あの頃のまま
気づいたら置いてけぼりになっていた話
久しぶりに会った友人は随分大人びていた。
短く整えられた髪はあの頃の伸びかけたショートヘアと違って洗練されている。
似合うメイク、似合う服を分かって身につけていて、どれも彼女の美しさを引き立てている。
「会えるの楽しみにしてたんだ」
笑顔は当時のままで、大人っぽさの中にあどけなさもある。なんだか昔に戻ったような気がして思わず顔が綻ぶ。
聡美は中学生からの親友だ。2人でいればなんにだってなれる気がした。世界は輝いていて、これからの人生も虹色だと信じていた。
「ねえ、あのアニメすごいんだよ」
「そうなんだ。最近はあんまりアニメ見なくなっちゃって。」
「そっか……あ、ねぇ、じゃあこの曲聞いてる?昔2人でライブ行ったりもしてたよね。」
「うわ、懐かしい!よく聞いてたなぁ。今こんなの歌ってるんだね。」
突き放すような返事はしないけれど、そこから話題が広がることはない。相手が合わせてくれているから会話が成立しているように思えてなんだか居心地が悪くなる。彼女がもう同じ場所に居ないことを少しずつ実感した。自分だけがあの頃から進まずに取り残されている。
勝手に感じた気まずさに耐えきれずに話題を変える。
「そういえば、聡美はすごく大人っぽくなったよね。私だけ昔のまんま変わってない。服だって全然気遣ってないし恥ずかしいや」
「そう?でもそれがあかりの良いところだよ。自分を貫いてるっていうかさ。あの頃と変わらないから、昔に戻った気分になるよ。」
笑いながら返す彼女の顔に悪意は無い。変わっていない、ということを否定せず、ポジティブに言い換えてくれる優しさが何故か心にチクリと刺さる。
自分を貫いているわけじゃない。
服装もメイクも、みんないつの間にか覚えて先に進んでいる。気がつけば周りの友達はみんな洗練されていき、私は磨かれることもなく垢まみれでその場に立ち止まっていた。
外からゴロゴロと音が聞こえてくる。
「天気崩れてきたのかな」
「あかり天気予報見てないの?今日は夜から雨降るんだよー。そこも変わんないのね。」
コロコロと笑う彼女につられて私も笑う。
天気予報なんて昔は聡美も見ていなかったはずなのに。
そろそろ帰ろうか、という雰囲気をどちらともなく出し店を出る。外ではもう雨が本降りになっていた。
「今日はすごい楽しかったなぁ。聡美、次はいつ空いてる?」
「あー、その事なんだけど」
言いづらそうに聡美が切り出す。
「私来月から転勤でさ、大阪行くんだよね。あ、でもたまに帰ってくるし、予定分かったらまた声かけるね!」
「転勤、するんだ」
同い年なのに転勤を任されるほど仕事をしているんだ。未だに実家暮らしでアルバイトをしている私からしたら眩しかった
「すごい。仕事頑張ってるんだね。」
「まあ転勤っていうか研修なんだけどね。資格取って次の仕事の幅広げたいんだ。会社がやる研修だから自分でお金出すわけじゃないし」
聡美はすこし照れたようにはにかんで言う。
「そっかそっか。頑張ってね。私いつでも空いてるしまた誘ってよ。」
「うん。じゃあ、またね!」
鞄から折りたたみ傘を出すと振り返らずに聡美は帰って行く。
私は雨に打たれながらこれまでのことを思い返した。
同じタイミングで高校を卒業して2人とも別の企業に就職した。
月に一度は遊んで、「仕事やめたーい」なんて2人でこぼしていた。
3ヶ月で離職した私を見て聡美は「私も次のボーナス貰ったら辞めようなあ」なんて零していたのに。
辛いことから逃げた私と反対に、聡美はコツコツと努力していた。だからこそ今、会社からも期待されて研修に行けることになったんだ。それがどれだけ凄いことか分からないくらいに、私と彼女は遠い場所にいる。
帰宅する頃には全身がびしょ濡れになっていた。
玄関の鏡は曇りきっていて、いつから拭いていないかも分からなかった。
曇りきった鏡に映る自分の姿を見つめた。
「変わらない」のではなく「変われない」のだ。
突きつけられた現実が恐ろしくなる。
散らかっている適当なタオルを取り、自分より先に鏡を拭いた。涙なのか雨なのか分からない水滴は床にベチャベチャとこぼれていく。
拭き終わった鏡は輝く事はなく、ただ水に濡れただけの古臭い鏡だった。