第四話 尋問、のち事情聴取、そして
「さあ、話してもらおうか。――――誰に命じられた」
翌朝のことである。
あの後、部屋へ駆けつけたユリウスとニート、フィアナ、ミラは、倒れている娘と傷だらけのカームにぎょっとして、次いで慌ててカームと娘の治療に当たった。驚いたことに、フィアナは治癒魔法に長けており、かすり傷とはいえ身体中に無数にある傷をほんの短時間で癒してみせた。娘のほうも、後頭部に小さなこぶがある以外は問題なく、単に気絶しているだけだと診察に当たったニートは複雑そうな顔で告げた。
とりあえず尋問は彼女の目が覚めてからということで、一応の武装解除を済ませ見張りを置いた。これにはミラが手を上げたが、彼女にはボディチェックだけ頼み、カーム、ユリウス、ニートで交代で番を張った。
そして夜が明けて、意識を取り戻した彼女を取り囲む。
彼らの身分や任務を知らないフィアナとミラには少し席を外してもらっているので、部屋にいるのは娘とカームたちだけだった。
「わからない。男の人」
「男?若い男か、それとも年がいってたか?」
「おじいちゃん」
「そいつはお前になんて命令したんだ?」
「聖騎士を殺せって」
「ってことは、お前は俺が聖騎士だって知ってたんだな? 何故?」
「絵」
「絵?」
「絵を幾つか見せられて、同じ顔があったら殺せって」
ああそうか、と合点したように頷いたのはユリウスである。
「……式典の際には聖騎士は全員出席するからね。顔くらい覚えられてても不思議じゃないんじゃないかな」
「……だな」
ああもう、厄介なことになった。胸中を隠しもせずに溜め息して、カームは娘へ問いかける。
「で、お前はどこの国の人間で、名前はなんていうんだ?」
娘はその問いにわずかに首を傾げた。淡々と淀みなく答えていた口が閉じる。
「……なまえ……。……国。……わからない」
「――――あのな」
カームは娘を睥睨し、声を低めた。
「お前は、人ひとりを殺そうとしたんだぞ。しかもそれは一応、ルミナスの象徴たる聖騎士だ。今黙秘してもどうせ調べられるんだ。尋問が拷問になる前に、素直に吐いといたほうが身のためだと思うがな」
恫喝とも取れそうなカームの言葉に怖気づく様子も見せずに、娘はただしぱしぱと眼を瞬いてカームを見つめる。
「身のため?」
「このまんまだったら、斬首刑にもなりかねないってことだ」
それはまったくの脅しでもなかったが、特に何か感じた様子も見せずに娘は了解したとばかりに小さく頷く。
「それなら、命令を果たせる」
「…………は?」
期せずして声が揃う。ハモりにさえならない斉唱をしてしまった彼らは、一様に頭に疑問符を浮かべていた。
ギロチンにかけられることが、命令の遂行になる?
「……もういちど訊くぞ。その誰かは、お前に何て云って命令した? できるだけ正確に云ってくれ」
カームの戸惑い気味の質問に、娘は淀みない口調ですらすらと命令を復唱する。
「これらの絵に描かれているのはルミナス教国の聖騎士だ。見かけ次第、速やかに殺せ。成功にしろ失敗にしろ、終われば足がつかないよう、即座に自己処分しろ」
「なッ……!?」
あまりにも酷い命令内容に少年たちが目を剥いても、娘はまったく表情を変えない。
「お前……それで、良いのか? 聖騎士を殺したら、お前も一緒に死ねって云われたんだろう? そんな命令を素直に聞いたのか?」
怪訝、を通り越し、信じられないようなものを見る目で訊ねるカームに、娘は訳がわからないといったふうにきょとんとする。
「……それって、駄目なことなの?」
ことりと小首を傾げる彼女に、一同は絶句した。
無言で顔を見合わせて、彼らは彼女の処遇について談義する。
「カーム……どうするの?」
「彼女、本当に、何にも理解してなさそうだよ?」
「いや、流石に……これは、なあ……」
「……ねえ、見逃してあげるのって出来ない? だってこんなの、ないよ」
「駄目だよニート、それじゃまた襲ってくるかもしれないし、この分じゃそのまま自殺しかねない」
「何にせよ無罪放免なんて無理だ。国内のことだし、俺が聖騎士だってわかってて襲ってきたんだからな」
「でも無事だったんだし」
「……浅くとはいえ、腹割かれたんだけどな、俺」
「治ったから問題ないだろ。法はともかく、情としてはなんか、やりきれないっていうか」
「他人事だと思いやがって……」
「これじゃあ名前も背後もわからないっていうのも嘘じゃなさそうだね。本当に教えられてないんだろう」
「ねえ、責任無能力者として減刑ってできないかな?」
「本当に他人事だなお前ら。いや、話聞いてると、単に一般常識的なものがないってだけで、思考力も判断力も年相応にはあるみたいだから、無理だろ」
「でも、暗殺はともかく、自殺しろなんて命令に従っちゃうあたりでもうおかしいわよ!」
「多分、人間的に真っ白な状態なんだろうね。生まれた時からそういう価値観を植えつけられて育ったんじゃないかな」
「なにそれ、ひっどい! もうこんなの、罰する理由ないじゃない!」
「……だが、罪は罪だ。看過はできない」
「このこは悪くないわ! 悪いのは、命令した奴よ!」
「僕もニートに賛成。彼女はまるで赤ん坊だ。何が善くて何が悪いか、わかっていないんだ」
「つってもな……」
娘は困惑する三人を前に、抵抗らしい抵抗もせずにただじっと彼らを見つめている。その態度は諦観とか覚悟とか、そういうものではなかった。
聖騎士に刃をむけたとあれば、例え未遂であったとしても厳刑は免れないだろう。しかし、この娘はおのれが何をしたのかまったくわかっていない。それどころか、「人を殺し自殺しろ」などという無茶苦茶な命令に、疑問ひとつ抱いていない。
彼女は「捨て駒」どころか、ただの「使い捨ての道具」でしかないのだ。
そして彼女自身、おのれがそういうものであることを信じている。
訴えるような二対の眼差しから顔を背け、カームは宣言する。
「俺は、ルミナス教国の聖騎士だ」
よって犯罪者を見逃すことはできない。
きっぱりと云い放たれた、それは正論であったが、年若い正義感に満ちている少年たちには納得し難いものだった。
石頭、と怒鳴りつけてやろうとしたニートの機先を制して、しかし、とカームは続ける。
「何もわからない、赤子同然の人間に殺しをさせるなんて所業は赦されることじゃない。そしてそのように教えられて育ったならば、ある意味被害者だ。教国は、それを保護するのにやぶさかではない」
ユリウスとニートはカームの言葉を頭の中で反芻し、二秒後、揃って呆れた顔になった。
「……そっか。「情状酌量がありそうなので罰しません」っていうのをカーム語に訳すと、そうなるんだ」
「そういえばカーム、外交官の息子だったわね……」
なんといえばいいのか、素直ではない少年に、ふたりはそろって苦笑をこぼした。そっぽを向いている彼の横顔は憮然としていて、それなりに長い付き合いの彼らには、それはただの照れ隠しなのだと推察できる。
娘はただ、じっと彼らを見つめている。