第9話 新パーティー
将軍の軍勢を蹴散らしたバッシュたちが身を寄せたのは、街の喧騒から少し離れた場所にある、半分ほど屋根が吹き飛んだ酒場だった。
外ではいまだに戦火の音が遠く響いているが、この狭い空間だけは、奇妙な静寂に包まれている。
バッシュ、パーカー、メロム、そしてヒカリ。
本来ならば決して交わることのないはずの者たちが、一つの一枚板のテーブルを囲んでいた。
「……さて。互いに名前くらいは知っているが、死ぬまで付き合う仲になるなら、少しは腹の内を話しておこうぜ」
バッシュが最初に沈黙を破った。 彼はテーブルの上に、禍々しい闇を放つ黒い剣――ペンタラゴンを横たえた。
「俺様は見ての通り、死ねない体になっちまった。この剣、ペンタラゴンを引き抜いた瞬間からな。こいつは自らを『世界の調停者』と呼んでいる」
「こいつが目覚めたことで、異世界との壁が壊れ、この世界は無茶苦茶になった。……だから俺様には、この混乱を収める『調停者』としての役割があるらしい」
【ククク……そうだ。この男が死ぬたびに、世界は再構築され、より混沌へと加速する。バッシュ、お前はもう逃げられんのだよ】
剣が意志を持って喋る光景に、ヒカリは小さく悲鳴を上げ、メロムはおどおどと身を引いた。
だが、隣に座るデッド・パーカーだけは、興味なさげに自分の黒刀を布で拭っている。
「調停だの役割だの、大層なこったな」
パーカーが鼻で笑い、自分の身の上を語り始めた。
「俺は、ある異世界の『王子』だった男だ。だが、国や権力なんてものには興味がない。俺にあるのは、この『殺せば殺すほど強くなる』という性質だけだ」
さらにパーカーは続ける。
「この世界には強い奴がゴロゴロ流れ込んできている。俺にとっては、ここは最高の狩場なんだよ」
パーカーは淡々と語るが、その二振りの黒刀を握る手には、王子という言葉からは想像もできないほどの深い血の匂いが染み付いていた。
「王子様、か……。なら、あんたも家へ帰りたいのか?」
バッシュの問いに、パーカーは無言で黒刀を鞘に収めた。
それが「NO」という答えであることは明白だった。
「あの……次は、僕たちの番、かな」
メロムが、消え入りそうな声で口を開いた。
「僕とメロカちゃんは……病気のお母さんを治したくて、旅をしてるんだ。この世界が変になっちゃってから、普通の薬じゃ治らなくなっちゃって」
「どんな病気も治せるっていう『伝説の霊薬』を探してるんだけど……なかなか見つからなくて」
メロムが言い淀むと、ふわりと銀髪が伸び、少女の姿――メロカが姿を現した。
「要するに、私たちは力が欲しかったのよ。この混乱の中で薬を手に入れるには、並大抵の力じゃ足りない。だから、バッシュ」
さらに彼女は続ける。
「貴方のその『死ねない力』、利用価値があると思ってついてきたの。せいぜい私の盾として役に立って頂戴?」
メロカは高飛車に言い放つが、その瞳には母親を想う切実な色が隠しきれていなかった。 バッシュは何も言わず、ただ鼻を鳴らして受け流す。
最後に、視線はヒカリへと集まった。
彼女は不安そうに自分の手を握りしめ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私は……『日本』っていう場所から来ました。そこには魔法も、天使も、こんな怖い怪物もいなくて……」
「ただの女子高生として、毎日学校に行って、友達とお喋りして。そんな、当たり前の生活をしてたんです。でも、気づいたら空にいて……」
ヒカリの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「私、ただ帰りたいだけなんです。お父さんとお母さんがいる、あの場所に。どうして私がこんな力を幼少期から持ってるのかも分からないし、将軍様みたいな人に捕まりそうになるのも、もう嫌……」
酒場に、重苦しい沈黙が降りた。
ヒカリの「日常へ帰りたい」という切なる願いは、この戦場に身を置く男たちの胸に、異質な響きとなって届いた。
「日本、か。聞いたこともねえ場所だが……。ヒカリ、あんたのその光、俺様の『死』の痛みを和らげてくれた。それは事実だ」
バッシュが立ち上がり、ヒカリの肩に大きな手を置いた。
「俺様は調停者だ。世界を元に戻すのが仕事なら、あんたを元の場所に帰すことも、その範疇に入るだろう」
「パーカーも、メロムもメロカも、目的はバラバラだが、目指す先は同じ『世界の中心』になるはずだ」
バッシュは酒場に転がっていた木杯を掲げた。
「この狂った惑星ブラッシュワールドで、俺様たちは最悪のパーティーだ。だが、目的を果たすまでは、互いの背中を預けようじゃねえか」
パーカーは無言で立ち上がり、メロム(に戻った少年)は力強く頷いた。
ヒカリは涙を拭い、バッシュの手を握り返す。
その時だった。
酒場の外から、大地を揺るがすような行軍の音が響いてきた。
それは王国の軍隊ではない。さらに禍々しい、魔の気配。
「情報交換は終わりだ。……客人が来たぜ」
パーカーが黒刀を抜き、不気味に微笑む。 バッシュはペンタラゴンを肩に担ぎ、燃える夜の街へと一歩を踏み出した。




