2.人生初の王宮へ
頭の中に王宮へ来た記憶はあるものの、実際に目の前にすると感動の連続である。美しく大きな城に、豪華な装飾品の数々、華やかなドレスや正装に身を包む人々。自分が映画の中に入り込んだような錯覚を起こし、しばらく周りを見回していた。
しかし、夜会の会場の入り口が視界に入り、一気に現実に引き戻される。
私はソフィア、私はソフィア…
と頭の中で何度も繰り返す。
「大丈夫。今日さえ乗り切れば、きっと何とかなるわ。」
「ほんとに大丈夫かい?ソワソワと落ち着かないな思ったら、急に黙り込んだり…今は顔色が優れないけれど。」
「…ええ、きっと何とかなりますわ。」
私はソフィア。ソフィア・オリヴィエ。
「これはこれは、ローゼン侯爵令嬢。」
そう、ローゼン侯爵家の長女。兄のイルバートと弟のアレックスに挟まれ、紅一点、蝶よ花よと大切に大切に育てあげられ、押しも押されもせぬ美しい令嬢へと成長した…
「ん?」
回想中に声をかけられたため、反応が遅くなってしまった上、顔をあげて目に入った人物に驚き、3歩ほど後退してしまった。不敬罪とやらにならないかしら。
イルバートの手を借り、何とか体勢を立て直してカーテシーの姿勢をとる。
「ウィリアム殿下、ご無沙汰しております。」
私の姿を見て、ウィリアムは王族特有の黄金色の瞳を細めて、心底嬉しそうに微笑んだ。
「今日はまた一段と美しい。まさか兄上の婚約者指名の夜会だと言うのに、全身私の色で参上するとは。私の髪色と同じ紺の刺繍のドレスに、私の瞳を彷彿とさせる金の装飾品にガーネット。これはもう兄上への牽制と捉えていいのか?」
確かに、私は紺色の刺繍がびっしりと施された白いドレスに、ガーネットが埋め込まれた金のチョーカーとブレスレットを身に付けている。しかし、どれも今朝方侍女が部屋に運び込んできたもので、私が選んだものではない。イルバートを見ると、複雑な顔をして黙っている。仕方がないので、会話の続きを始めた。
「牽制とは?」
「『自分はもうウィリアム殿下のものですから、どうか選ばないでください』とういことだろう?それならばこのまま、会場へは私がエスコートしよう。」
「「え?」」
ソフィアとイルバートから同時に声が出た。
イルバートの腕にかけている方の手と反対の手をウィリアムに握られ、「さあ」と今にも引っ張って行かれそうになったが、イルバートが間に入って制止する。
「ウィル、王族の婚約者指名の夜会は、令嬢の家族がエスコートする決まりになっている。誰よりもよく分かっているだろう?」
名目状、『どの家門の令嬢が選ばれるか分からない』という事になっているため、パートナーを連れて出席できない事になっている。
「申し訳ございません、ウィリアム殿下。お気持ちは嬉しいのですが、またの機会に。」
「…そうか。では、今夜は諦めよう。」
あからさまに拗ねたような表情になり、少し可愛いと思ってしまう。
イルバートはウィリアムの側近として騎士団で勤務しているため、ウィリアムともレイモンドとも仲が良い。しばらく談笑していると、宮廷の使用人が慌てた様子で駆け寄り、ウィリアムの従者に耳打ちしていた。
使用人が去った後、会話がひと段落している事を確認した従者が一礼する。
「お話中に申し訳ございません。ウィリアム殿下、両陛下がお呼びです。」
「そうか。では、イルまた後ほど。」
ウィリアムは一度立ち去りかけて、振り返る。
「ああ、そうだソフィー。兄上が婚約者を指名した後のファーストダンス、必ず私と踊ってくれ。約束だからな?」
「なっ」
はははと高笑いしながら去っていくウィリアムの背中を見つめ、一方的に約束をされた事にも、ソフィーと愛称で呼ばれたことにも驚き、何も言い返せず立ち尽くす。
「ウィリアム殿下は何だか楽しそうですね。」
「…そうだな。ウィルはいつでもあの調子だが、ソフィアがいるとさらに…」
もごもごと呟くその様子に、首を傾げながらイルバートの顔を見上げる。
「わたくしが婚約者に指名されず、がっかりすると思って気を遣ってくださったのでしょうか?」
「…『選ばれないと決めつけるなんて。』と怒るかと思ったよ。ソフィーも随分と大人な考え方ができるようになったものだね。」
イルバートもソフィアと目を合わせて微笑む。
「ふふ、ありがとうございます。」
だって中身は30過ぎの立派な大人ですもの。
2人は再び会場へと続く廊下を歩き始める。
「ふぅー。」
何だか大変なところに放り込まれたなと、私は大きなため息をつくのであった。




