16.逃亡の理由
「今夜はまだたっぷり時間がある。ここに来た理由を聞かせてもらえるか?」
声色は穏やかだが、すごい圧を感じる。逃げたい。
屋敷に入ると晩餐の用意がすでに始められていたため、取り敢えず尋問は後回しにする事になった。先に屋敷に入ったエマが手配してくれたのだろう。ありがたい。当たり障りない会話をしながら、ローゼン領の産物を使った美味しい料理に舌鼓を打つ。かなり美味しい。疲れた身体に染み渡る。その後、ソファに移動し、ハーブティと焼き菓子を運んできた給仕が下がると、ついにウィリアムと2人きりになってってしまった。地獄の扉が開かれる。
「さて、言い訳を聞かせてもらおうか。」
愉快そうなトーンで話しているが目が笑っていない。怖い。
「…」
異世界からやってきて何も分からないので、ここ最近の足取りを辿ってきました、とは言えないよな。
普通に数日過ごしてしまったし。
「ほう、婚約者である俺にも言えない事か。まさか、浮気…」
「違います!」
あらぬ疑いをかけられて全力で否定する。
「では、本命か…。」
それまで黄金であったはずのウィリアムの瞳に赤みがチラつく。やばい、本気で怒っている。
ええい、どうにでもなれ。
「実は婚約者指名の夜会前に頭を打ち、それ以前の記憶が不鮮明なのです。覚えている事と覚えていない事があって、特に最近の記憶が曖昧なため、ここ半年の足取りを辿りこちらにやってきました!」
ツッコミどころは沢山あると思うため、とにかく一息で言い切ってしまった。ウィリアムの反応が怖くて確認できず、俯き目を瞑る。
「く…くくっ…そうか、それは大変だったな。なるほど。」
ん?思っていた反応と違ったため、恐る恐る顔を上げると、ソフィアと同じように俯いてはいるが、片手で口元を覆い肩を震わせている。
「なっ、なぜ笑っているのです?」
「いや、記憶喪失の女性にプロポーズして、さらにその事実に気づかずしばらく一緒に過ごしてきたんだぞ。面白すぎるじゃないか。くくっ…」
「面白い…?」
じとりとウィリアムを睨め付ける。
「わ、悪かった。ふふ…。お前にとっては一大事なのだな。」
いや、まだ笑ってんじゃん。
「殿下、笑いすぎです。」
「そうだな。レイの婚約者指名の時からソフィーの様子がいつもと違うことには気がついていた。でもその違いが私にとって好都合なものだったから、無意識に見て見ぬふりをしてしまっていたのかもしれないな。きちんと話も聞かず、すまなかった。」
ウィリアムは急に真面目な顔になり、ソフィアを見つめる。
「あの夜までのソフィーは、俺からの手紙は全無視、パーティーの招待も全無視、俺からと記名したプレゼントは全返品、運よく他の貴族主催の夜会で会えても即逃亡。それはそれは華麗な塩対応だった。」
いくらなんでも王子に対して不敬すぎないですか、元のソフィアさん。
「…も、申し訳ございません。」
「謝って欲しい訳じゃない。私のことがよっぽど嫌いなんだなと思ってたが、可愛くてつい構い過ぎてしまい、私も悪かったのだと思う。」
「そうでしたか。」
「でも、あの夜。兄上の婚約者指名の儀で、久しぶりに君の姿を見れて私は衝撃を受けた。私を避けないソフィーはそれまでよりもずっとずっと可愛かったし、私の名前を呼ぶ君の声を聞いて心が躍った。記憶を無くしたソフィーに私は心惹かれたんだ。」
「…。」
それってそれまでのイメージが悪すぎて、当たり前の事をしただけでめちゃくちゃ評価上がっただけなんじゃ、と思ったが口にしない。いや口に出来なかった。目の前のウィリアムがめちゃくちゃ嬉しそうにソフィアを見つめいてるのだ。
とりあえずは当初恐れていたような、ウィリアムが今のソフィアにガッカリしている様子はなく、ほっと胸をなでおろすのだった。
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