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才なし少年冒険者、英雄になる 〜ロリ魔王と目指す最難関ダンジョン攻略〜

 太陽が沈み、闇夜が支配する時間帯。

 藍色に染まった空のキャンパスに頼りない星明りがポツリポツリと散りばめられていく。


 そんな星空の下に森があった。

 広大な大地を覆うほど大きく、草陰からリンリンと鳴く虫の声がある。

 いつしかその声は合唱となり、その心地よい音色に釣られてか隠れていた妖精たちが顔を出し、踊り始める。


 まるで水を得た魚のように空を飛び、軽やかに跳ねては手を取り合い、笑いながらステップを踏む。

 羽からフワフワと舞い落ちる鱗粉は星明りに反射しているためか、妖精たちの踊り場は輝いていた。


 ふと、一体の妖精が疲れたのか踊り場から離れる。

 どこか休める場所はないか、とキョロキョロと顔を左右に動かすと妙なものを見つけた。


 見た限り人の形をしたもの。

 性別はおそらく女で、呼吸もしているため生きていることは明らか。


 物珍しさのあまりに思わず近づき、眠っているそれを見つめてみる。

 すると妖精の輝く鱗粉に反応してか、まぶたがピクリと動いた。


「う、ん……?」


 それはゆっくりと目を開き、声を発する。

 ジッと見つめていた妖精だが、急に起き上がったために「わっ!」と声を上げた。

 その驚いた声を聞いた他の妖精たちは躍るのをやめ、隠れるために一斉に木陰へと逃げ込んだ。


 震え上がる妖精たちは目覚めたそれの様子を見る。

 そんな妖精の美しい光によって目覚めたそれは、ただ呆然と遠くを見つめ、何かを確認するように森の中を見渡した。


「ここは、どこじゃ?」


 思わず出た言葉と共に、それは首を傾げる。

 しかし、いくら考えても答えは出ない。


 ひとまず自分に何が起きたのか、とそれは思い返すことにした。


「うーむ……我は確か、神と戦っていたはずじゃが……」


 自分の名前はイリス。圧倒的な魔力で世界を絶望に叩き落した魔王だ。

 イリスの力は勇者をも畏怖させ、さらにその美貌は魔族だけでなく人間さえも魅了する少女である。

 ゆえに力と美しさで様々な者を従え、人間を屈服させ様々なものを奪い取ってきた。


 いつしかその勢力は神の軍勢にも劣らぬ、いやそれ以上のものへ拡大した。

 だからこそイリスは、大きくなった軍を率いて神に挑んだ。


 戦いは熾烈なものとなり、多くの部下と手下を失ったがあと一歩のところまで神を追い詰めた。

 好機と捉えたイリスは自らが出陣し、神との戦いへ臨んだ。

 しかし、それ以上のことは思い出せない。思い出そうとするとモヤがかかり、無理に引っ張り出そうとするとひどい頭痛が起きた。


「くぅぅ、思い出せん。くそ、神との戦いはどうなったんじゃ? 我は勝ったのか?」


 顔を歪め、痛むこめかみを左手で抑えながらイリスは立ち上がろうとする。

 見た限り、どこかの森だ。

 時間はおそらく夜。魔力の反応は感じ取れないが、おそらく生物はいるだろう。


 ひとまずここから移動したほうがいい。情報を掴むにしても、ここにいては何もできん。


 そんなことを考えていると、唐突に何かの雄叫びが響いた。


「ウォオオオォォォォォッッッ」


 反射的に振り返ると、そこには一体のオオカミ型モンスター【ブラッディウルフ】がいた。

 青い剛毛に全身が覆われており、魔物らしく目は深紅に染まっている。

 性格は獰猛で好戦的。戦いによって生まれた傷を多く持つほど【傷持ち】と呼ばれる強い個体になり、群れのリーダーを担う傾向にあるモンスターだ。


 雄叫びを上げ、イリスの目の前に現れたそれは身体だけではなく目にも傷を持つ【傷持ち】である。

 その証拠に、雄叫びを耳にした手下たちが森の奥から四体も現れた。


「ほほぉ、これはまた豪勢な出迎えじゃな」


 イリスは傷持ちが率いる群れを見て軽口を叩いた。

 よく見るとブラッディウルフたちの口元が赤い。おそらくどこかで獲物を仕留め、ご馳走にありついたのだろう。

 しかし、様子を見るからにまだ腹を満たしていない。


 だからこそイリスに狙いを定めている状態だろう。

 そのことに気づいたイリスは、挑発するかのようにブラッディウルフたちへこんな言葉をぶつけた。


「これはこれは、面白いワンコじゃ。そうじゃな、その意気に免じて見逃してやろうか?」

「グルルルルゥッ!(ふざけるなクソガキッ!)」「ガウッ(黙れッ)」「ガウガウッッッ!(メシがしゃべるなッッッ!)」


 イリスが不敵に笑い、放った言葉に傷持ちだけでなく手下も激怒している様子だった。

 歯を剥き出しにし、毛を逆立てているブラッディウルフたちにイリスはさらにこう言い放つ。


「ほぉー、そうか。そこまでいうか。なら、我が配下にしてやってもいいぞ。こき使ってやろう」


 イリスの言葉を聞いてか、ブラッディウルフたちは一斉に飛びかかった。

 ククク、と笑みをこぼし、イリスは右手を開いて前へ突き出す。


 魔王イリスにとってブラッディウルフはザコ。

 どれほど群れようとも強力な魔法で屠ることができる。

 しかし、それで倒しては面白くない。だから最近生み出した魔法を使い、その実験台にすると決めた。


 なぜか全身が痛いが、問題はなかろう。

 そう思い、イリスは右手を前に突き出し、魔法を発動させるための術式を組み立てながら詩を口にした。


「〈光は影に〉〈影は闇に〉〈闇は常闇に〉〈常闇は深淵に〉〈全てが混ざり合い飲み込んでいく〉」


 イリスが発した言葉が、形となって手のひらへと集まる。

 向きが正反対の三角が二つ生まれ、重なり合って星の形となる。

 そのまま詩を紡ぎ、魔法を発動させるためにその名を口にした。


「〈口を開け〉〈悪食の暴食〉――バウ・グラトニー!」


 イリスは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 あとはこのまま魔法が発動し、悲惨な末路を辿るブラッディウルフの様子を眺めるだけ。

 そう思っていた――だが、集まっていた赤黒い光が煌めく瞬間、星の形となった術式が粉々に砕け散った。


「はっ?」


 イリスは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 何が起きたかわからず、目をパチパチとさせた。

 霧散していく術式を見つめるが、いくら見つめても魔法は発動しない。


 そうこうしているうちに傷持ちの牙が目前に迫った。


「ガウアァァッ(死にさらせぇぇッ)」

「うひゃあぁぁ!」


 イリスは咄嗟に屈んでガチンッと音を立てた牙を躱した。

 だが、攻撃は続く。

 左右から挟むように手下が爪を振り上げて迫ってくる。


 反射的に手を広げ、防御魔法を展開しようとしたがやはり発動しない。

 だからイリスは「きゃあぁぁぁっ」と悲鳴を上げ、必死に前に飛び込んだ。


 そのおかげか、挟み撃ちを躱す。

 手下たちはというとゴッツンと嫌な音を響かせると同時に頭をぶつけ、目に星を浮かべながら地面へと落ちた。


「な、なんでじゃ? なんで魔法が発動しなかったんじゃ?」


 わずかに怯んだブラッディウルフたちを一度見やってからイリスは逃げ出す。

 いくら実験的な魔法だったとはいえ、発動しないのはおかしい。

 何度か試行錯誤し、発動する場面を見てきた。発動しない魔法を実戦で試そうなんて考えるはずもない。


 一体何が原因で発動しなかったのか。

 イリスが思わず自分の手を見て、気づいた。


「なんじゃ、この小さな手は?」


 マジマジと、じっくりと、穴が空くほどとにかく見つめる。

 だが、どう見ても自分の手がとても小さい。ついでにぷっくらとしていた。

 それはまるで子どもの手のようで、とてもかわいらしい。


 イリスがその手を見つめながら走っていると、


「きゃふんっ」


 かわいらしい悲鳴を上げ、転んでしまった。


「いてて……次は何なんじゃ……?」


 イリスは身体を起こし、ドレスのスカートに目を向ける。

 するとそのドレスは明らかに身体のサイズと合っていなかった。


「なんでブカブカになってるんじゃ?」


 そのドレスは漆黒のドレスだった。

 袖はなく、身体のラインがわかるように設計され、胸には深紅の宝石もあって美しい逸品。

 昔、イリスの雪のように白い銀髪が映えると言われて着るようになったとてもお気に入りのドレスだった。


 しかし、そんなドレスはすっ転んだ影響もあってか泥だらけである。

 さらにブカブカのためか、本来隠れているはずの白い肌が露わになっていた。


「走りにくいとは思っておったが、まさかドレスが大きくなったのか?」


 イリスは顔を引きつらせながら首を傾げる。

 そして、ようやく手だけではなく自分の身体を見た。


「な、なんじゃこれは!?」


 胸が小さくなっている。そのことに気づき、イリスは慌ててほかの部位も確認した。


 自分の頬に触れる。ぷっくらとしていて柔らかい。

 肩を見る。ハッキリとはわからなかったが、小さくなっている気がした。


 そうこうと自分の身体を確認し、イリスはやっと気づく。


「まさか、我が小さく……いや、幼くなったのか!?」


 まさかの事態にイリスは叫んだ。


 どうしてこうなった? なぜ我が幼くなっている!?

 思わず狼狽えていると、ブラッディウルフたちが唸りながらゆっくりと迫ってきた。


「グルルルルゥッッッ(観念したかメシィッッッ)」


 牙を剥き出しにしたブラッディウルフ。幼くなり、魔法が上手く使えない自分。

 とんでもない状況だと気づいたイリスは、


「きゃあぁあああぁぁぁぁぁっっっ」


 またかわいらしい悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。


 勝てない。むしろ負ける。

 というか、こんな状態で勝ち目なんてあるはずない。


 幼くなったイリスは転びそうになる足に力を込め、駆ける。

 しかし、どれほど頑張ってもブラッディウルフが速い。

 それに今のイリスはそこらへんにいる女の子と同じようなもの。


 だから食べられるのは時間の問題だった。


「いやじゃいやじゃ、それだけはいやじゃ!」


 イリスは目にいっぱいの涙を浮かべつつ、絶叫しながら最悪の結末を拒絶した。


 魔王である自分がザコに食われて一生を終える。

 それはとんでもない悲劇であり、屈辱的な終わり方であり、神にとっては腹を抱えて笑ってしまいそうな喜劇だ。


 それだけは絶対に避けなければならん!


 イリスはそんな思いで、襲いかかるブラッディウルフたちの牙と爪を回避していく。

 しかし、限界があった。


「きゃふんっ」


 必死に逃げ回っていたイリスだが足に疲労が溜まり、また転んだ。

 慌てて身体を起こすものの立ち上がれず、尻を引きずってささやかな逃走を試みる。

 だが、すぐに大木へ背中をぶつけ、ささやかな逃走は終わってしまう。


「ウ、ウソじゃろ!?」


 イリスは顔を蒼白くさせてから改めてブラッディウルフへ振り返る。


 追い詰めたことに喜々しているのか、それとも空腹に耐えきれなくなっていたのか、口から大量のヨダレがこぼれ落ちていた。


「ま、待て! 待つのじゃ!」


 傷持ちを先頭に迫ってくるブラッディウルフたちに、イリスは制止するように手をかざし叫んだ。

 だが、いや当然のように歩みは止まらない。

 それでもイリスは、傷持ちにこんな言葉を投げかける。


「そうじゃお前、我と手を組まないか? さすれば我が手に入れた領地、つまり世界の半分をくれてやろう!」


 その言葉は取引だった。しかもとんでもない内容の。

 イリスは引きつった笑顔を浮かべながら、先陣を切る傷持ちの様子をうかがう。


 しかし、イリスの取引に興味がないのか止まる気配がない。

 それどころか、赤く染まった口元を舐め回しながら近づいてくる。


「ふ、不服か? ならばもうちょっと分けてやってもいいぞ? だから、な? その牙と爪を収めてくれんか?」


 イリスは目にいっぱいの涙を浮かべ、命乞いをするかのようにさらに譲歩した。


 だが、傷持ちは止まらない。


 もうすぐ腹を満たせることに喜びを抱いているのか、笑みを浮かべていた。

 だんだん待ちきれなくなり、傷持ちは前足を振り上げる。

 そして、イリスを食べるために飛びかかった。


「た、助けてくれぇぇぇぇぇっっっ」


 もはや魔王のプライドなんてものはない。

 ただ一人の少女として、悲鳴を上げた。


 しかし、その声は、願いは神に届くことはない。

 戦っていたのだから当然、聞き入れられるはずがなかった。


 だが代わりに、違う存在がイリスの声を耳にする。

 その願いを叶えるために大地を蹴り、


「ああ、もちろんさ!」


 腰に差していた剣を抜き傷持ちへ飛びかかった。


 不意を突かれた傷持ちは、突っ込んでくる少年を反射的に睨んだ。


 そのまま身体をねじり、迫る刃を躱し、少年の身体を蹴って距離を取ると雄叫びを上げた。

 少年は臆することなくもう一度傷持ちへ迫ろうとした。

 だが、その突撃は手下が割り込んだことで止められてしまう。


「く、仕留め損ねたッ」


 イリスは自分を守るように立つ少年の背中を見つめる。


 炎のように赤く染まった髪を揺らし、ショートソードを握るその姿はどこか勇ましい。

 心配して振り返った顔にはまだ幼さが残り、瞳も髪と同じように紅蓮に染まっていた。


 そんな赤髪の少年がイリスにこう声をかけてくる。


「すぐにこいつらを片づける。だから、安心して!」


 赤髪の少年は握っていた剣をさらに強く握った。

 途端に風が吹き、赤髪の少年を包み込んでいるコートが揺れる。


 そのまま戦いへ向かおうとする赤髪の少年を見て、イリスは思わず訊ねた。


「なんで、なんで我を助けてくれるんじゃ?」


 イリスの言葉に赤髪の少年は一瞬考える。

 そして、ニッと口角を上げ、歯を見せて笑い、


「冒険者、だから!」


こう力強く答えた。


 これは、運命の出会い。

 イリスの運命を大きく変える冒険者との邂逅だ。


 イリスはそんな出会いを果たしたことに気づくことなく、戦いへ挑む赤髪の少年の背中を見つめていた。

 自分もまたその冒険者になる未来が待っていることに、気づくことなく――

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