領地の光景・郊外
市場を抜け、馬車は領地の外れへと向かう。
やがて視界いっぱいに広がる緑の大地に、アレクシスは目を細めた。
黄金色に実った麦畑が風に揺れ、遠くでは大きな水車がゆっくりと回っている。
整然と区画整理された農地の脇には水路が張り巡らされ、透明な水がきらめいていた。
「……見事だな」
アレクシスは馬車を降り、土の香りを含んだ風を吸い込んだ。
国境沿いとは思えないほど整備された景観に、ただ圧倒される。
カインが隣で口を開く。
「領内の生産力は国でも上位に入る。土地を改良し、農作物の品種を工夫した結果だ」
リリィが柔らかく微笑みながら補足する。
「数年前から農民たちと一緒に知恵を出し合って、少しずつ今の形になってきたんです。みんなこの土地を良くしたい気持ちは同じですから」
エリシアは隣でこくりと頷くだけ。
何か言いかけたように見えたが、カインの視線を感じて、口をつぐんだ。
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視察はさらに続く。
丘を少し登った先には、溜池と灌漑施設があった。
澄んだ水を引き込む水路が幾重にも枝分かれし、遠くの畑へと流れている。
「この辺りは雨が少ない地域と聞いていたが……これだけの水量を確保できるとは」
アレクシスが感嘆の声を漏らすと、カインは短く答える。
「雪解け水と地下水を利用している。魔道具の補助もあるが、維持は領民たちの努力によるものだ」
「領地の人たちが誇りを持って働いているんです」
リリィが胸を張るように笑みを浮かべる。
エリシアはそのやり取りを聞きながら、そっと水路を覗き込んだ。
澄んだ水面に、彼女の長い金髪がさらりと揺れる。
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夕暮れが近づく頃、視察を終えた一行は再び馬車に乗り込んだ。
夕陽が畑を茜色に染める中、アレクシスは静かに息を吐く。
「……ここが“辺境”とは、どうしても思えない」
カインは窓の外を見ながら淡々と答えた。
「だが、国境沿いであることには変わりない。油断すれば、すぐに危険が及ぶ土地だ」
その言葉に、エリシアも小さく頷いた。
何も知らないふりをしていても、この土地が抱える緊張感だけは、彼女も痛いほど理解している。