フラグの立たない勇者様
事故にあった。
海に落ちたんだ。修学旅行帰りの船から。
水に叩きつけられたのが痛くて、刺すように冷たくて、混乱して水を飲んで、苦しくて
透明度の低い濁った黒い水の中で、ぼんやりと丸く光る何かを掴んだ。
『貴方は死にます』
光る何かに話しかけられて、俺は必死にすがりついた。神か仏か知らんけど。
『海の神ですよ。貴方が望むのなら、別の世界ですが生きる道を用意しましょう』
助けて!とにかく助けて神様!苦しい!助けて!
『それには条件もあります。そして、平坦な道ではありません』
お願い!何でもいいから、何でもするから!意識が、目の前が、白く…
そして目を開くと、神殿だった。服は濡れてない。
そこには簡素な白い筒のような服に首と腕にじゃらじゃらと鎖をぶら下げた銀髪の女の子がいた。
足元にはみるみるうちに薄くなって消えつつある魔方陣があった
「お迎えに上りました”勇者”様」
夢みたいな話だった。
死にかけて異世界に連れてこられたと思ったら、目の前にはかわいい女の子がいて
"勇者様"だなんてテンプレすぎる!
女の子は化粧っ気もなにもないけど、凛として整った顔立ちをしていた。
サラサラの銀色の髪、真っ白な肌、深い青の瞳。妖精のような美しさだ。
ブラボー異世界!万歳神様!
"勇者"って呼ぶ響きに若干含みがあったけど、気のせいだと思うことにしよう。うん。
「わたくしはリナリアと申します」
リナリアと名乗った女の子が両手を組んで礼をする。こちらのあいさつだろう。
こちらも手を組んであいさつを返すけれど、正しいのだろうか。
それよりも、リナリアの細い腕に、猛獣を繋いでおくような太い鎖がじゃらじゃらと音を立てているのが気になった。
これってもしかして、ってじっと見ていると
「隷属の鎖にございます」
そう無表情に言われた。
彼女からは何の感情も読み取れないけれど、もしかしなくても彼女は奴隷なんだろうか。
ストレートに聞いたら傷つけてしまうかもしれない。ここは紳士的に行かねばな!
あれこれ考える間もなく、神殿の外へと連れ出された。
「ご案内いたします」
外は草原だった。ちょっと離れた所に森があって、そこまでまっすぐ道が引いてある。
そこまで歩くのだろう。
運動靴で良かったなと、何となくリナリアの足をみると、靴を履いていない。裸足だった。
前を歩きだした彼女からじゃらじゃらと音がして、スカートの下の足にも枷が嵌められているのが解る。
こんなかわいい女の子を奴隷にするなんて、なんて羨ま…、いや酷い話だろうか。
ちょっとしか見てないけど、リナリアは言葉づかいや動作がすごく綺麗だ。
顔だって整っているし、高貴な感じがする。
もしかして、国を滅ぼされて奴隷に落とされた王女様とかだったり?
そんで彼女を自由にしてあげて恋とか愛とか芽生えちゃったりあれこれいろいろなフラグ立っちゃう予感?
友達とか家族に会えないのは悲しいけどさ、これからの人生もしかしてチートな勇者でバラ色ハーレムな予感。
そんな妄想が膨れかかったけれど、とりあえずわかんないことが多すぎるので色々聞いてみることにした。
「俺を助けてくれたのって、やっぱり神様?」
「こちらからは干渉しておりませんので存じ上げませんが、おそらくは」
「リナちゃん、俺たち言葉が通じるけど、これは魔法?」
「神に与えられた言葉にございます」
「俺喋ってるの日本語じゃないってこと?」
「左様にございます。そちらの神言語は神に逆らい奪われたと存じています」
「あー、バベルか」
「左様にございます」
他にも色々聞いたり喋ったりした。
事故のこと、家族のこと、友達、学校、好きな食べ物に、こちらの食べ物、動物に植物に、政治に宗教に、話し続けた。
リナリアは知っていることに関しては的確な答えと、知らないことは知らないと応えたが
とにかくかなりの教育を受けている子だってことは解った。
「リナちゃん色んな事知っててすごいね」
「恐れ入ります」
たくさんのことを喋って、少し仲良くなれたと思う。
そう思ったら、足取りも自然と軽くなる。
やがて道は草原から森の中へと、そしてそれは小さな礼拝堂に続いているのが見えた。
「わたくしは生まれる前から高貴な方にお仕えすることが定められておりましたゆえに、相応の知識を与えられております」
「そのお仕えする方ってもしかして…」
もしかして俺だったりする?
異世界に不慣れな勇者のためだけに育てられた博識奴隷美少女?
なんて顔がにやけたかけたところで、先を歩いていたリナリアが振り返った。
細かい装飾の彫られた真っ白な扉を示す。
「主人がこちらの扉の先に居ります。我が主にして天恵と豊穣の神、●●●●●様」
あれ、名前聞き取れなかった。
え?神様?リナちゃん奴隷姫じゃなくて巫女さん?
問いかける間もなく、音も立てずに扉が開き、細長いの突き当り、祭壇の向こうの立派な椅子に目が潰れそうなイケメン過ぎるイケメンが、不機嫌を隠そうともせずに座っていらっしゃる。
金髪に赤い目をして、発光しているし、イケメンを中心に冷たい風が吹いてくる。
さすがイケメン人間離れしてるな。いや、人間じゃないんだっけ。
このイケメン具合なら神様で納得だ。むしろイケメン様でいい。
そしてイケメン様、絶対怒ってる。
空気がビリビリして窓ガラスすげー震えてるし、良く見たら赤や紫の服着た偉そうな教会の関係者っぽい人が土下座スタイルで並んでる
年寄りにそんなことさせんなよ、俺泣きそう。
そんな中、俺がしっこちびりそうで動けないって言うのに、リナちゃんはなんてことない様子ですたすたとイケメンの前に立った。
どうせ女の子はイケメンがいいよな!
くそう!イケメンは滅びろ!
グッバイハーレム要員一号!さようなら亡国の奴隷姫(仮)!
イケメンの前に立ったリナリアちゃんはくるりとこちらに向き直り、手を組み合わせるポーズを取った。
「我が国へようこそおいでくださいました、勇者様。改めてご挨拶させていただきます。神王国レヴリア女王、リナリア・レヴ・ランディアース・ユディシア。国を代表して歓迎致します」
何が何だかよくわからない。わかりたくない。
考えることをやめよう。思考を放棄しよう。
真っ白に燃え尽きようとする俺に、イケメンボイスでトドメの一言が飛んできた
「神国の王は神の伴侶だからな」
神様たしかに『平坦な道じゃない』って言ったけどさ、これってないんじゃない?
今超平和で勇者はいらないんだってさ。
俺マジお飾り。
それどころか美少女侍女も美人ギルドマスターもエルフの姫も猫耳美幼女もドジっ娘田舎娘も濃厚フェロモン系高級娼婦も、ハーレムどころかただの一度もフラグが立たない「異世界ボーナス(マイナス査定)」が付いてるって気づいたのは、入隊半月の少年兵よりも弱い勇者として名を馳せてから1年ほど経ってからだった。
ちくしょおおおおおおお!
勢いで書いた。
誤字脱字表現の重複とかちょっと直し。
まだ間違ってる気がする。