1.プロローグ
今日もいつもと同じ地下鉄に揺られている。窓の外には何も見えない。永遠に真っ暗な世界が続いていて、反射した自分の姿がよく見える。
「疲れて不細工な顔。」
朝きちんとまとめていた髪は乱れ、化粧も崩れ、連日の残業で目の下には隠しきれないクマができている。
まだ週半ばだというの、すでに疲労困憊だ。もうすぐ降りる駅が近づいているにも関わらず、瞼が落ちてくる。
ああ、もう疲れた…
ここではないどこかに行きたい。
自分ではない誰かになりたい。
そう思った瞬間、
『やっと見つけましたわ。歳はそうね…ひと回り以上違いそうですけど…そこは我慢いたします。』
すぐ耳元で若い女の子の声が聞こえて、驚いて目を開ける。けれど、目の前の窓ガラスに映っているのは、疲れた30代女性…自分の姿だけだ。後ろを振り返ってみても、反対の窓ガラスに映った自分の姿が見える。
おかしいな…
とうとう幻聴が聞こえるようになったのか…
目を瞑って頭を軽く振る。
『幻聴ではありませんわ。わたくしの人生とあなたの人生、交換して差し上げます。』
「えっ…」
また耳元で声がして、恐る恐る元の窓ガラスの方を見ると、絶世の美少女が私に微笑みかけていて、
『後のことは、よろしくお願いします。』
と言われたのが最後の記憶。そして視界が暗転した。
次に意識を取り戻したときには、地下鉄ではなく馬車に揺られていた。
「…ま、…様、ソフィアお嬢様。」
聞き慣れない男性の声がして、瞼を開けると、私と同世代の男性が目の前に座っていた。
見慣れぬ燕尾服のような服をビシッと着こなし、黒い髪は後ろに流している。
切長の目が一見冷たそうに見えるが、声色はとても落ち着いていて優しい。
「ソフィアお嬢様、わたくしのお話をきいていらっしゃいますか?」
いえ、全然。たった今覚醒しました。
アナタダレデスカ?
それよりも
ワタシダレデスカ?
口に出そうか、出すまいか迷っていると、急に頭の中にカミナリが落ちたような衝撃が走り、前世の記憶ならぬ、今世の記憶が見事にワタクシの頭にインストールされた。
「マジか…」
ワタクシ、ちょっと愚痴っただけですのよ。
ちょっと日常に疲れていて、体力も精神力もすり減っていただけですのよ。
別に自分の人生に大きな不満があったわけじゃありませんのよ。
ほんとにちょっと愚痴っただけですの。
しかも頭の中で、ちょーっと愚痴っただけですのよ。
それなのに…
「こんな大ごとになると思いませんでした…。」
「…全然聞いていただけてないようですね。今夜は普通の夜会ではありません。くれぐれも各所に粗相のないように。」
従者のアンソニーだ。たぶん。
片手で顔を覆い、ため息をついている。
「わ、分かっているわ。今夜はレイモンド殿下の婚約者指名の夜会ですものね?アンソニー?」
インストールされた記憶に間違いがないのか、確かめるように聞き返す。
「アンソニーが心配しているのは、指名されなかった時の事だよ。ソフィー。」
ソフィーもソフィアもワタクシの事よね。
頭の中で確認しながら、左隣に座る声の主に目を向ける。
「いっ…」
ケメン。と心の声が漏れるところだった。
「イルお兄様?それはどういう事かしら?」
お兄様のイルバート。
サラサラの金髪にエメラルドグリーンの瞳。目鼻立ちが整っていて、背も高い。近衛騎士の正装である白の騎士服に身を包み、まるで物語に出てくる王子様だ。私の顔を覗き込み、困ったように微笑んでいる。
でも、私のお兄様にしては若すぎるような…
10歳は年下に見える。
ふと、馬車のガラス窓に映る自分の姿を目にして、まさに驚愕した。
意識を失う前に見た絶世の美少女の姿が目の前にあったからだ。
あの子がソフィアだったのね。
「ソフィーは幼い時からレイの事が大好きだったからね。レイから指名されなかった時に自棄を起こすのではないかと、みんな心配しているんだよ。」
「そうですか…」
「本当はもう分かっているんだろう?レイが他の令嬢を指名することを。」
「そうですね…」
ぜーんぶ大当たりですー。アナタの妹はレイモンド殿下が自分を指名してくれないと(たぶん)気づいてしまい、自棄を起こして、私とソフィーの中身を入れ替えてしまいましたー。白目。
と、いきなり暴露して、ソフィアは気が触れている、と思われては困るので、曖昧に微笑み
「大丈夫です。」
とだけ返しておいた。
夜会に着く前に記憶の整理を、と思っていたが間もなく王宮に到着し、イルバートのエスコートで馬車を降りる。去り際のアンソニーに「ご武運を。」と励まされた。
書き始めた作品が完結したため、添削しながらマイペースに投稿していきたいと思います。未熟な作品ですが、どうかよろしくお願いいたします。




