第10話 暴食の魔王バムバス
酒場の外に出たバッシュたちの目に飛び込んできたのは、もはや「軍勢」と呼べるような整然とした景色ではなかった。
それは、街そのものが「生き物」に飲み込まれていく、おぞましい光景だった。
「アハハハ! 姉さん、姉さん! どこだい、どこへ行ったんだい!?」
灰色狼の王国のメインストリートを埋め尽くしていたのは、異常なまでに肥大化した筋肉と、無数の「口」を全身に備えた異形の巨人――魔王バムバスだった。
かつてバッシュたちが退けた魔王グルタファールニエルの弟。
姉の死を察知した彼は、理性を完全に喪失し、暴走する食欲の化身へと成り果てていた。
「腹が減るんだ……姉さんがいないと、寂しくて腹が減るんだよぉ!」
バムバスが近くの石造りの民家を、まるでパンを千切るように鷲掴みにした。
全身の「口」がバキバキと音を立てて石材を咀嚼する。
驚くべきことに、彼が何かを食らうたび、その肉体から新しい「バムバス」がドロリと剥がれ落ち、増殖していくのだ。
「……おいおい、冗談だろ。あいつ、石や木を食って自分をコピーしてやがるのか?」
パーカーが二振りの黒刀を抜き、不気味な鳴動を響かせる。
広場には、すでに数百体の「バムバス」が溢れかえっていた。
恐ろしいことに、その一体一体が、魔王本人と寸分違わぬ魔力と膂力を備えている。
王国の兵士たちが槍を突き立てるが、バムバスはその槍ごと兵士の腕を食らい、さらにその場で新たな個体を産み落とした。
「……調停の対象にしては、些か品がねえな」
バッシュがペンタラゴンを低く構える。 その瞬間、一体のバムバスがバッシュに向かって跳躍した。
ドォォォォン!!
バッシュの黒い剣と、魔王の拳が激突する。
衝撃波だけで周囲の石畳が捲れ上がり、爆風が吹き荒れる。
バッシュの腕の骨が粉砕される音が響くが、次の瞬間には新たな肉体が「複製」され、逆に魔王の腕を斬り飛ばした。
「ヒャハハハ! いいぜ、最高だ! こいつは『無限経験値』の湧き放題じゃねえか!」
パーカーが黒い閃光となって戦場を舞った。 二振りの黒刀が交差するたび、バムバスの首が宙を舞う。
本来なら一体でも国を滅ぼしかねない魔王のコピーを、パーカーは悦悦として、まるで雑草を刈るかのように屠っていく。
殺せば殺すほど、パーカーの気勢は研ぎ澄まされ、その刃はさらに鋭く、速くなっていく。
「どいて、パーカー! 数が多すぎるわ。まとめて氷漬けにしてあげる!」
銀髪をなびかせたメロカが、宙に巨大な魔方陣を展開した。
「絶対零度の檻!!」
広場一帯が、一瞬にして極寒の世界へと変貌する。 バムバスの群れが氷像へと変わり、動きを止めた。
だが、バムバスの絶望はそこからだった。
氷の中に閉じ込められたバムバスたちが、自らの体を内側から食らい始めたのだ。
仲間を食い、氷を食い、自らの肉を食らって強引に増殖を繰り返し、氷の檻を内側から粉砕して這い出てくる。
「嘘でしょ……!? 私の神クラス魔法を『食べて』無効化したっていうの!?」
メロカが驚愕に目を見開く。
「……うわぁぁぁん! メロカちゃん、あっちからも来てるよぉ!」
交代したメロムが、神速のステップで迫りくるバムバスの波を回避していくが、敵の数は減るどころか、街の建物を食い潰しながら増え続けていた。
「ヒカリ、あんたは後ろにいろ。……こいつはただの戦争じゃねえ。街そのものを『捕食』する災害だ」
バッシュが全身にバムバスの返り血を浴びながら、ヒカリを背中に庇う。
「でも、バッシュさん! 街の人が、あんなに……!」
ヒカリの視線の先では、逃げ遅れた兵士や市民たちが、増殖する魔王の群れに飲み込まれていく。
バムバスは人間を食らうことで、さらに強固な「肉の鎧」を纏い、巨大化していく。
「――全個体、捕食を継続せよ。姉さんの匂いがするまで、この地にある全てを『僕』に書き換えてやるんだぁぁぁ!」
数千のバムバスが同時に咆哮を上げた。
その振動だけで灰色狼の王国の城壁が崩れ始める。
バッシュは、手に持ったペンタラゴンが激しく震えているのを感じていた。
それは恐怖ではない。この世界の理が、音を立てて壊れていくことへの歓喜。
「……ちっ、きりがねえな」
バッシュがそう吐き捨てた時、王国の北門が轟音と共に崩壊した。 そこから流れ込んできたのは、さらに別の、異質な「気配」。
戦場はもはや、誰にも制御できないカオスの深淵へと叩き落とされようとしていた。




