挿話 近づいても逃げないとは
その日もきっとソフィアは来ないと思っていた。
だから城の入り口にその姿を見つけた時は思わず走り寄ってしまった。自分の姿を見れば逃げられてしまうということも忘れて。
「これはこれは、ローゼン侯爵令嬢。」
声をかけてから気がつく。あっ、逃げられる…と。
しかし、予想に反して、ソフィアは数歩後退りしただけで、そのままとどまり、更に私の方を見つめて笑い礼をった。
「ウィリアム殿下、ご無沙汰しております。」
何なんだこの可愛い生き物は。
「今日はまた一段と美しい。まさか兄上の婚約者指名の夜会だと言うのに、全身私の色で参上するとは。私の髪色と同じ紺のドレスに、私の瞳を彷彿とさせる金の装飾品にガーネット。これはもう兄上への牽制と捉えていいのか?」
私からの贈り物だと伝えると絶対に受け取ってもらえないと思い、匿名で送り続けたドレス。袖を通した姿をこんなに近くで見られる日が来るとは。
最近では、私と鉢合わせる夜会には絶対に出席せず、領地に帰省までしているとイルバートから聞いていた。
ソフィアのその姿に浮かれきって少々調子に乗ってしまったことは認める。
「『自分はもうウィリアム殿下のものですから、どうか選ばないでください』ということだろう?それならばこのまま、会場へは私がエスコートしよう。」
「「え?」」
イルバートとソフィアを困らせてしまった。
「ウィル、王族の婚約者指名の夜会は、令嬢の家族がエスコートする決まりになっている。誰よりもよく分かっているだろう?」
「申し訳ございません、ウィリアム殿下。お気持ちは嬉しいのですが、またの機会に。」
私の目を見て謝罪するソフィア。
困り顔のソフィアも可愛い。
「…そうか。では、今夜は諦めよう。」
でもやはり残念だ。
「グリントン男爵令嬢エアリス・クラエス、私サムスクライン王国の第一王子レイモンド・フォン・サムスクラインの妃となっていただけますか?生涯大切にし、幸せにすると誓います。」
「喜んでお受けいたします。」
やれやれやっと終わったな。さて、ソフィアにダンスを申し込みに行くとしよう。
「今夜なら断られないかもしれないな。」
またもや完全に浮かれてニヤニヤしながらソフィアの姿を探したが、その姿はどこにも見当たらない。
「ソフィアがいない…。」
私からダンスを誘われないようにさっさと帰ってしまったのだろうか。いや、会場内にまだイルバートが残っている。何だか胸騒ぎがする。
会場を出て、バルコニーや中庭、休憩室などを回るがソフィアはいない。警備にあたっていた近衛も数名捜索に加えたがなかなか見つからない。
「どこだ。ソフィア…。」
ふと、思いつき門番に尋ねると、すでに会場を出た来賓が1組いるという。具合の悪そうな女性を抱えた男性だそうだ。女性の方の特徴がソフィアと一致する。何故止めない!と思ったが、説教よりもソフィアを追うのが先だ。
会場に戻りイルバートに声をかけた。
「ソフィアが連れ去られた?!しかし、どこに向かっているか分からない以上、2人での追跡は難しい。」
焦る気持ちはあるが、私も同意見だった。
「レイに声をかける。」
「今日の主役だ、抜け出せないだろう。」
「私が何とかする。」
長かった。やっと手が届きそうだったのに。
今夜もダメならもう諦めようとしていた。レイの婚約者が決まってもこちらを見てくれなければ。
それが、やっと…
「レイ、ソフィアが攫われた。追いたい。」
会場の中央で来賓の相手をしているレイモンドの後ろに回り込み、端的に伝える。
レイモンドは一瞬ギョッとした顔で振り返ったが、また優雅な面持ちで来賓の貴族に向き直り、退席の挨拶を済ませる。
次にイルバートとレイモンドの3人で、一段高いところにいる陛下の元に向かい、同じ事を伝える。
陛下は顔色も変えずに首を振った。しかし、「仕方がない。一つずつ潰していくか。」とウィリアムが呟いたのを聞くや否や、陛下はその場で立ち上がり、閉会の挨拶と感謝を述べた。
ウィリアムの潰すは、しらみ潰しに探すということではない。文字通り、疑わしい家を一軒ずつぶっ潰すという意味だ。
「絶対に許さない…。」
この時すでにウィリアムの瞳は赤く揺らめいていた。




