9.遠回しのプロポーズ
ニコラスの屋敷を離れ、郊外の道をひたすら進む。舗装された道の両脇には向日葵畑が広がっていて、日差しが強く、お昼前にも関わらず、人通りはほとんどない。
風になびくウィリアムの髪は依然としてプラチナブロンドのまま、ソフィアを見つめる瞳も赤いままだ。馬に乗ってからは終始無言のため、なんとなく気まずい。ソフィアを乗せているため、ゆっくりと走ってくれてはいるが、背中にウィリアムの熱と魔力をビリビリと感じ、緊張に耐えきれずソフィアが口を開く。
「あの…。助けに来ていただき、ありがとうございます。」
「ああ。」
反応の薄いウィリアムの様子を確かめようと、ソフィアは振り返る。
「もしかしなくても、怒ってますか?」
「そうだな、自分に怒っている。」
「殿下ご自身に?」
「ソフィアはもう私のものだと慢心していた。こんなに綺麗で美しく聡明な君だから、横から攫われる警戒をしておくべきだった。」
「なっ…。」
揶揄われていると思い、抗議しようと口をあけたが、ウィリアムが真面目な顔でこちらをを見つめている。ソフィアの顔がかぁっと赤くなり、その瞳から視線を逸らした。イケメン過ぎるし、近すぎる。
「ウィリアム殿下は昨夜からわたくしを揶揄ってばかりですよね。急に昔のように愛称で呼んだり、ファーストダンスに誘ったり。今も自分のものだとか、綺麗だとか。し、心臓に悪過ぎます。」
「嫌なのか?」
「嫌なわけではございませんが。」
「私の婚約者指名の儀が3ヶ月後に行われる。昨夜、兄上の儀式の後に発表した。」
「…はい。」
「その後のファーストダンスで君と踊り、私の婚約者はソフィアだと他の男に牽制するつもりだった。その前に連れ去られてしまったがな。」
「すみません。」
なんと言って良いか分からず、とりあえず謝ってしまった。
ウィリアムの本来の姿を見て記憶が繋がったが、ソフィアと彼は幼馴染だったのだ。成人した姿で会ったのは数えるほどであり、しかも夜会でちらっと見かける程度なので、映像の記憶だけでは幼馴染のウィルが王子のウィリアムと同一人物とは判断できなかった。
ソフィアに与えられたのは、彼女に元々備わっていた知識と教養、目にした映像の記憶のみ。その映像の記憶も、入れ替わった時にソフィアの頭の中に残っていた物だけで、彼女がすでに忘れてしまった記憶はない。音声に至っては特に印象深いもののみである。その時その時何を思っていたのか、何を考えていたのかなど感情の記憶至っては何の情報も与えられていない。映像とコマ切れの音声のヒントからそれらを想像するしかなく、これがなかなか難しい。
「今更牽制なんて。何もしなくてもみんな分かっていると思うけど。」
隣を走るレイモンドが苦笑いを浮かべて言う。
「ソフィーが16歳で社交会デビューしてから、夜会のたびにウィリアムカラーのドレスと宝飾品を送りつけられてるからね。毎度ウィリアムカラーに包まれたソフィーを見て、その意味に気が付かないのは本人くらいじゃないかな。」
イルバートは遠い目をしている。
「そうなのですか?」
確かに記憶の中のソフィアは、いつも紺色や赤色のドレスを着ていた。手元にある宝飾品もルビーやガーネットなどの赤色や、タンザナイトやラピスラズリなどの紺色の宝石を使ったものが多い。
若い令嬢が着るには落ち着きすぎていて、少し違和感のある色の組み合わせである。昨夜の夜会身につけていたドレスも、素晴らしい生地とデザインのドレスではあったが。
「まさか全て殿下からいただいていたとは。いつもお父様が用意してくれているものとばかり。」
「ソフィアが私の色を纏っている姿を見るのは単純に嬉しい。兄上たちの言う通り、牽制も兼ねていたが、それでも手を出してくる命知らずがいるとは…」
「命は取らないでくださいね。今回限りは穏便にお願いします。」
「ああ、分かっている。次はないがな。」
狂気を孕んだウィリアムの笑顔にソフィアの頬は引き攣る。とんでもない方に愛されてしまったなと思いつつも、もはや逃げられないだろうと心は諦めの境地に達していた。




