第20話 循環する生命と黄金の交易路
世界樹の頂から始まった変革は、巨大な「物流」という名の奔流となって南の地を駆け巡っていた。
青色麒麟の王国と、バッシュの築いた新拠点。二つの地を繋ぐ街道には、今やひっきりなしに荷馬車が行き交っている。
「これがエルフの魔法書か……。紙質からして違うな」
バッシュの国へ運び込まれるのは、数千年の歴史が刻まれた魔法の叡智。対して、エルフの国へと運ばれるのは、ヒミコの力と民の汗が結晶した、大粒の馬鈴薯と艶やかな枝豆だ。
「不純な種族」と蔑まれていた者たちが育てた作物が、今や高潔なエルフたちの空腹を満たし、両国の絆を繋ぐ生命線となっていた。
◇スライム・イノベーションと地下の王国◇
バッシュが遠征から戻ると、拠点の内装は見違えるほどに整っていた。特に驚くべきは、あれほど多くの避難民が共同生活を送っているにもかかわらず、街全体に一切の不浄な「臭い」が漂っていないことだった。
「お帰りなさい、バッシュさん! 遠征、お疲れ様でした!」
ヒカリが、足元でプルプルと跳ねる「スライム」を連れて出迎えた。彼女の背後では、巨大なスライムが荷物を運び、色とりどりのスライムたちが街の清掃に勤しんでいる。
「これ、見てください。地下のスライム王国を地上と直結させたんです。彼ら、排泄物や生ゴミ、果ては建築で出たガラまで全部食べて、浄化してくれるんですよ」
街の各区画には、地下ダンジョンへと繋がる「廃棄物投入口」が設置されていた。投入されたゴミは、地下100レベルの広大なダンジョンへと運ばれ、そこに住まう数万のスライムたちによって一瞬で分解される。
ギルドマスター・ギフターズも、右腕の欠損を感じさせない覇気で報告を重ねる。
「バッシュ様、スライムの恩恵は衛生面だけではありません。彼らが処理したゴミは、地下で高純度の『魔導肥料』に変わり、それを地上へ戻して農地に撒くことで、ヒミコ様の負担を減らしつつ永続的な大収穫が可能になりました。この国は今、完璧な循環を手に入れたのです」
◇空を突く「魔導通信塔」の建設◇
バッシュは街の中央に聳え立つ、建築中の巨大な塔を見上げた。
それは、エルフから提供された魔法技術と、バッシュの国の怪力自慢たちが総力を挙げて建設している「魔導通信塔」だった。
「ドラコの指示を国中に飛ばすには、これが必要なの」
軍師ドラコが、設計図をなぞるように塔の基礎を指差した。
この塔は単なる見張り台ではない。頂上部にはエルフ特製の巨大な「感応結晶」が据え付けられ、ドラコの異能【万象聴解】を数百倍に増幅して発信するアンテナとしての役割を持つ。
「これさえ完成すれば、ドラコが王宮の椅子に座ったまま、最前線の兵士の耳元でささやくことができる。……まさに『悪魔の囁き』が国中に行き渡るわけだ」
建設現場では、アレキサンダー大王の【指揮鼓舞】を受けた民たちが、100倍の力で数トンの石材を軽々と積み上げていた。
石川五右衛門も、塔の最上部付近を身軽に飛び回り、魔法の結界を刻む職人たちの手助けをしている。
「へっへっへ、この高さならお天道様にも手が届きそうだ。旦那、この塔のてっぺんから盗むのは、『世界中の情報』ってわけだねぇ」
◇英雄たちの休日、あるいは暴風◇
内政が整う一方で、有り余る力を暴発させている者たちもいた。
「おい! そこの壁、もっと高くしろと言っただろう! 槍を投げた時に突き抜けるじゃないか!」
アキレウスが、建設中の「修練場」で民たちに怒号を飛ばしていた。100倍の力を得た民たちは、もはや家を建てる速度よりも、アキレウスが「ちょっと槍を試した」だけで壁を破壊する速度の方が早いことに頭を抱えている。
「落ち着け、アキレウス。そのために今、エルフの国から魔法の強化材を取り寄せている最中だ」
ヘクトルが冷ややかに窘めるが、隣ではアーサー王が「これ、学校にしたら楽しそうだね!」と、修練場の一角に勝手に子供たちの遊び場を作り始めていた。
さらにパーカー王子は地下ダンジョンの奥深くで、レベル100に到達した最強種のスライムたちを相手に、「斬り心地がしっくりこねえ」と死体とスライムの破片を積み上げている。
魔導通信塔の基礎が完成し、喜びの宴が開かれようとしたその時――。 塔の頂上にいたドラコが、ふと動きを止め、視力のない瞳を空へと向けた。 彼女の絶対音感が、エルフの国よりも、バムバスの群れよりも、さらに高い次元から響く「冷たく鋭い和音」を捉えた。
「……バッシュ。お祝いは後にした方が良さそうよ」
ドラコの声が、魔導塔の増幅魔法を通じて、国中に響き渡る。その震えるような警告に、広場の喧騒が瞬時に凍りついた。
「空から、何かが降ってくるわ。……それは、生命の鼓動を持たない、無機質な秩序の旋律。あなたがこの国に持ち込んだ『混沌』を、根こそぎ浄化しようとする白銀の軍勢……」
ドラコが指し示した空の彼方。 青空が鏡のように割れ、黄金の光を放つ「鉄の天使軍」の先遣隊が、十字の陣形を組んで降臨しようとしていた。その数は数百。一騎一騎が城壁を消し飛ばすほどの魔力を纏っている。
「……あいつら、俺様がせっかく掃除した国を、また汚しに来たってわけか」
バッシュはペンタラゴンを抜き放ち、肩に担いだ。 スライムがゴミを処理してくれるようになったこの国で、最後に残った「不法投棄者」たちを叩き出す準備は整っている。
「ヒカリ、民を地下ダンジョンへ誘導しろ! ギフターズ、魔導塔の防御結界を最大に! ……パーカー、アキレウス、ヘクトル! 仕事の時間だ。……天使の羽、何枚毟れるか競ってみるか?」
建国の宴を切り裂く、鉄の天使の咆哮。
「バッシュの国」における初めての国家防衛戦が、今幕を開けようとしていた。




