領地案内2日目
翌朝、アレクシスは早めに侯爵邸を出た。
昨日の視察だけでも驚きの連続だったが、今日は領地の奥――普段は外の者にはほとんど見せない場所を案内してもらえることになっていた。
出迎えたカインが軽く会釈をする。
「本日は、領内の研究施設や、上流域の水利管理区をご覧いただこうと思います。
……エリィ、今日は無理をするなよ」
「わかってます。でも、今日は絶対見逃せないんです!」
胸を張るエリシアに、カインは小さく息を吐き、護衛を増やすよう指示を出す。
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最初に訪れたのは、山裾に築かれた透明なドーム施設だった。
内部では一年を通して野菜や果物が栽培されている。
「これは……温室か?」
アレクシスの問いに、カインが頷く。
「はい。陽光を透過する魔道硝子を使い、内部の温度を魔石で自動調整しています。
この仕組みで、王都では冬に手に入らない作物も収穫できるようになりました」
果実の鮮やかな色彩と、湿り気を帯びた甘い香りに、アレクシスは思わず感嘆の息を漏らした。
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次に案内されたのは、領地の中心部からさらに外れた山間部。
そこには、大きな魔法陣が刻まれた水路施設が広がっていた。
「これは……?」
「降雨量を感知して、自動で水位を調整するシステムです。
干ばつでも洪水でも、領地が被害を受けないようにしています」
水面に浮かぶ淡い魔力の波紋を見ながら、アレクシスは言葉を失った。
ただ美しいだけではない。そこには緻密な計算と、領民を第一に考えた設計思想があった。
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午後には、工房街の奥にある「開発区画」を訪れた。
ここは領民や若い技術者たちが新しい道具や仕組みを試作する場所だ。
アレクシスが目を止めたのは、滑らかな動きで動く木製の装置だった。
「これは、荷物を積み上げる補助器具です。力の弱い子どもや女性でも、簡単に荷物を持ち上げられるんですよ」
説明をする若い技術者に、エリシアはにっこりと笑って声をかけた。
「この前よりずっと安定してますね。改良したんですか?」
領民たちは一様に目を輝かせ、彼女に成果を報告していく。
その光景を見つめながら、アレクシスは静かに思った。
――この領地の発展は、ただの偶然や幸運ではない。
そこには確かな信頼関係と、前を向く意志があった。
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夕刻、再び屋敷へ戻る馬車の中。
夕陽に照らされた領地を眺めながら、アレクシスは深く息を吐いた。
「……想像を遥かに超えていました。
これほどのものを築き上げた領地など、王都にはひとつもありません」
彼の声に、カインは短く頷いた。
「父上も常々言っています。――“豊かさとは、領民と共に積み上げるものだ”と」
隣でエリシアは、窓の外に視線を向けたまま、静かに微笑んでいた。