第19話 死んでも死んでもそこに俺様はいる
「青色麒麟の王国」に降りた静寂は、より巨大な嵐への予兆に過ぎなかった。
狂乱が鎮まった王宮の中庭。バッシュたちの前で、パルは震える手で自らの首筋に刻まれた隠し紋章を露わにした。
「……バッシュ様。隠していて申し訳ありません。私は、この国の第一王子、パル・エノン・シルヴァリオです」
衝撃の事実が場を支配する。現国王は「純血種至上主義者」たちが盛った遅効性の毒に侵され、意識を失って久しい。その隙を突き、歪んだ思想を持つ貴族たちが国を牛耳っていたのだ。
「いい顔になったわね、王子様」
ドラコが、見えない瞳でパルを捉えた。 彼女はバッシュの軍師として参入するや否や、その冷徹なタクトを振り下ろした。
「パルが実権を握る。そして、不純物を一掃する。……今この瞬間、粛清を開始なさい」
◇純血派の反乱:コランダムの牙◇
ドラコの命を受けたパルの布告に対し、純血派の急進的指導者、コランダムが即座に反応した。
「ふん……劣等種と手を組んだ汚れた王子が、王座を語るか! 我らこそがこの国の『純粋』を守る盾なり!」
コランダムは、エルフ特有の膨大な魔力を誇る二千人の手兵を率い、世界樹の玉座を目指して進軍を開始した。彼ら一人一人が中級魔術師を凌駕する魔力を持ち、合わさったその威圧感は空気を物理的に押し潰すほどだった。
だが、玉座へと続く巨大な回廊。そこに立ちはだかったのは、たった二人の男。 「調停者」バッシュと、「王子」パーカーだった。
「二千対二か。……ちょうどいい準備運動だぜ」
パーカーが二振りの黒刀を抜き、狂気に満ちた笑みを浮かべる。バッシュは黙ってペンタラゴンを低く構えた。
「放てッ! 下等な種族を塵にせよ!」
コランダムの号令と共に、二千のエルフから一斉に極大魔法が放たれた。炎の槍、氷の礫、真空の刃。回廊は一瞬で光に呑み込まれる。
ドォォォォォン!!
爆煙が晴れる間もなく、コランダムは我が目を疑った。 そこには、魔法の直撃を受けて肉片となったはずのバッシュの「死体」が転がっていた。……しかし、その死体の三歩前には、何事もなかったかのように剣を振りかぶる「バッシュの本体」が存在していた。
「な……!? 何だ、今の魔法は効かなかったのか!?」
再び魔法が炸裂する。バッシュの頭部が吹き飛ぶ。 だが、その瞬間に吹き飛んだ頭部が地面に落ちるよりも早く、その隣から「新しいバッシュ」がぬらりと現れ、エルフの首を撥ねる。
「貴様……! 何をしている!? 何が起きているんだ!」
コランダムが絶叫する。
回廊には、瞬く間に「バッシュだったもの」が積み上がっていく。腕、足、心臓が抉り取られた胴体。それらは消えることなくそこに留まり、死体の山を築いているというのに、当の本人はその山を足場にして加速し、こちらへ迫ってくる。
「ふざけるな! 死ぬたびに次の貴様が沸いて出てくるではないか! 死体はそこにあるのに、なぜ貴様がここにいる! バムバスか!? 貴様もあのアメーバどもの仲間なのか!?」
コランダムの突っ込みは正論だった。
【無限の再誕】による因果律の強制修復。それは「死んだ事実」を消去するのではなく、「死ななかった状態」を現実へ上書きし続ける。
その結果、捨てられた「死」の残滓(死体)だけがその場に遺棄され、生きた本体が絶え間なく複製され続けるという、世にもおぞましい光景を作り出していた。
「……バムバスと一緒にするな。あっちは食って増えるが、俺様は死んで増えるんでな」
バッシュは無感情に答え、自分自身の死体を超えて突き進む。
◇◇◇
乱戦の最中、パーカーもまた、致命傷を負うたびに内側から溢れ出す「謎の黒い波動」に身を委ねていた。その力は、傷を塞ぐと同時に彼の神経を異常に研ぎ澄ませ、神速をさらに一段階引き上げる。
『バッシュ、四時の方角。合体魔法の詠唱開始。……その場で三回転して。遠心力を乗せた一撃を、斜め上へ』
バッシュの脳内にドラコの声が鋭く響く。
バッシュはその指示に完璧に従った。巨大なペンタラゴンが黒い竜巻となり、放たれる前の魔法エネルギーごと魔術師たちを粉砕する。
『パーカー、そのまま左の円柱を登りなさい。三秒後にそこへ雷撃が落ちる。それを刀身で受け、コランダムの懐へ飛び込みなさい』
「ハッ、無茶言ってくれるじゃねえか、悪魔のお嬢ちゃん!」
パーカーは笑いながら壁を駆け上がり、落雷を黒刀で受け止めた。漆黒の波動が雷と混ざり合い、黒い電光となって側面を蹂躙する。
二人の戦いは、もはや殺し合いではなく、ドラコという指揮者が奏でる「暴力の交響曲」だった。
二千いたはずの軍勢が、今や数えるほどに激減していた。
床は自身の死体と敵の死体で滑り、回廊にはエルフたちのプライドの欠片も残っていない。
「ひ……ひぃぃ! 化け物! 貴様らのような化け物に、我らの高潔な国を汚させてたまるかぁ!」
ついにバッシュの剣が、狂乱するコランダムの喉元に突きつけられた。
バッシュは自分自身の死体の山から降り、冷酷に告げる。
「あんたらの『純血』とやらが、何人分の俺様の死に値するのか……結局わからずじまいだったな」
背後では、返り血を全身に浴びて恍惚とした表情を浮かべるパーカーが、最後の数人を「処理」し終えていた。
玉座の間から、正装を纏ったパルが、軍師ドラコを伴って現れた。
パルの手には、国王の証である聖杖が握られている。
「……コランダム。君たちの時代は終わった。この国は、異世界の力、そして『調停者』と共に歩む道を選んだ」
パルの力強い宣言が、世界樹を震わせる。
純血派は一掃された。王国内の毒は取り除かれ、エルフの国は、バッシュが築く連合国家の「知の心臓部」として再誕を遂げたのである。
「ふぅ……いい汗かいたぜ」
パーカーが刀を納める。その瞳の奥には、先ほどまでの「謎の力」の残滓がどす黒く渦巻いていた。バッシュはペンタラゴンを背負った。




