第5話『夜の生徒会室、ひとつめの選択』
日が暮れて、校舎に灯る蛍光灯が、昼間の喧騒を嘘のように沈めていた。
夜の学園には妙な静けさがある。
――そんな中、俺は“生徒会室”に呼び出されていた。
理由は、白雪ミコ。
あの完璧主義者で冷徹系の生徒会長からの直々の招集。
放課後を過ぎ、部活も終わり、生徒の姿がほぼ消えた校舎に、なぜ俺だけが呼び出されたのか。
「まさか本当に、怒ってる……のか?」
ドアをノックすると、返事はなかった。
恐る恐る取っ手を握り、開けると――
「来たわね」
彼女は、窓辺に立っていた。
校舎の外のグラウンドを見下ろす位置で、月明かりを背に受けながら、静かにこちらを振り返った。
「どうして俺なんかを……呼んだんですか」
「言ったでしょう。文化祭の準備に関して、大切な話があるって」
「……それって、この時間に、わざわざ、二人きりじゃないとできない話なんですか?」
「……誤解しないで。これは、生徒会長としての“義務”よ」
ミコは、机の上に何かの書類を並べていた。
「見て」
広げられていたのは、文化祭のイベント進行表。
そこに記されていた、俺の名前。そして、“恋愛応援部の演出補助”という役割。
「あなたは、フラグの中心に立ちすぎてる。だから、演出対象になるのではなく、演出側にも立ってほしい」
「俺が……?」
「そう。“観察される側”ではなく、“選ぶ側”になって」
ミコは真剣だった。
その瞳の奥には、からかいや冗談の色はない。
「私が言ってるのは、文化祭の話だけじゃない」
沈黙。
「――私は、あなたに、立場を与えたいのよ。受け身のまま流されて、気づけば誰かの“好き”に溺れていくような……そんな男になってほしくない」
「ミコ……さん」
「……そう呼ばれると、なんだか照れるわね」
一瞬だけ、彼女の表情が崩れた。
静かな夜の生徒会室に、俺の鼓動だけがやけに響く。
そして次の瞬間、彼女は、机の奥から一枚のカードを取り出して俺に差し出した。
「これは?」
「文化祭ステージの“自由演目”に申し込むための申請用紙。“誰かに告白する”という演出を、あなたが主導でやるなら……審査通過させてあげる」
「待って、それって……」
「……選んで」
ミコは言った。
「私か、それとも――他の誰かか」
彼女の瞳は、試すようで、でも少しだけ、怯えていた。
それは、完璧主義の仮面を脱いだ、ひとりの少女の目だった。
選べ。
この場で?
この空気で?
何も答えないまま、俺は用紙を握りしめ、無言で頷いた。
きっと、この沈黙が、今の俺の精一杯だった。
翌日。
教室では、相変わらず水瀬カナがにぎやかだった。
「ハル~、今日も文化祭準備、一緒にしよ? 台本のセリフ、練習付き合ってあげるから!」
「お前はお前で、普通にイベント誘導してくるな……」
「ん? なあに?」
カナは無邪気に笑う。
その笑顔が、なぜか少しだけ、胸に引っかかった。
その日の昼休み。天宮メイが、また俺の机の前に立っていた。
「……情報確認。昨晩、生徒会室で“告白フラグ”発生の兆候あり」
「お前、またどこからそれを……」
「リリカ部長から、データ提供されました」
「部長、どこまで手を回してるんだよ!」
メイは無表情で、だがじっと俺を見つめる。
「次は……私の番、でしょう?」
「いや、順番待ち制じゃないからな!?」
放課後、俺は恋愛応援部の部室に引っ張り出された。
ホワイトボードには、またしても意味不明なタイトルが。
【恋愛文化祭:三択分岐ルート予測】
1.白雪ミコルート:知性と葛藤と凛とした愛
2.水瀬カナルート:笑顔と日常と、幼なじみ補正
3.天宮メイルート:観察と謎と、未知なる関係
「何これ!? ゲームかよ!!」
リリカ部長は、くすりと笑った。
「ここから先は、あなたの“選択”次第。誰に“台本のない告白イベント”を任せるか――」
「俺はまだ、何も……」
「でも、選ばなきゃ進まないの」
その言葉に、俺は、また沈黙するしかなかった。
そして、文化祭当日が近づいていく。
俺の心は、まだ何も決まっていないのに――
あとがき
第5話、ありがとうございました。
今回は、ついに“最初の選択”が訪れる前夜を描きました。
白雪ミコ会長との距離が一気に縮まり、告白イベントの布石が敷かれます。
今後、他ヒロインたちの「揺らぎ」も加速していく予定です。
誰を選ぶのか。そもそも選べるのか。
この“ラブコメ文化祭”が、ただのイベントで終わらないように、物語をさらに加速させていきます。
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