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裸の王様商法にご用心

作者: 本村 基

「ついにできた!」

その言葉を合図に、室内で固唾を呑んで見守っていた白衣を着た若干名の人々が、同時に歓声を上げた。その部屋は無機質な光に満たされて、ドライな空気を醸し出してははいたが、それでもなお、怪しげな空気がその場に漂っていた。その部屋は、研究室と呼ぶにふさわしいところで、何やら怪しげな発明に成功した。そう考えるのが妥当であったろう。

先ほど歓声をあげた白衣の人々が、部屋の中心の机に置いてある発明品の周りに集まる。

そこにあったのは、不精髭に長身、不健康そうな白衣がなぜか似合う、一人の若い研究者の男と、次々と色を変えてこれ、と形容できる色のない、フラスコにはいった薬品だった。

外側からフラスコをまじまじと眺めていた一人の男が問う。

「大館教授…コレ、何の薬品なんです?」

多分、この場にいる誰もが知りたがっているであろう質問をぶつけるとある助手。そしてその質問に、大館と呼ばれた、中心にいた男はマッドサイエンティスト、と呼ぶにふさわしい笑顔を誰に向けるともなく見せ、そして一言、こう言い放った。

「馬鹿には見えない糸、だ。名づけて『インビジブル・ファイバー』!!」

「え」

本格的にセンスのないネーミング。直訳すると、『見えない糸』…捻りはまるでない。それよりも奇抜なのが、その定義づけであろう。

ついに大館教授の頭は壊れてしまったのだろうか…かわいそうに…まだ若いのに…冗談であってくれ…という空気が助手たちの間で流れる。が、その流れに気付いた大館教授は声を上げた。

「ちょ、ちょっと待て、お前ら、俺が頭おかしくなったと思ってるだろ。これは本当なんだ、本当に世紀の発明をしたかもしれないんだ!!」

と、必死で主張する大館教授。そのあまりの必死さに気圧されて、助手たちは、黙ってコクコクと頷くしかなかった。

薬品にしか見えないが、とにかくそこに、「モノ」が存在している。

つまり、自分たちは馬鹿ではないのだろう。何しろ、本物を目撃したのだから。そう考え、助手たちはそれ以上の詮索はしなかった。それはある意味で、賢明な判断だった。

発明した本人いわく「馬鹿には見ることのできない糸」。その刺激的で、非科学的な響きは、

ある意味で成功をもたらした。

すなわち、世の話題をかっさらったのである。

「すごいっすね、大館教授、マジで引っ張りだこっすよ」

研究室にて、茶髪にピアス、というとてもラフな格好をした男が、白衣を着て落ち着いてコーヒーを飲んでいる大館の隣で、新聞を必要以上に大きく広げて読んでいる。その男は白衣を着てはいない。

あまりにも大きいその態度に、大館は後から怒ることもできず、ただため息をつく。この態度の大きい男、大館教授の第一助手なのである。これでも、実力はあるのだから、余計にたちが悪い。

「あぁ…いくつかインタビューの申し込みも来ているんだ」

仕方なく、会話を続ける。

「よかったじゃないっすか、がんばってくださいよ」と、能天気な助手を見て、大館はふたたびため息をついた。

「なんで他人事なんだか…まぁ、いずれにしても、俺はインタビューは受けない」

「ええっ!?」

思わず、耳を押さえる大館。

「大声を出すなよ…ビックリするだろ…」

呆れ気味に助手をたしなめる大館。しかし、助手の勢いはとどまるところを知らない。

「いや、だって勿体ないっすよ!!折角万年貧乏の大館先生に人生の転機が訪れようとしてるんっすよ!?」

一言多い、どころの騒ぎではない助手に、大館は少しだけ怒気を発する。

「余計な御世話だ」

その怒気に少しだけたじろいだ助手が、必死のフォローを試みる。

「いや、でも本当に、有名になるチャンスじゃないっすか」

「俺は有名になるつもりも金持ちになるつもりもないよ」

「そうっすか…」

でも、と助手は続ける。その顔には、悪企みをしているときの笑顔があった。

「もう、一つ受けちゃいました」

「なっ…どういうことだ!!」

今度は、助手が耳をふさぐ番だった。

「とは言っても、俺の独断ってわけじゃないんっす、なんと、時の権力者からの依頼っす」

「はぁ…?」

まるで意味の分かっていない大館に助手は続ける。

「だから、今をときめく西目屋団十郎首相から、直々に連絡が入ったんっすよ」

あまりの大事に、大館は言葉を完全に失った。

「…そいで、断れない、と?」

「確実に断れないっすね」

「…そうか」

と、大舘は諦めた。

こうして、大館は権力者、西目屋と話をすることとなったのだった。


 大館は緊張していた。西目屋との面会が、すぐそこまで迫っていたからだ。普段の白衣ではなく、なれない背広を着込んでいたが、内側のシャツは大量の冷や汗を吸い込んで、じんわりと汗ばんでいて、その汗でネクタイが変色していた。その部屋そのものが、重要文化財、とでも言いたくなるような荘厳な部屋。

西目屋の官邸は、人を寄せ付けない空気を保っていた。

ガタガタと緊張する大館の隣では、茶髪が不自然ではないような背広を着た助手が、しれっと立っている。思わず大館は話しかけた。

「おい・・・緊張しないのか?」声が勝手に裏返って、大館は自分でも気持ち悪い声だ、と思った。

「いえ、全然です。大館教授こそ緊張しすぎっすよ、これじゃどっちが助手か分からないじゃないっすか」

「本当にお前は一言多いな」

小声で言い合っていると、部屋の奥の、重そうな扉が開いた。

黒服の男を二人ほど連れて、太鼓腹で、目が窪んでいる、西目屋その人が姿を現した。

ずいぶんな悪相ですね、と、思わず言いそうになったが、もちろんそんな失礼に話しかけられることができるはずもなく、大館と助手はそろって、静かに頭を下げた。

西目屋が低いだみ声で「ようこそ」とだけ言い、とってつけたような作り笑いをする。

大館たちは口の端を無理に曲げて笑みを返した。

挨拶もそこそこに、西目屋は本題にずいずいと入り込んできた。

「話は噂程度に聞いていたんだが、どのような人間がこの繊維を見られないのかね?」

「まだ仮説なんですが…」とまで言って大館は頭をかく。

「『馬鹿には見えない』繊維みたいです」

面倒な科学の話でもされるかと身構えていた西目屋は、少し拍子抜けする。そして重ねて聞いた。

「そのデータの信憑性は?」

無言で肩をすくめる。すでに緊張は解けている。西目屋は、何かを考えるように黙り込んだ。流れる、沈黙の時間。

「そもそも、バカの定義はどんな感じなんだ?」

「そうですね…社会的に迷惑をかけていなければ、うっすらとですが一応見えるみたいです」

「なるほど…」その四文字には、勝ち誇ったような色がありありと滲み出ていた。

それから西目屋は、大館に向って、こう言い放った。

「その繊維で、スーツを作ってほしい」

「え」

突然の一言に、大館はたじろいだ。

「それには、時間がかかるのですが…」

「私がしているのは相談じゃない、命令だ」

ひやりと強く、大館の言葉をさえぎる。その上からの物言いに、大館は震える。

「まぁ、時間とお金はこっちで保証するから」

のんびりとした空気を無理に抽出して、西目屋は取ってつけたようにニヤリと笑った。

大館と助手も、口の端を無理に曲げて笑みを返し、「かしこまりました」とだけ言った。

 西目屋と話す前よりも大量の冷や汗が、話し終わってから急に噴き出してきた。それを拭きながら、大館は助手と帰路についた。

電車の中の過剰なクーラーが心地いい。

「しっかし、とんでもないモン引き受けましたね」

相変わらず助手は気楽に声をかけてくる。あまりの気楽さに、思わず頭痛すら覚える。

「ホントだよ…本当なら断りたかったよ…」

「またまたご冗談を、ノリノリだったじゃないっすか」

「だってお前、リスクがあるだろ…失敗してみろ、『偉大な総理大臣様』西目屋団十郎のあられもない全裸を全世界にさらすことになるんだぞ…」

「全く『偉大な総理大臣様』とは思ってない言い方っすね…」

「あれだけ命令口調で言われるとな」

「でも、成功すればもう栄光の道へ一直線っすよ!これはもう頑張るしかないっすよ!」

「だといいんだけどな…」

一抹の不安を抱えながら、大館は自分の研究室へ戻って行った。

 彼はその日のうちに、その繊維を生地にする研究を始めた。金に糸目はつけない、と西目屋が約束してくれたので、その点の心配はなく、大館は確実にそれを作り始めていた。

もし成功すれば、「質量保存の法則」の超越すら考えられる。その科学的価値は計り知れなかった。

 生地が半分くらい完成したとき、西目屋が様子を見にきた。研究室の半分が埋まるくらいの黒服の男を連れて。

「進行具合はどうかね?」

「まぁ、そこそこ進んでいます。いまは、繊

維が生地になったときに透ける現象を改善し

ていたんです」

「お前の話はわかりやすいな」

「どうも」

どうにも褒められた気がしないのは、気のせいではないだろう。

「その生地が、ほとんど完成しました。見ます?」

「どれ…?」

西目屋の目から見た『それ』は、少しぼやけて見えた。

「老眼かな…まぁ、がんばりたまえ」

とだけ言って、西目屋はその場を去った。

 ついにその日は来た。スーツが完成したのだ。それを大館が持参したとき、西目屋の顔は、心なしか青ざめていた。

「そ、そうか…早速、着替えようか」

西目屋の様子がおかしい。先ほどから大量に冷や汗をかいている。しかし、問題はないだろう、あったとしてもそれは知ったことではない。ある程度開き直ったように、大館はテキパキと西目屋にスーツを着せてゆく。

西目屋がスーツを着終えた。終始、心配そうな目でキョロキョロしている。

そして西目屋は、その日、いつものように職場、国会議事堂へと向かったのだった。

その日もいつものように、国会は中継されていた。

議事堂は、本会議場の前に、長い廊下がある。

そこを西目屋は、ゆっくりと歩いていた。

時々、ひきつったような顔をして通り過ぎてゆく人と、普通に通り過ぎてゆく人がいた。いずれにしても、「あの技術」を使ったものである、というのは浸透していたようで、それに西目屋は多少安堵している様子が見られた。

しかし、どうにも違和感を覚えているように、西目屋は挙動不審な態度をとっていた。

それこそまるで、自分がその服を観測できていないかのように。

ある程度の開き直りもあり、西目屋は本会議場へ入った。


 数分後、さまざまなことが同時に起こった。

事態を把握していない本会議の出席者が数人大騒ぎし、中継していたテレビ局には、大量の苦情が届いた。しかしそれは、普段から苦情を送ってくる人と同一である場合がほとんどだったという。しかし、なによりも面倒なことになったのは、西目屋団十郎、本人だった。

空気が凍りついた中での演説もそこそこに、彼は大急ぎで大館のもとへ戻った。それはそれはものすごい憤怒の形相をしながら、だ。

そして大館と顔を突き合わせ、一気にまくし立てた。

「一体これはどういうことだ!!」

「申し訳ありません」

大館は大館の方で、このような事態になったその理由をある程度推理していた。そして、

その答えを出したらしかった。

しかし西目屋は西目屋で、ただ謝るだけの大館に、怒りが増長されていくのを感じていた。

「申し訳ないで済む話だと思っているのかね!?貴様は詐欺師だ!!もとからありもしないインチキを仕掛けたのだろう!!そうだ、そうに違いない!!着る方も見る方も見栄を張って『見える』ふりをするからな!!あぁ、うまいことを思いついたものだ!」

世紀の発明をしたと自負しているのに、「インチキ」呼ばわりされたとあっては、大館も黙ってはいられない、反論しようと口を開いた。が、西目屋はそれを遮ってなおもまくし立てた。

「確かに昔ならそれでうまくまとまっただろう!全裸の君主を見て、誰もが見栄を張り、思ってもいないことを口にする…しかし今は違う!誰もが、真実を必要以上に追求する!」

西目屋は、本気だった。だから、それにまんまとだまされた自分が何よりも悔しくて、言葉をぶつけ続けていたのだった。

「待ってください!自分はインチキなんてしていません!」と、大館が必死で訴えるも、それは黙殺される。

しばしの沈黙。

そして大館は口走る。

「俺は、計算を間違えていた…」

「フン、やっと認めたか」犯人を追いつめた三流探偵のような表情をする西目屋。しかし大館の次の言葉に、西目屋の顔は凍りつく。

「馬鹿さ加減を、計算から度外視していた…!」

 結局この事件は、西目屋は失脚、大館は逮捕、という後味の悪い結末を迎えることになった。しかし、最後まで分からなかったことがある。

「誰が嘘つきか?」


皆様には、おわかりだろう。


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