10.それはそれはもうクタクタです
婚約者指名の儀まで王城で匿うと主張するウィリアムを3人がかりで説得し、なんとか侯爵邸にたどり着いた。
「いいか、絶対に1人で外を出歩くんじゃないぞ。屋敷に知らない奴が訪ねてきても1人で対応はするな。ああ、知ってる奴もダメだ。あの男のように急に本性を表すかもしれん。」
ウィリアムはソフィアの両手を握りしめ、苦い顔をしている。
「やはり、私と一緒に王宮に…」
ソフィアはその手を握り返して、ウィリアムを安心させるように穏やかな微笑みを浮かべる。
「ウィリアム殿下、わたくし子どもじゃありませんのよ?そのようにご心配頂かなくても大丈夫です。昨日は体調が優れず倒れてしまったところを連れ去られただけですから。一晩休めばきっと元気になります。」
そうなのだ。そもそもあそこで倒れなければ、ニコラスに監禁される事もなかった。ニコラスに夢を叶える絶好のチャンスを与えてしまったのは他でもない自分で、その夢を1日で壊されたニコラスをほんの少しだけ不憫にも思う。
「ふむ、そうか。」
「それに、こう見えても侯爵令嬢ですから、1人きりで出歩いたり人に会うことは滅多にございませんわ。」
「…たまにはあるんだな。」
「あ。」
しまったと思い、口を押さえて俯く。お忍びで街に遊びに行っていた記憶があったため、正直に話してしまった。
恐る恐る顔を上げてウィリアムの顔色を伺うと、ウィリアムはそれはそれは美しい笑顔で屋敷の中にズカズカと上がり込んで行った。そしてローゼン侯爵と従者のアンソニー、ソフィア付きの侍女エマに対し、ソフィアを絶対に1人で出歩かせないように、1人で他人に合わせないよう戒めて回ると、ようやく納得して帰っていった。
「ウィリアム殿下は過保護すぎます!」
晩餐の席でソフィアはイルバートと両親に愚痴をこぼしている。
「ふふ、殿下はほんとうにソフィアを愛しているのね。心配で仕方がないのよ。」
ソフィアの母アンリは呑気に笑っている。
「ウィルは焦っているんだよ。レイとエアリス嬢の婚約がなかなかまとまらず、随分と待たされていたからね。」
「そうなのですか?レイモンド殿下とエアリス様が恋仲なのはセグノーツ学園の頃から周知されていたと…」
「恋愛と結婚では訳が違うのだよ。近年では貴族間でも恋愛結婚が多くなってきているが、やはり王族ともなると、政略的な事を考えなければいけない。」
ローゼン侯爵がゆっくりと話し始める。
「エアリス嬢のご実家は男爵の家門だ。我が家のような侯爵家や公爵家の出身であればそれだけで殿下の強力な後ろ盾になるが、男爵家ではいささか心許ない。レイモンド殿下自身にある程度の力がなければ、周囲がエアリス嬢との婚約を許さなかったのだろう。」
「外交や経済政策で功績を重ねて、今や押しも押されもせぬ第一王子だからね。ようやくエアリス嬢との結婚を認められたんだ。」
「なるほど…。」
「逆に言えば、レイモンド殿下がエアリス嬢ではなく、爵位が上の家門出身の令嬢を選べば、ウィリアム殿下がこんなに待たされることはなかったかもしれんがな。」
「どういう事ですか?」
「ウィルが妃にしたいのは侯爵令嬢のソフィーだからね。レイが頭角を現す前に、先にウィルが婚約者指名を行ってしまえば、レイはそれに対抗できる家門出身の令嬢を指名しなければならなくなる。だから、レイが力をつけるまで、…つまりエアリス嬢を婚約者として指名できるまで、ウィルはずっと待っていたんだ。」
「ウィリアム殿下とレイモンド殿下は、表向きは敵対する構図をとっているが、お互いを信頼し合い、認め合って、それぞれの得意分野で分担して国政を行なっている。それは妃選びに置いても言える事で、2人とも愛する人と一緒になれるよう配慮し合ったんだろう。」
うーん、なんだかウィリアムがめちゃくちゃ心優しい王子様か、レイモンドがウィリアムを色恋事で振り回しているワガママ王子に聞こえるけど、今までに見た実際のおふたりの印象とはかけ離れている。ローゼン侯爵とイルバートの話も嘘ではないと思うが、なんだか腑に落ちない。
「そもそもわたくし、ウィリアム殿下と恋仲でもございませんよね?ずっと待ち焦がれていたと聞かされても、わたくしにとっては急に湧いて出た話ですわ。」
「さっきも話したけど、気が付いてないのはソフィーだけだよ。夜会で出会いを求める世代の子息令嬢にとっては周知の事実だ。でも国政に関わるお偉いさんの耳には伝わらなかった。伝わっていたとしても、単なる若者の噂話とでも捉えていたんだろうな。」
「なぜそんなジェネレーションギャップが?」
「公の場では徹底的に隠していたからね。夜会のドレスでのみソフィーは自分のものだと主張する事で、結婚適齢期の子息には牽制を入れるが、早く結婚する様に突いてくるお偉いさん方には、まだ決めかねていると時間稼ぎをしていたんだ。もちろんレイとエアリス嬢のためにね。」
うん、やっぱりウィリアムが心優しき王子説で決まりだな。もう疲れて頭が回らないし、今日はもうそういう事でいいや。
仕事終わりの会社員から、急に侯爵令嬢になって、夜会に出席したと思ったら誘拐され、ストーカーの相手をして、一日中乗馬し、王子にプロポーズされて、我が家という名の見知らぬ屋敷で見知らぬ家族とご飯を食べているのだ。当然、疲れも相当なものだ。この日は意識を失うように眠りに落ちていった。




