"血肠"
「お前は僕の戦利品なんだ」
ご主人様は僕をぶつときも、或いは他の事をする時も
きまって僕の顎に手を回しては、こう仰います
脳器官の損傷が酷く、意味を理解出来る程の知能がない事が、僕はいつも悔しくなります
僕は昔、食事に盛られていた毒のせいで、知力の大半を喪ったと教えられて居ます
途方も無い話で、今の自分からは想像も付きません
それに僕は、ご主人様の足の爪に紅を差したり、吸血鬼に血を捧げる血袋として、ご主人様に奉仕する今の暮らしが好きです
どちらの仕事も戯れに足蹴にされる事はありますが、それさえ好きです
僕は、ご主人様が与えて下さる暴力総てが、たまらなく愛おしいと思えるのです
ある夜
書斎から、ご主人様の啜り泣く声がしました
ご主人様は幼くして兄を亡くされ、領主になられたお方
この身で僅かでも苦労をお慰め出来ればと思い、僕は書斎の扉を開きました
ご主人様は一枚の写真を抱きながら、赦しを乞うて居るように視えました
「兄さん」
「赦して」
そうした言葉が聞こえたように思います
しかし、ご主人様は僕の存在に気付くと、顔色を変えました
まるで血の気の引いた、窮地に立たされたかの様な絶望の表情でしたが、それも一瞬の事でした
次の瞬間には、ご主人様は溢れる嗜虐心を隠そうともしない顔で、僕を蹴倒すと馬乗りになりました
ご主人様が躰重を乗せて、僕の喉を壊そうとします
心拍数が上がり両眼が真上を剥き、唾液が溢れました
永い時をかけて、『そうなるように』育て直して頂いたからです
死なないまでも、喉を握り潰されるのは間違いないかに思えたその時、急にご主人様は僕から離れると、僕に部屋から出ていくよう命じました
ご主人様は泣いて居ました
ご主人様が毒を使って自死されたのは、それから数日後の事でした
葬儀に参列された使用人達は、みな口々に「兄にあんな事をした報いだ」と言っていました
他には、「政争に敗れた」とも
「兄に」と語る時、誰もが僕の顔を視ました
意味は解りません
ご主人様の書斎に有った写真を、それから暫くして僕は視ました
理由は不明ですが、写真に写っていたのは、身なりの良い姿をした幼い僕自身でした
誰もが、館を去りました
現在ここには、もう動かないご主人様の他は僕しか居ません
吸血鬼の死体は腐る事が無いので、僕とご主人様は永遠に一緒です
「ご主人様」
「貴方は僕の戦利品ですか?」
不敬にはなりますが、僕は冷たくなったご主人様の唇に自分のそれを重ねました
その唇はとても冷たく、僕の舌には、死の味わいだけが甘露のように拡がっていきました




