国境の楽園
王都から馬車で七日。国境沿いの辺境、アルセイル侯爵領は「辺境」と呼ばれながらも、訪れた者を必ず驚かせる。
石畳の街路は隅々まで整えられ、透き通る小川がゆったりと町を流れ、子供たちは笑いながら水辺で遊んでいる。その小川の底には、淡い青色の浄化魔石が一定間隔で埋められており、水は常に澄み渡っていた。
この整備を、誰が行ったのか――領民たちは皆、口をそろえて言う。
> 「あのお嬢様だよ。うちの“妖精姫”が、ぜんぶ考えてくださったんだ。」
今日もその“妖精姫”、エリシア・アルセイルは、金色がかった銀髪をふわふわ揺らしながら市場を歩いていた。
透き通るような白い肌に、宝石のように輝くアメジスト色の瞳。まるで絵画から抜け出したかのような可憐さに、道行く誰もが足を止め、自然と笑顔になる。
「おはようございます〜! あ、カトルさん、こないだのトマト、本当に甘かったです!」
市場の野菜商人に笑顔で手を振れば、彼も大きな声で応じる。
> 「嬢ちゃんが作ったあの魔道耕耘機のおかげさ! 今年は豊作だよ!」
エリシアは首を傾げながら、にっこり笑った。
「えへへ、あれはちょっと試しただけなんですけど……。でも、役に立ったならよかったです!」
市場を抜け、彼女は町外れの丘へと足を運ぶ。そこには巨大な水車が回っていた。水車の軸には魔石が埋め込まれ、力を増幅しながら回転エネルギーを街の発電魔法陣へと供給している。
「今日も元気に回ってますね〜♪」
ふんふんと鼻歌を歌いながら点検をする姿は、まるでピクニック気分だ。しかし、彼女がふと手を翳して魔力の流れを微調整すると、水流が穏やかに整い、魔法陣の光が安定した。
それを遠くから見ていた領民たちは、今日も誇らしげに頷く。
> 「あの子がいてくれるから、ここは楽園なんだ。」
彼らは、エリシアが領地を豊かにした立役者であることを、よく知っていた。だが――その頭脳がどれほど桁外れなのかを、正しく理解している者は、家族と一部の家臣だけだった。