青年の来訪
辺境警備の任務を帯び、アレクシス・フォン・グランベルクは馬車を降りた。
王都から遠く離れた国境沿いの侯爵領――荒涼とした土地を想像していたが、目の前の光景はまったく異なるものだった。
石畳の街路はきちんと整えられ、家々の屋根には魔石ランプが柔らかく灯り、遠くの丘では巨大な水車がゆったりと回っている。
「…これが辺境…?」
アレクシスは小さく呟き、馬車の揺れでぼんやりした頭を振った。
訪問の目的は、侯爵家への公式な挨拶。
王都から派遣された次期公爵候補として、この地を訪れるのは礼儀だ。
領地の詳しい視察は後日の予定で、まずは侯爵家で家族に挨拶を済ませる。
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侯爵館の重厚な扉をくぐると、出迎えた家臣たちはきびきびとした仕草でアレクシスを広間へと案内した。
「次期公爵様、遠路お疲れさまです」
家臣の声に軽く頭を下げ、アレクシスは広間を見回す。
大広間には侯爵家の家族が揃っていた。
侯爵 レオナルド は穏やかに微笑みつつも、訪問者の動きに鋭い目を光らせている。
侯爵夫人 セレナ は優しい表情を浮かべつつ、どこか隙のない視線で場の空気を見守っていた。
次期侯爵 カイン(21) は背筋を伸ばし、学園時代の先輩としてアレクシスを見守る。微妙な牽制も含まれている。
侯爵家の長女 リリィ(18) は好奇心丸出しの目でアレクシスを覗き込む。
侯爵家の次女 エリシア(16) は遠くでちらりと見えるだけ。
家族は彼女の才能を悟られないよう、微妙に緊張感を漂わせていた。
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アレクシスは軽く頭を下げ、礼儀正しく挨拶する。
「久しぶりです、カイン先輩。侯爵家にお邪魔いたします」
カインは微笑みながらも、少し牽制の色を含めて答えた。
「アレクシス、久しぶりだな。学園時代と変わらず真面目そうで何よりだ。今日はこちらでゆっくりしていくといい」
その声には、先輩としての威厳と、家族を守る長男らしい慎重さが混じっていた。
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そのまま家族と食卓につく。
食事は豪華で、魔石で温められたスープや、色鮮やかな野菜料理が並ぶ。
侯爵夫人セレナは穏やかに微笑みながらも、アレクシスの様子を鋭く観察し、家族全員が侯爵嬢の才能が漏れないように細心の注意を払っていた。
リリィは目を輝かせ、わくわくした表情でアレクシスを覗き込む。
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形式的な挨拶や世間話に終始した会話の中で、アレクシスは侯爵家の温かさと統率力を次第に感じ取る。
そしてふと、金色がかった銀髪とアメジスト色の瞳をちらりと見た瞬間、彼は素直に「美しい」と思っただけだった。