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DIVINE GARDEN  作者: 銀猫
2/6

第一話 綴られていく物語

   

「うわあ、すごいねえ!」

 虎目石の大きな瞳をキラキラと輝かせ、ニートは歓声をあげた。茶に近い金の髪が陽光を浴びて、その表情に負けぬ黄金(こがね)に輝く。

 色鮮やかな露天のテントが立ち並ぶバザールには、物売りの威勢のいい掛け声が飛び交っていた。荷車が石畳を行く音、人々のざわめきが活気にあふれた大路を彩り、まるで祭りのような賑やかしさである。 

 カームはそんな喧騒を心地よく受け止めながら、きょろきょろと視線をめぐらせる少女の様子に苦笑した。楽しそうなこと、面白そうなものを探すのに一生懸命な彼女は、本来カームとはひとつしか年齢が違わないのに、彼よりもだいぶ子どもじみて見える。

 カームは晴れた日の水溜りの瞳を細め、幼子に諭す口調でニートを嗜める。

「ほら、あんまりはしゃぐな、ニート。一応仕事だ」

「う、そんなのわかってますーっだ。……あ、見て見て、あれ何だろ?」

「わかってないだろお前」

 云った側からどこかへ駆け出そうとした幼馴染を、首根っこを引っ掴んで引き戻す。レディに対してあるまじき、というか、猫の子でも扱うかのような暴挙に、ニートは「何するの」と抗議したが、カームは「やかましい」の一言で切り捨てた。

 そんなコミカルなやりとりに、ふたりの一歩後ろを歩いていたユリウスは思わず噴出す。

「何だよ」

「何よ」

 笑われた当の本人たちはむっとしてユリウスを睨みつけたが、それがあまりにも息ぴったりだったので、彼はいっそう紫がかった暗紅色の髪を揺らし笑い転げた。

 さらりと流れる髪から覗く耳は、優美に長い。

 風の民との混血である少年は、くつくつと喉を鳴らしながら思慮深さにひかる苔緑色(モスグリーン)の瞳を彼らに向ける。

「いや……さ。ふたりとも、十分はしゃいでるように見えるよ?」

 彼の上官である灰色髪の少年は、公務中は役職に相応しい落ち着きをもって振る舞っているが、幼馴染の少女とコンビを組むと途端に子ども返りする。

 笑い含みの指摘に聞き捨てならぬと噛み付いたのは当のカームである。

「ちょっと待て、はしゃいでるのはニートだろ、俺はこいつを止めてるだけで」

「いつもよりその制止が面白いのは気のせいかな?」

「気のせいだ!」

 怒鳴りつけてそっぽを向く彼の耳が、少しばかり赤くなっているのに気づいてまた笑う。

 一方のニートはおのれの振る舞いも少年の羞恥も気にせずに、あー! と明るい声をあげた。

「ねえねえカーム、あそこでフルーツジュースを売ってるよ! その場で搾ってくれるんだって!」

 つい今さっき釘を刺されたばかりだというにも関わらず、立ち並ぶ店のひとつを指して楽しげに声を弾ませるニートに、カームは溜め息を吐く。

「だからな、あんまりはしゃぐなって――――」

「天気が良いから喉が渇くの! ちゃんとふたりの分も買ってくるから! あ、経費でよろしくね!」

「おりるか、こんなんで!」

「じゃあカームのおごりー!」

「ふざけンな――――!!」

 怒髪天を衝くカームの叫びなど軽く聞き流し、ニートは赤いパラソルが可愛らしい露店へ突進していった。カームはその後姿になんか色々と云いたかったが言葉にならず、がっくりと諦めたように肩を落とす。

「……俺、人選、間違えたかもしれん」

「もしかしてね」

 ひとりごちた呟きをさらりと肯定してくれた副官に恨みがましい眼を向けるが、彼はそれに気づかぬ振りで笑っている。

 ひとしきり笑って、その笑みがふと翳る。

「……でも、信じられないなあ……」

「……俺もだ」

 ぽつりと呟いたカームの瞳にも、似たような影が落ちていた。

 ――――暗殺、なあ……。

 頼んだよ、と真剣な瞳をした黒髪の少年が脳裏に揺らめいた。カームらが住みなれた街を離れ、国境近くの街まで旅してきた、そもそもの理由。

 カームの友人であり、仕えるべき主である少年からの要請が始まりだったのだ。


「秘密裏にマグナード王国へ行ってきて欲しいんだ。随行は君が決めてくれて構わない」


 『神棲まう国』ルミナスの首都、聖都ミストラス。白亜の王城の一室で、開口一番、シャリオはカームに向けてそう云った。 

「マグナードへ?」

 カームは少しばかり面食らい、ぱちりと瞳を瞬かせる。

 『(つるぎ)の王国』マグナードは、ルミナス教国と隣り合う軍事国家である。

 カームの養父が外交官という職に就いていたため、カーム自身も幼い頃から諸外国を行き来しており、特に隣国の王子たちとは仲の良い友人だった。双子の妹姫とは口約束の婚約者でもある。

「あの国で何かあったのか?」

 王族の誰かが病になったとか、それとも内乱の噂でも出たのだろうか。

 眉をひそめるカームに、シャリオは灰色の瞳に憂いの色を乗せて頷いた。

「……マグナード国王が、暗殺されたという風聞(はなし)が届いたんだ」

 予想よりもずっと悪い――――いや、予想すらできなかったその話にカームは驚愕した。

「レオン四世陛下が!?」

 マグナード王国の国王である――――いまや「あった」というほうが正しいのかもしれないが――――レオン四世は、地方の小国でしかなかったマグナードを、大陸最強国家へと導いた希代の名君である。平和的に戦乱に終止符を打った英雄として、民からは尊敬と畏怖をこめて、伝説の覇王レオンを越える英雄、ハイレオンと呼ばれている。

 ――――それほどの賢王が。

「……そんな、まさか。あの方が、暗殺されるなんて……」

「うん、私もそれは容易には信じられない。だが、亡くなられたことは、確からしいんだ」

 謁見、というほどのものでもないが、カームは何度もハイレオン王と直接言葉を交わしている。幼いカームやニートがマグナードの王子らと遊んでいれば、政務で忙しい中でも必ず顔を出して、小さな頭を撫でてくれた。悪戯が過ぎれば実子と隔てなく拳骨を落としてくれて、そして笑って許してくれた。

 その、ハイレオン王が。

 ぐ、と唇をかみ締めるカームに、シャリオがだから、と静かに口を開く。

「君にはことの真偽を確かめてきて欲しい。真実レオン四世が暗殺されたのか。また可能ならば、下手人やその背後関係を」

 シャリオがカームにこの話を持ってきたのは、カームが異国慣れしているからというだけでも、信頼できる人間であるからというだけでもないのかもしれない。 

 カームは――――ルミナス教国の聖騎士(パラディン)は、流れるような所作で膝を付き、祖国の第一王子へと(こうべ)を垂れた。


「――――拝命仕りました」


 シャリオのもとを辞した後は慌しいものだった。

 随行員には、副官であり、優秀な魔導師であるユリウスと、部下兼幼馴染の看護兵、ニートを選んだ。共に信頼できる友人であり、何かあっても大概のことには対処できる実力者である。彼らに話を通した翌日には、一行は旅支度を整え、マグナード王国へと向かっていた。

 今回はあくまでも密命であるため、彼らは各々の正装ではなく、街道を行く旅人に扮している。

 思いのほかニートがはしゃいでいるが、それも物見遊山の旅人らしいとえばいってしまえば不自然ではない。これならばそう目立つこともなく、マグナードへも潜入できるだろう。

 ――――だというのに。

「女の子相手に何するの!? 格好悪いよ、そういうの!」

 昨今珍しいくらいにわかりやすいゴロツキを向こうにして高らかに声を張り上げているのは、まぎれもなくおのれの同行者である少女だった。 

 ――――な・に・を・やっているんだあいつは!!

 カームの言葉にならない怒りを感じ取ったか、ユリウスが苦笑混じりに解説をしてくれる。

「……いや、立派な行いだと思うよ? 絡まれてる女の子を助けに複数人の男に食って掛かるなんて、誰にでもできることじゃない」

「……ああ立派だ、俺もこれが聖都だったら褒めてやった。だけどな、今の俺たちの立場をわかっているのかアイツは!?」

「わかってはいるだろうけど……多分、あれ見たとたん、抜け落ちたね。あの分じゃ」

「ああもう……ッ!!」

 カームは頭をばりばり掻き回して、いまや騒動の中心となっている妹分のもとへと心底嫌そうに寄っていった。ユリウスも肩をすくめそれに続く。

「はいはいはい、そこまで!」

 睨み合う両者の間になんとか身を割り込ませ、少年たちは少女と男たちを分離する。何か云いたそうにしているニートと絡まれていた少女の相手はユリウスに任せ、カームはガンたれる男たちが口を開く前に、先手必勝とばかりにまくし立てた。 

「俺の連れが失礼なことを云っていたらすまなかった。謝罪する。こいつはあとでしっかり絞っておくから、ここらへんにしといてくれ。そんじゃ、これ以上アンタら刺激しないうちに、俺たちは退散するから」

 そしてユリウスを目線で促しその場を離れようとするが、もちろんゴロツキどもが許してくれるはずがない。

「ッあァ!? ッだテメエはよお!?」

「正義の味方気取りか、兄ィちゃん? カッコイイー!」

「はいそうですかーって帰すと思ってんのかゴラァ!?」

 ああもうやっぱりな。

 巻き舌バリバリのあからさまなヤンキー口調に辟易した色を隠しもせず、カームはうんざりした顔でちらりと男たちを一瞥する。

「……俺が引いてやってるうちに素直に帰っとけ。あまり度が過ぎるようであるなら……少し、痛い目に遭ってもらうぞ?」

「痛ェ目え!? なんだってンだよォ!」

「面白えじゃねえの、どうするってんだ坊や(バンビ)?」

「痛い目に遭うってェのは、テメエのことかい!?」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ! そのとおりだ!」

 ゴロツキどもは聞くものを不快にさせるような、下卑た笑い声をあげた。

 ――――ま、ここで素直に忠告を聞き入れられる程の頭があるなら、チンピラなんてやってないか。

 内心溜め息を吐いて、カームはやれやれとばかりに軽く肩をすくめる。

 そして、ゆっくりと右手を動かし――――勢いよく、長剣を振り下ろした。

「……な……ッ、な、ななァッ!?」

 奇声を上げて、刃を向けられた男が後ずさって尻餅をつくように座り込んだ。彼の鼻の頭に、小さく血の玉が浮かぶ。 

 仲間を傷つけられた男たちはしかし、怒りの声を上げることもできずに立ち竦んだ。――――この少年は今、何をした?

 否、何をしたかはわかっているのだ。剣を抜き、振り下ろし、仲間の鼻先を掠め静止した。だが、その過程がまったく見えなかったのだ。

 ぱくぱくと酸欠の魚のように口ばかりを動かす男に、ひたりと剣の切っ先を突きつける少年の瞳はあくまで平静で、怒りや高揚などといった感情は欠片も見られない。強いて云うならば――――彼は、とても面倒臭そうだった。

「もう一度だけ云うぞ。そこらへんにしとけ。これ以上絡むってんなら、少し、痛い目に遭ってもらう」

 そして少し考え、言葉を足す。

「具体的に云うと、三日はベッドから起き上がれないくらい」

 いやにリアルな日数を出されて、ゴロツキ共は淡々とした少年の本気を感じ取る。ぐうう、と冷や汗と共にうめき声を漏らし、舌打ちしながら野次馬を掻き分けて立ち去った。腰を抜かした男が慌ててそれを追いかける。

「べーッだ。一昨日いらっしゃい」

 その滑稽とも云える背中に舌を突き出すニートの頭が、がしりと掴まれた。

「ニ・イ・トー……」

 地を這うような声にたらりと冷や汗を流し、ニートは作り笑顔でゆっくりと振り向く。そこには同じく作り笑顔の、しかし色々なところが隠しきれずに引きつっているカームの顔。

「……っの、馬鹿娘!!」

 至近距離で思い切り怒鳴られ、ニートは反射的に首をすくめた。

「目立つような真似はするなって云っただろ! なんでわざわざ自分から騒ぎに飛び込んで行くんだ、お前は!」

 幼馴染のその迫力にニートはうっと一瞬怯むが、負けじとばかりに云い返す。

「だってえ! ほっとくなんてできないでしょ、カームこそそれでも騎士なの!? 弱気を助け強きを挫くのが騎士なんじゃないの!?」

「だからこそだ! 宮仕えにはおのれの職務が第一なんだよ!」

「こんの冷血人間ー!」

「……ふたりとも……。目立ってるよ……」

 そして声が大きいよ。

 とほほと肩を落として控えめに突っ込むユリウスと、そんなもん耳にも入らずに云い合うカームとニートは、今の一幕のこともあり、とてもとても人目を引いていた。

「……あの、」

 そんな雑踏に劣らず賑やかしい一同に、鈴のように軽やかな声がかけられる。

 その声音の美しさに思わず顔をそちらに向けると、三人は揃って大きく眼を見張った。

 綺麗な少女だった。

 軽く波打つ長い髪は処女雪の純白で、膚は白を通り越して透き通るような色をしている。レースのような睫毛に縁取られた瞳は銀の散った夜群青(ダークブルー)。その星空の輝きからは、彼女のやさしさと聡明さが見てとれた。

 小作りの顔には形のいい目鼻が品良く並べられ、ローブの下からちらりと見える四肢は華奢で、触れれば壊れてしまいそうな陶器の人形を思わせる。まだ十代も半ばに差し掛かるかどうかという年頃に見えたが、その美しさは完成されていた。

 少女は見惚れる三人に向かってにこりと笑んだ。春先に蕾がほころぶような笑みだった。

「ありがとうございました。助かりましたわ」

 その言葉に、もともとゴロツキたちに絡まれていたのは彼女なのだと、カームはようやく理解する。そして、これならばナンパもしたくなるよなあと、追い払った連中の心情をしみじみ思った。やり方を間違っていたのは事実なので、同情などする気はないが。

「どういたしまして!」

 ニートが満面の笑みを返す。カームを押しのけて少女の前に立ち、彼女の両手をとった。

「大丈夫だった? 怖かったね、ごめんね、カームが来るの遅くって」

「俺のせいか」

「いいえ、とんでもないです。助かりました。本当にありがとうございます」

「無視か……」

 女同士だからか、それとも性格ゆえか、初対面であるのに既知のようににこにこと笑いあうふたりの少女に、カームは首を落として一歩下がった。そんな彼の肩を、ユリウスがぽんぽんと叩く。

「『男にとって、女は山の天気であり、嵐の夜の海であり、未開の地そのものである。捉え難く、翻弄されるばかりで、何ひとつとして正確なことはわからない』――――養父(ちち)の言葉だよ」

「流石クレメンテ様……いいこと云うな」

 子猫のように気まぐれな少女を相手取るにはまだ圧倒的に経験が足りない少年ふたりは、楽しげに会話を交わす少女たちに口を挟むこともできないまま、ただその場に突っ立っているだけだった。

「アナタ、ひとり? 駄目よ、アナタみたいな可愛い子がひとりで歩いてたら、さっきみたいに絡まれちゃうわよ?」

「いえ、連れがいるのですが……生憎、この人波ではぐれてしまって」

「あらら、それは大変」

 云いながらカームを見るニートに、彼は諦めたように手のひらを見せた。好きにしろ。ニートは幼馴染の意思を完璧に汲み取り、にかりと笑った。

「じゃあ、一緒にバザール回ろうよ! その人も、きっとアナタのこと探していると思うし、すぐ見つかるわ!」

「え? でも、ご迷惑では……」

「全っ然!」

 ためらいなく云い切ったニートに笑みをこぼし、少女はでは、と頭を下げる。

「申し訳ありませんが、お言葉に甘えてしまってもよろしいでしょうか?」

 もちろん――――と、ニートが答えようとしたとき、鋭い声が飛んだ。

「御嬢様!」

 緑がかった黒髪をなびかせて、少女に駆け寄ってきたのは、カームらよりも五つほど年上と思しき女性だった。

「ミラ!」

 女性を見て、少女はぱっと顔を輝かせる。その少女の頬を両手で包んで、女はほうと安堵の息を吐いた。

「よかった、ご無事で……」

 女の両手にみずからのそれを重ね、少女が微笑む。

「平気ですよ。貴方の方こそ、大丈夫でしたか?」

「私など。それよりも申し訳ありません、このような場所で御嬢様から離れてしまうなど…」

「この人です、仕方がありませんよ」

 少女は恐縮仕切りの女を慰めるようにやわらかく瞳を細めた。

「それに貴方だけが悪いのではありません。私もついつい余所見をしてしまって、貴女を見失ってしまいました。ごめんなさい」

「いいえ! 私が注意していれば……御嬢様、先程このあたりで人だかりができていたようですが、何もありませんでしたか?」

「ええ、大丈夫です。こちらの方々に助けていただきました」

「まあ……」

 少女の言葉に、女は小さく呟いてカームらの顔をしげしげと見つめ、ふわりと表情を和らげた。 

「ありがとうございました。私の不注意で御嬢様から離れてしまい、その間にもしも何かあれば、私は『光の神(ルミナス)』に顔向けができませんでした。心より御礼申し上げます」

「いえ、そんな!」

 深々と頭を下げられ、ニートは慌てて手を振った。

「あの、顔を上げてください! 何にも、大したことしてないんです! カームもユリウスも来るのが遅いし!」

 丁重に礼を云われ面食らったか、女に気を使っているのか仲間を貶しているのかわからないことを口走る。散々言葉を尽くした後に(主にニートが)ようやく顔を上げた女は、よろしければお礼にお茶でもと、パラソルの下にテーブルと椅子を置いたオープンカフェ風の露店へ一行を誘った。

 そういえばニートが飲み物を買いに行ったのがそもそもだったのだと思い出し、カームは喜び勇んで頷く少女を止めることはせずに成り行きに従う。うまい具合に丁度席が空いたのでそこに掛け、めいめい飲み物と軽食等を注文する。

 店員が去っていき、なんとなしに沈黙が訪れたが、少女の声がすぐにそれを払拭した。

「貴方がたは旅人さんなのですか?」

 にこにこと訊ねる少女に、カームはニートが下手なことを口走る前にと、当たり障りのない返事をする。

「ああ、聖都から来たんだ。アンタらは?」

「まあ、偶然ですね。私たちもミストラスから来たんです」

「わあ、そうなの? どこへ行くの?」

「ええ、セアレスへ」

「『国境都市』へ?」

 ユリウスが意外そうに目を見張った。マグナードとの国境の街であるセアレスへは、ここからまだ大分遠い。

「おふたりだけで、ですか?」

 だから彼が思わずそう訊ねてしまったのも無理はない。近年、目立った戦乱などは起こっていないが、女二人で旅ができるほど治安が良い訳でもない。 

「ふたりだけですけれど……」

 少女はちらと隣に座る女を見て、ユリウスに視線を戻すと明るく笑った。宝物を自慢する子どものような笑顔だった。

「ミラはすごく強いんです。とっても頼りになるんですよ。大抵のことだったら、彼女が何とかしてくれますから、私は安心なんです」

「御嬢様……」

 困ったように眉をひそめた女の頬が微かに赤い。なんのてらいもなく褒めちぎられて、面映いのだろう。ニートは仲の良い姉妹にも見えるふたりにふふ、と頬を緩めて、ふいにぱんと手を打った。ねえ、よかったら、なんだけど。 

「私たち、マグナードまで行くところなの。方向が同じだったら、一緒に行かない? やっぱり女性の二人旅って、さっきみたいなこともあって、物騒だし」

 楽しそうに思いつきという名の提案をするニートに、カームは慌ててストップを掛ける。

「おい、ニート!」

 ヘッドロックをかましてそのままずりずりと椅子ごと後ずさり、距離をとる。

「お前、自分の立場忘れたか!? 何を云ってるんだよ!」

 小声で怒鳴るなんて器用なことをしてのける幼馴染に、ニートはぷうと頬を膨らませた。

「忘れてないわよ、お仕事で、密命でしょ?大丈夫よ、国境まで一緒に行くだけなんだから、問題なんてないじゃない」

「わかってるっていうんなら、頼むから密命って大声で云わないでくれ……」

 ごそごそと云い合っているその会話は、参加していない残りの三人にも丸聞こえで、ユリウスは思わず天を仰ぐ。少女と女は聞こえない振りで、慎ましく沈黙を守ってくれた。

 オーダーが届くくらいの時間を掛けた、一緒に行く・行かないの攻防戦は、ニートの勝利に終わったらしい。嬉々として少女たちを誘う彼女に、カームはもう何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

「……ま、女連れならカムフラージュにはもってこいか」

「また君はそういう……」

「……ん?」

 開き直りのつもりか、まったく可愛げのないことを呟くカームにユリウスは溜め息を漏らし、ニートはどこかひっかかりを覚えて首を捻る。

 彼女が解答に辿り着く前にと、カームは少女らに声を掛ける。

「こいつが勝手に話を進めて悪い。でも、アンタらがよければセアレスまで一緒に行かないか?多分そのほうが安全だと思うぜ、お互いに。人数は多いに越したことはないからな」

「そうよ! 私、女の子がいてくれると嬉しいな!」

 何の含みもない笑顔につられて、少女も困惑気味だった表情をやわらげる。

「ええ。それでは、ご迷惑でさえなければ、ご一緒してもいいですか? ……いいですよね、ミラ?」

「はい、御嬢様」

「決まりね!」

 ニートは嬉しそうに云って、少女に手を差し出して笑う。

「私はニート。こっちがカームで、こっちがユリウス。アナタたちの名前を聞いてもいい?」

「あら。私ったら、名乗りもせずに……」

 口元に手をやって、次いではにかむように少女は笑った。年相応の、明るく幼い笑顔だった。

「失礼致しました。ええと、彼女はミラ。私の友人、兼保護者です。私はフィアナ。よろしく御願い致しますね」







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