第五話 月女神(ルナ)
その日の昼過ぎ、一行は街を出た。
カームは振り返り、手を差し出す。
「行こうか、ルナ」
頷いて、雪花石膏の膚の娘は彼の手をとった。相変わらずの無表情だが、心なしか瞳が輝いているように見える。世間知らずの子どもに似たその顔に、カームは笑いをかみ殺す。
名も無い娘は、「月女神」と名づけられた。
名前すら与えられなかったという事実に、ニートが「名前さえつけてないなんてどうなの!?」と義憤を燃やし、名づけへと相成ったのだが、
「まあ確かに、名前もないんじゃ不便だな」
「そうですね。何か考えましょうか」
「うん。……よし、じゃあ「ルナ」でどうだ?」
「るな?」
「月の女神の名前ですか。いいですね」
「よし。じゃあ決定ね」
「ところで、カーム?」
「うん?」
「それ、もしかしてルミナス教国の略?」
「……。よーし、じゃあルナに名前が決まったって教えてやろうぜー」
「流した!? え、図星!?」
などという一幕があったことは、ミラに連れられて湯を使っていた本人には教えていない。世の中、知らないほうがいいこともあるのである。
ついでに、水をかぶったまま放置していたので生乾きの上、変装もしていたのだろう、髪や膚がまだらになっている娘を風呂に連行していったミラが彼女を連れて戻ってきた際、「…………誰?」との三重唱が響いたのも余談といえば余談だ。髪と膚の染料を落とし、瞳に乗せた色硝子を外した娘は、まったく印象が違っていた。
フィアナの白さともまた違う、雪を欺く白い膚。月の光に似た髪は、金とも銀とも白ともつかぬ。虹彩と眼球はほぼ同じ純白で、その瞳孔だけがかろうじて青かった。まさしく月光が肉の身を纏って地上に降りてきたかのような娘。
はからずもあまりに似合う名を与えられた娘は、るな、と口の中で何度かその音を転がし、ほんの僅か、瞳を細めた。喜んでいるのだと悟り、一同は顔を見合わせ、笑った。
とりあえず「保護」という名目で旅に同行することになったルナは、辺りを物珍しそうに見回している。微笑ましいその仕草に、フィアナとミラが微笑む。
襲撃者の同行について、彼女たちは何も云うことなくすんなりと了承した。ルナの事情に関しては、告げても問題ない程度のことを話している。あまりに悲惨な話にフィアナは眉を寄せ、ミラは僅かに瞳に剣呑な色を宿した。ルナにも訳隔てなく接する彼女らの笑顔は、優しい。
「じゃ、ちょっと時間とっちゃったから急ごうか。頑張れば日暮れまでに、丘を越えられるよ」
地図と睨めっこしていたユリウスが、太陽の高さを見て云った。はーい、と女性陣の声が揃う。
カームも笑って、ルナの頭をぽん、と軽く叩き、地平を見据えた。
「よし、じゃあ行くか!」
太陽の落ちる方角を向き、一行は一路、『国境都市』セアレスへ。