プロローグ 誰にも届かなかった言葉たち
こんにちは、銀猫です。初挑戦かもしれない正統派ファンタジーです。篠森様の素晴らしい世界観を最大限に表現できるよう、頑張りたいと思いますので、なまあったかい目で見ていていただければ幸いです。
それでは皆様、どうぞお楽しみくださいませ。
「――――さーあてさてさて、はじまった。マリオネッタが、はじまった」
白の満ちる空間に、泡のようにぽっかり浮かんだ音が木霊した。
「古よりもなお昔、神代の頃より綴られし、御伽話が幕開ける」
できそこないの輪唱めいた、弾むような旋律は、やがてひとつの声となる。
「舞台となるは神の庭たる人の国。歌い踊るは死すべき運命の人の子ら。その宿業に従いて、いくさに臨む勇者たち」
すう、と白より音もなく、宙に浮かんだ三日月ひとつ。
にんまり笑んだ唇は、白い歯こぼして高らかに。
「さてもさても勇ましき、戦歌を歌いて剣と舞う。紡ぎし言葉は力在り、祈りは傷つき倒れし者をも癒す」
宙を弾む口ばかりが伝説を唄う。勇壮で荘厳で、寝物語のような英雄譚。
「神の御業は何処に在りや? 人の奇蹟は何処に在りや?」
ぽっかり浮かんだ三日月の、またその上に三日月ふたつ。笑みを象る双眸は、白い貌を彩った。
徐々に容を現せる、細い頸と細い四肢。白い霞が周囲に凝り、ひとつの姿をあらわした。
模した姿はおんなのこ。月の光の降る夜に、雪原に落ちる影にも似た、銀髪揺らして少女はうたう。
「神の御業は天上に。人の奇蹟は地の上に」
白の満ちる空間で、くるりくるり楽しげに、ステップ踏んで少女は踊る。
「――――神へと挑む人の子らに、どうか幸あれ、光あれ」
*
蒼い夜闇の部屋を、月灯りばかりが照らしていた。
スポットライトに照らされた舞台であるかのようなその場所に佇む男は、月光のせいばかりでなく白い顔をしている。
それもそのはず。男の腹には深々とナイフが突き刺さっており、彼の身体を流れていた生命が、ぼたぼたと下半身を濡らしていた。
「――――儂を弑するか」
低く、男が呟いた。
深みのある声は重厚でいながらよく透り、語ることに慣れた者のそれである。
「神となるつもりか。あの程度で全てを知った気か」
暗殺者は、答えない。
く、と男の喉が鳴った。
それは、死への恐怖ではない。
腹を刺された痛苦ではなかった。殺される理不尽への悔しみではなかった。
男の身体が震える。そしてそれは大きな揺れに変わり――――
彼は、天を仰いで哄笑した。
「ははははははははははははは! はははははははははははははははは!」
死を目前にして自棄になった訳でも、気が触れた訳でもない。
男は、ただ純粋に、どこまでも純粋に、圧倒的な愉悦でもって――――笑っていた。
「ははははははは! 成程成程! これは――――こんなに面白いことはない! 『神殺し』が神となるか! いや、木乃伊になるか、木乃伊獲り!ははは、はははははははは!」
そして男は大きく両手を広げた。役者のように大仰な、しかし支配者の威厳に満ちた動きだった。
「それならば思うまま行動するがいい! そして知れ! 人は時に神をすら超える生物であるということを!!」
さながら年老いた雄獅子の咆哮のごとく。
虫の息でありながら、それでも弑逆者へと獰猛に歯を剥き出す。それは肉食獣の笑みにとてもよく似ていた。
「伝えよ。――――死など、ただ、これだけのことだ」
男は、不敵ににやりと笑い――――
そのまま、どうとその場にくずおれた。
――――大陸最強国家を統べる、『覇王を超える者』王の崩御である。