15.そんなこんなで大移動
無事にドレスのデザインが決まり、使用する生地と宝石も選び終え、ウィリアムを丁重にお見送りして自室に戻った。合間で採寸も行ったためかなり時間がかかったが、一仕事終えて謎の達成感に満ちている。しかし、本物のソフィアと私が入れ替わった謎は何一つ解けていない。戻ってくるなり再び日記の続きを読み始めた。
ウィリアムが在学中は同じようなやり取りの日記が続き、鬱陶しがりながらも楽しそうな日々を過ごしているようだった。しかし、彼の卒業後は日記の頻度がさっぱり減ってしまい、その内容にも少し寂しさが滲む。その日記も、ソフィアが卒業するとともに途切れてしまっている。
「学園を卒業してから後の日記が全く書かれていない。なぜかしら…。」
呟いてから、その答えに気がつく。
「きっとローゼン領の屋敷だわ…。ソフィアは卒園後、領地に引きこもって何やらずっと勉強していたもの。」
思い立ったが吉日。ソフィアは日記をもとあった場所に戻すと、すぐに出立の準備を始めた。
翌朝、自分で持てるギリギリの大きさのトランクに、必要最低限のものだけ詰め込み、ウィリアムへ簡単な手紙を書くと、すぐアンソニーに手配させていた馬車に乗り込む。まだ夜明け前だ。
「後のことは頼んだわよ。」
「かしこまりました。まあ、なんとも出来ないと思いますが、善処します。」
王子との婚約式準備中に領地に引っ込む事という奇行を、両親と兄へ伝えて(多分怒られるので)宥めるという難題と、ウィリアムが乗り込んできた場合の対処(お父様かお兄様を生贄にする事)をお願いしておいた。アンソニーには何が素敵なお土産を買って帰ろうと心に誓い、馬車を出発させた。
王都を出発してから3日目の夕方にローゼン領の屋敷に到着した。夜は大きめの街で宿をとっていたが、かなり強行日程だ。いつ頃到着するか分からなかったため、屋敷の使用人には到着時間を伝えておらず、出迎えはない。流石に疲れたなーっと緩慢な動きで馬車を降りようとすると、横らからスッと手が伸びてくる。
「お手を。」
「ありがとう。」
男性の声だったので、御者の手だと思い、何気なく手を借りてワンピースを軽くつまみ足元を見ながら馬車を降りる。
「ひっ…」
顔を上げた瞬間、地面についたばかりの足を一本後ずさった。
「これはこれは、麗しき我が姫よ。こんなところで出会うとは、やはり私たちは運命の糸で結ばれているのだな。」
そう、こんなところにあるばずのないご尊顔が目の前にあり、冷たい汗が背中を伝う。
「ウィリアム殿下…。」
笑顔であるはずなのに、その目はちっとも笑っていない。怖い。もはやホラーだ。
「どうしてここに?」
「その言葉を、『どういった方法で』ととれば、馬を一昼夜休まず走らせて。『何故ここに来たのか』ととれば、お前から意味の分からない手紙が届いたからだな。」
「意味の分からない…」
言われて3日前の記憶が蘇り、ハッとした。
『親愛なるウィリアム殿下へ
領地へ帰ります。
ソフィア・オリヴィエ』
うん、意味わからないな。
「も、申し訳ございません。1ヶ月もないと思うと、かなり慌てていまして。」
「ほう。」
ソフィアは俯いて答えたが、ウィリアムの怒気が少し落ち着くのを感じる。
「まさかとは思いますが、手紙を読んでそのまま飛び出し、ローゼン領まで直行されたのですか?」
「まあ、そうだな。」
「まずは侯爵邸へ事実確認に向かわれるかと、仔細は省いてしまいました。」
「…にしても省きすぎだ。お前には前科がある。事実確認するまでもなく事実だと分かる。」
「うぅ。申開きのしようもございません。」
「そして、『1人で出歩くな』という約束はどうした。」
「いえ、侍女兼護衛のエマが馬車に同乗し…って、あれ?」
馬車のそばに控えていたエマの姿がなく、あたりを見渡すと、ソフィアのトランクを抱えて屋敷に走り込む彼女の姿が見える。
逃げた。
「御者も護衛を兼ねた侯爵家の騎士で…えっ?」
こちらも御者台にいないと思ったら、馬を連れて厩舎に入るところだ。
共犯か。
「弁解の余地もございません。」
「ふっ…。」
わ、笑った。恐る恐る顔を上げると、そこには黒い笑みを浮かべるウィリアムの顔があった。
「なるほど、1ヶ月以内に王都に戻ろうとしていた事は理解した。手紙の内容は酷すぎるが、私が侯爵邸への確認を怠った事も認めよう。きちんと侯爵家の護衛を付けており、『ひとり歩き』でない事も確認できた。」
「ありがとうございます。」
「がしかし、ここでさらに疑問がうまれたな。」
「え?」
「逃亡でなければ、レイの立太子の儀までもはや1ヶ月もないのに、第二王子の婚約者が領地に帰るとは。よほどの事情があるのだろうな。」
逃げ出した訳ではないと分かった途端、めちゃくちゃ楽しそうに詰めてくる。そのままズルズルと屋敷に引き摺られて行くソフィア。『まだ婚約者ではない』とは口が裂けても言えなかった。




