デバイスダイバー7
持ち帰った研究データを解析した主人公とアイボー。
そこには研究者たちの名簿が記されていたが――全員、現実世界では消息不明になっていた。
さらに、その中には黒ヴェールの女の“元恋人”の名前も。
彼女の冷たい仮面が、初めて揺らぐ。
近未来SF短編シリーズ第7弾。
デバイスダイバー7 ―失われた影―
俺は机に突っ伏して眠りかけていた。
潜行の疲労は、現実に戻っても簡単には抜けない。だが、アイボーがピーピーとうるさく鳴き始めたせいで目が覚めた。
「ご主人! あのデータ、解析が完了しました!」
球体の表面に、ぱっと花火みたいなアイコンが弾ける。
「……ああ、例の研究ファイルか」
依頼人から持ち帰ったデータ。開けば、ずらりと名前のリストが並んでいた。
十数名の研究者たち。専門分野はバラバラだが、どうやら同じプロジェクトに関わっていたらしい。
俺は検索をかけ、冷水を浴びせられたように息を呑んだ。
「……行方不明、だと?」
画面上の名前を追えば追うほど、現在の所在は「不明」「消息絶つ」と並んでいく。
全員、例外なく。
「ただの研究者たちが、揃って消えるなんてあり得ますか?」
アイボーの顔アイコンが真剣に変わる。
胸の奥がざわついた。そのときだ。
窓辺に立つ気配を感じ、俺は振り返った。
「やっぱり……あなたがそれを開いたのね」
黒いヴェールの女がそこにいた。
まるで影そのものが形をとったような姿で。
「説明してもらおうか」
「その研究は、人を消す研究よ」
彼女は低い声で言った。
「記録上は、事故や失踪とされている。でも本当は……研究に取り込まれたの。二度と戻れない世界に」
俺は黙って彼女を見据えた。嘘ではないと直感した。
だが次の瞬間――アイボーが空気を読まずに割って入る。
「ご主人! この中に、彼女の“大切な人”がいます!」
表面ディスプレイに、ひとつの名前がハイライトされる。
女の肩がわずかに震えた。
「……その名前を、もう一度言って」
いつも冷徹な仮面の声が、わずかに揺れていた。
「彼は……私の元恋人」
ぽつりとこぼれた声は、痛みに満ちていた。
その瞬間、彼女が必死に隠してきたものが垣間見えた気がした。
冷たい鋼のように見えた彼女にも、人間らしい心の傷がある。
「依頼人に渡すのか、それとも……」
俺が問いかけると、彼女はきっぱり首を振った。
「渡せば、また人が消える。あなたが背負える罪じゃない」
沈黙が落ちる。
俺は依頼と報酬、そして彼女の震える声の間で、答えを出せずにいた。
アイボーだけが無邪気に、にっこりアイコンを浮かべて言う。
「ご主人、守りたい人ができちゃいましたね!」
彼女は息を呑み、俺は苦笑を押し殺した。
胸の奥が、不思議な熱を帯びていた。