美砂が泣いているということだ。
ちょっと寒くなってきたとはいえ、長袖のTシャツ一枚しか着ていない。つまり美砂の涙がTシャツを通して、湿ってきているのだ。そのせいで悪いことをした気分になるのだから不思議だ。
「んで、ひとまずは食事にしないか? いろんな意味で汗を掻いたから着替えたい」
「あー、確かに。でもこのままでいいんじゃない?」
美砂はそれだけ言い、勇から顔を見せないように離れると再び材料を切り始める。
カセットコンロでぐつぐつ煮えている土鍋の中身を勇は軽く混ぜるしかやることがなく、それから待つこと十分後、やっと食べることが出来た。
食べながら、さっきのことを勇は美砂に確認するとどうやらあっちとこっちの世界の勇が入れ替わっていたらしい。原因はあっちの勇にも分からないとか…。
美砂が言うにはこっちには萌え要素が少ないと不満たらたらだったらしい。買い物に連れ出しても玩具にしか行きたいとしか言わなかったようで、そのことに対して美砂は関係ない勇に当たり散らしたのは言うまでもない。
「本当に信じられないよね!」
「だから俺は知らねーっての。つか、なんでそんなニコニコしてんだよ」
「別にしてないし!」
「あっそ」
アホみたいな笑顔になっておいて、何を言ってんだ。と思う勇。
だいたいの検討は付いている。
あっちの世界にいた時に美砂から質問されたことを思い出していた。
あの時、美砂に自分のことをどう思っているのかと聞かれた。つまり流れ的に考えると、あっちの勇は自分が体験したことを同じように体験したことになる。多少の会話の流れは違ったとしても告白もといプロポーズまでしたことになる。そして同じように返したに違いない。
本心に気づかれていると分かる勇には少し居心地が悪かった。
「さっきから箸止まってるけど、食欲ない? もしかしてあっちで美味しいものいっぱい食べた、とか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。やっぱ言ってほしいよな」
「何を?」
思いっきり期待している目で勇を見つめる美砂。
何を言われたいのか丸分かりで困ってしまう、勇。
箸を置いて、改めて見つめる。
それにつられたかのように美砂も同じく箸を置く。
「改めて、付き合おうか」
「えー、それだけじゃやだ」
「何を期待してんだよ、バーカ」
「プロポーズとか?」
「ちゃんと就職出来るまで待て」
「あ、婚約指輪はいいよ? 気持ちだけで」
「そういう問題か!」
勇は軽くふてくされたかのように鍋にあるおかずをごっそりと取ると、自らのお椀に入れ、食べ始める。
付き合ってられないからだ。
ここまで気持ちを見透かされるのも嫌なものだ。
その様子を見て、文句を言いつつも美砂は嬉しそうなのは変わりなかった。
その日の夜、美砂は机の上で頬杖を付いて、今日のことを思い出していた。
「まさか、こんなことになるとは…」
昨日の深夜のことを思い出す。
偶然とはいえ、流れ星を見つけたのだ。
願いが叶うとは思っていなかったけれど、素早く願いを三回言ってみた。
『気持ちが知りたい』、と。
消えるまでに三回言えたことも驚いたが、こんな形で願いが叶うとは思っていなかった。だから動揺は隠し切れずに今日一日を過ごしたのだが、それはそれで収穫がありすぎた。
「ははっ、付き合い始めたのか。やっと、長かったなー」
今夜はなかなか寝付けそうにないな、と思いながらもベッドに寝転がると思い出してはニヤつく美砂なのであった。
-end-
最後までお読みくださりありがとうございます。非常に読みにくかったかもしれません。ちょっとずつ書き方を変えて、読みやすいようにしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。