ラッキー・アイテム
「最初はもう、とんだインチキくじだと思いましたけどね」
古書店・真珠堂の奥座敷で、久々に顔を出した常連の青年は若き店主・真樹啓介に左頬をさすりながら話す。
「ほら、北傘岡駅のあたりにあるあそこ……。最近になって、恋愛成就、縁結び、なんて看板を掲げるようになったと聞いたもんだから、物は試しとお参りに行ってみたんです。で、いつもの調子でおみくじを引いたら、『幸運の鍵は「豆菓子」』なんて書いてあるんですよ」
「幸運の鍵……ラッキーアイテムを書くなんて、ずいぶん俗っぽい神社のくじがあったもんだ。で? それからどうなったんだい」
「そこなんですよ。まあ、元々豆は好きですからね。柿ピーでもなんでも、見つけたら買い込んでぼりぼり食べてたら、左奥の歯が欠けちゃって。びっくりしましたよ、歯って割れるんだなあ、って……」
「おおかた虫歯だろ? 人間の歯はそんなに簡単に割れるような代物じゃないんだ。それより、さすりっぱなしなのは単なる癖かい? まだ治療をしてないなら――」
「さすがに歯医者は行ってますよ! 近所に新しくできた歯医者があったんで、とりあえずそこへ駆け込んだんです。そうしたらまあ、これが驚きましてね……。僕好みの、清楚でメガネの似合う、立原って歯科医のおねーさんが担当になったんです。簡単な治療でささっと直して済まそうと思ったけれど、会う回数が欲しかったもんで……」
「対して稼ぎもないアルバイターのくせに、貯金はたいて保険適用じゃないやつにしたな? その立原のおねーさんのためにも、さっさと堅い商売に鞍替えしたらどうだ」
「まあまあ、お説教はそこまでで。でもって、いよいよ明日が最後の受診日でしてね……その……」
「待った! だいたい今までの流れで言いたいことはわかった。――いよいよ明日、寄せた好意を打ち明けるからその勇気をくれとかなんとか言うんだろう」
迷惑そうな真樹の問いかけをよそに、青年はその通りなんです……とニヤニヤした表情を返す。呆れて怒る気にもならなかった真樹は適当に、
「まあ、頑張りな。どうなってもオレは知らないけど……」
と、おかわりの麦茶を彼のコップへ注いでやるのだった。
さて、それから幾数日経って――。
「真樹さぁん、ダメだったぁ」
「――やっぱりそうかあ」
「なんだよぉ、展開透けて見えてたならなんかアドバイスしてくれたってよかったじゃないの。『私、普段の生活がだらしない人は嫌いなの』って、にべもなく……」
「あったり前だ。君の普段の素行はヨレた服装、生活習慣はロクロク磨かない虫歯で透けて見える。職務で治してるんだぞ向こうは……」
わかったらまっすぐ帰れ、と青年を追い出すと、真樹はしばらく、つけかけの帳簿をにらんでいたが、
「……あいつにはしばらく、真実は伝えないほうがいいかもしれないなぁ」
そばに投げてあった朝刊の三面、小さく載った「女性歯科医、結婚詐欺容疑で逮捕」という記事の見出しへ憐れむような目を向けた。しかも、容疑者の苗字は「立原」――。
「せいぜい虫歯と、豆菓子には感謝しとくんだな。魔を滅すると書いて、豆ともいうんだから」
何が幸運で、何が不幸か。ふたを開けて見ないとわからないものなのかもしれない――。
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