8.一番重い制裁
「テイルストン伯爵、そうですわね?お父様にもそのようにお手紙が届いているはずです。」
「それは無理があるよ。この男がソフィーを襲っているところを、私もウィルも目にしているのだから現行犯だ。」
イルバートはソフィアの肩に手を置き、首を横に振る。
「伯爵は私に熱がないか確かめていただけですわ。」
「ソフィア、なぜこの男を庇う?」
ウィリアムが不機嫌そうに尋ねる。
「だって、本当に何もされてないんですもの。これで、伯爵が投獄されるような事が有れば、夢見が悪いですわ。」
「では、やはり私と結婚を…」
ニコラスがキラキラした瞳でソフィアを見つめている。
「絶対にいたしません。これまで、テイルストン伯爵を人としては尊敬していましたが、男性としては全くタイプではございません。それにわたくし、意識のない女性を勝手に連れて帰る男性も、無断で女性の部屋に忍び込む男性も大っ嫌いです。」
「だいきらい…」
一度持ち上げられた後にとどめを刺されたニコラスは、意気消沈して座り込む。
「ええ、大嫌いです。2度と近寄らないでください。お仕事で屋敷にいらっしゃった際も、決してわたくしに接触しない事。ご挨拶も控えさせていただきます。また同じ事を繰り返すようであれば、今度は然るべき措置をとらせていただきますので悪しからず。」
「まあ次は、ソフィアが許してもウィルが許さないよね。僕も、可愛い義妹にこれ以上ちょっかいかけるようなら、全力で対処させてもらうよ。」
「…分かりました。2度とソフィア嬢には近寄らないとお約束します。」
頭を垂れたまま、ニコラスが答える。
この人このまま死んじゃわないかしら。投獄してもらった方が安全なのかしら、と心配になるくらいの落ち込みようだ。
「ソフィーがそれでいいのなら私も折れるとしよう。公にはしないが、父には報告させてもらう。ローゼン侯爵家に利がある間は今まで通り取引させてもらうが、貴方と伯爵家への警戒や警備は強化させてもらう。」
「……。」
ソフィアから受けた『大嫌い』のダメージが大きく、未だ放心状態のニコラスからは何の反応も返ってこなかった。
崩れ落ちたままのニコラスを放置して、ソフィアたちは屋敷を出る。途中にあった氷の壁と、氷張りの廊下はウィリアムが近づくだけですぐに溶けて消えていった。無詠唱で何か魔法を出しているのか、ウィリアムの魔力だけでそうなっているのかは分からないが、いずれにせよすごい力だ。
「怒ってる時のウィルの魔力はすごいよね。一生敵に回したくはないよ。」
レイモンドが苦笑いを浮かべる。
「ソフィアに手を出さない限りは大丈夫だ。私も兄上が大好きだからな。」
ははは、といつものように笑っているが目が笑っていない。こんなにも怒っているウィリアムの姿は今までの記憶の中にはない。普通にめちゃくちゃ怖い。
「…そのお姿、久しぶりに拝見しました。」
「ああ、そんな事に魔力を充てている余裕がなかったからな。」
「魔力を充てる?」
サムスクライン王国の王族は、成人すると王族の証として瞳が金色が変わるという事になっている。
「王族の証として瞳の色が勝手に変化すると思われているが、実際には常時魔力を微量に使用して黄金の瞳を維持している。まあ、そんな事ができるのは王族並みの魔力をもつものだけで、ほぼ同じ事だ。勝手に変わると思われている方が、王家の血を疑うものへの牽制となり都合がいい。」
「それ、わたくしが聞いていい話ですか?」
「元々公にしていないだけで、隠しているわけではない。それに、ソフィアはもうすぐ王族に名を連ねるものだからな。」
「まだ、普通の侯爵令嬢です。」
「時間の問題だ。」
これまでに起こった事を総括し、ソフィアはその言葉の意味を正確に理解している。外堀を埋められる感覚に居心地の悪さを覚え、話題を変える。
「髪色はなぜ?別に色を変える必要はないのでしょう?」
本来のウィリアムはレイモンドと同じプラチナブロンドの髪色で、炎魔法の使い手特有の赤い瞳を持っている。怒りで我を忘れたウィリアムは、その姿に戻ってしまっているのだ。ちなみに、レイモンドも一晩中氷魔法を発動させたまま馬を走らせた上、屋敷で氷魔法の連発した事で、氷魔法特有の青の瞳になっていたが、今はすでに黄金に戻っている。
「俺と兄上は瓜二つだからな。瞳も髪も同じ色だと、どこかのおっちょこちょいが、見分けがつかなくて困るだろう?だから瞳を変えると同時に、髪も紺色に変えたんだ。」
「なるほど?」
そりゃ兄弟だし似ているけど、見間違える人がいるのかな?髪色が一緒でも同じ人には見えない気がする。
「しかし、魔力を使っている時に赤い瞳になることはよくあるが、髪色まで変わるとはな。」
「ウィルがあそこまで平静さを失うのは珍しいよね。」
レイモンドの言葉を聞いて、ウィリアムは懐かしい色の髪に触れる。
「ソフィア、馬には乗れたな?」
屋敷の外には、ウィリアム達が乗ってきた馬が3頭繋がれていた。「はい」と答えると、当たり前のようにウィリアムに担ぎ上げられて馬に乗せられた。ウィリアム自身もソフィアの後ろに跨る。レイモンドとイルバートもそれぞれ馬に乗り、ゆっくりと並走しはじめた。




