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「あら、行ってらしたら?」
ふいに声がかかった。
振り向くとそこには、スーツをびしっときた三上さんが立っていた。
「利家さんのお食事は私が用意しますわ。もちろん、台所をお借りすることになりますけど、2人きりで話がしたいと思ってましたの。羽鳥さんが出掛けて下さると利家さまも安心して私と話ができると思うんですのよ。」
絶対拒否をするなと言わんばかりの視線が私に刺さる。
「ね、横橋さん。羽鳥さんのことよろしくね。利家さんには私が伝えておきますから。」
三上さんはハイヒールの音を響かせながら去っていった。
「あ、あの…三上さんと旦那さんは…。」
横橋くんが考えたくもないことを言った。
「す、すみません。俺、本当に…羽鳥さんのこと…。」
伸びてくる彼の手を避けた。
どんなに思われても私には彼だけだ。
そして、私に触れていいのは彼だけなんだ。
「ごめんなさい。」
彼の言葉を切った。
私はその場を逃げるように離れた。
どれ位古賀の庭にある池の前で立っていたのだろう。
日は暮れ、冷たい雨が降っていた。
視線の端にある私と利家さまの家。
明かりがついている。
きっと三上さんと会ってるんだ。
泣きたくても涙を雨が消して行く。
どんどん重くなってくる体。
これ以上立っていても明日の仕事に差し障る。
仕事をおろそかにするなんて、利家さまが許すはずない。
タダでさえ、彩紋さまのことで誤解を受けてるし、三上さんがきっと横橋さんと私が食事に行ったと彼に言ってると思う。
夫のある身なのに、他の男性と2人で食事なんて、利家さまは、私のことを節操のない女だと思いはしないだろうか。
私は家の勝手口からそっと自分の部屋に入った。
一階のリビングから聞こえる三上さんの声が耳につく。
「羽鳥さんは、横橋さんとお食事ですって。」
私はここにいる。
「羽鳥さんも満更じゃないって顔してたわ。」
そんなことない。
私はここにいるのに…。
「そう。」
低い利家さまの声。
そんな言葉信じないで。
声を出しリビングに入って行きたかった。
けど、足がすくんだ。
「で、君はいつまでここに?」
「あ、あなたのために食事を作ろうと…。」
「結構です。お引取りを。」
利家さまの言葉に我耳を疑った。
つづく