寒い夜に美味しい空腹
しいなここみ様主催『冬のホラー企画2』参加作品です。
残酷描写、およびそれを想起させる表現が含まれます。苦手な方はブラバ推奨です。特にお食事中の方はご注意ください。
うちは貧乏です。
お父さんがいなくなってからお母さんが一生懸命働いてくれてるけど、僕がいるからあんまりいっぱい働けません。
だから、いつもうちのご飯はお野菜ばかりです。
ご近所の畑の人が分けてくれるお野菜がいつものうちのご飯です。
お母さんのご飯は美味しいけど、たまにはお肉が食べたいです。
でも僕はそれをお母さんには言いません。
前にそれを言ったらお母さんがとっても悲しい顔をしたからです。
お母さんは僕のために頑張ってくれてます。
だから、僕はお母さんを悲しませないようにイイコでいないといけないのです。
「ごめんね。いつもいつもお野菜ばかりで」
お母さんは悲しい顔をします。
「ううん。お母さんの作るご飯はいつも美味しいよ」
僕は笑います。
「……そっか」
「……?」
でもお母さんは笑ってくれません。
ううん、ちょっと悲しそうに笑ってます。
なんでだろう。
いつもお野菜のご飯ばかりのうちだけど、お父さんがいなくなってすぐぐらいの時はお肉を食べました。いっぱい食べました。
「美味しいものいっぱい食べて、元気だして頑張ろう!」
お母さんはそう言って美味しいお肉のご飯をいっぱい作ってくれました。
あの時のお肉のご飯は美味しかったです。
お野菜のご飯も美味しいけど、やっぱりたまにはあの時みたいなお肉のご飯を食べたくなります。
「……お腹、すいたな」
お野菜ばかりだとお腹いっぱいになりません。
「何か言った?」
「え? う、ううん。なんでもないよ」
「……」
あぶないあぶない。
思わず口に出ちゃってたみたいです。
そんなことを言ったらまたお母さんが悲しい顔をしてしまいます。
お野菜だって美味しいです。ご飯が食べられるならそれで嬉しいです。
……でも、いつかまた、あの美味しいお肉のご飯が食べられたらなぁ……。
「……え? これって……」
「じゃーん! 今日は奮発しちゃいましたー!」
それはお肉でした。
豚肉かな。お肉を焼いてお塩をかけただけだけど、それはあの時みたいなお肉でした。
「……い、いいの?」
お母さんの顔をおそるおそる見上げます。
いつも「ごめんね」って言いながらお野菜のご飯を作ってくれてたお母さん。
悲しい顔をしてたお母さん。
「……今日はあなたの誕生日でしょ?
今日のために、お母さん頑張ったのよ」
「……あ」
そうでした。
今日は僕の生まれた日でした。
忘れてた。
「だから、今日ぐらいはお肉を食べましょう。
いっぱいあるから、たくさん食べてね」
そう言ってお母さんが冷蔵庫を開けると、中には本当にたくさんのお肉が入ってました。
前にいっぱいお肉を食べた時ぐらい、たくさんたくさん入ってました。
「やったー!」
僕は喜びました。
もうそんな日は来ないと思いながらも夢に見ていたから。
「ふふふ」
お母さんは笑ってました。
嬉しそうな笑顔です。
僕が本当に嬉しいからお母さんも嬉しいみたいです。
「僕、お母さんはお肉嫌いなんだと思ってた」
「あら、なんで?」
「だって、前にお肉をいっぱい食べた時はお母さんとっても痩せちゃったから」
「……」
あんなに美味しいお肉をいっぱい食べたのに。
そのあと、お野菜ばっか食べるようになって元気になったから、すごく安心したのを覚えてます。
「……そっか。心配させちゃったのね。
でも大丈夫。お母さんはもう大丈夫だからね」
お母さんはにっこりと微笑みました。
そのあと、僕たちはお肉をいっぱい食べました。
久しぶりのお肉は、やっぱりとっても美味しかったです。
それから何日かしたら、お母さんがいなくなりました。
ううん。おまわりさんたちに連れていかれちゃいました。
お隣さんがいなくなっちゃったみたいです。
お母さんはおまわりさんにお話を聞かれるみたいです。
僕もおまわりさんに連れていかれそうになりましたが、お母さんが最後に渡してくれた、お野菜を切ったりするための包丁とお弁当を持って、走って逃げました。お母さんがおまわりさんたちを掴んで、僕を逃がしてくれました。
「……はぁはぁ」
いっぱい走って疲れました。
神社の石段に座ってちょっとお休みします。
「……お腹、すいたな」
いっぱい走ってお腹がすいた僕はお弁当を食べることにしました。
お母さんが作ってくれた最後のお弁当です。
「これからどうしよう……」
丁寧に包まれたお弁当の袋を開けます。
これからのことを考えるととても不安です。
とりあえずおまわりさんに捕まっては駄目なようです。だからお母さんは僕を逃がしたんだと思います。
「……まずはお弁当食べよう」
お腹がすいてきちんと考えられないので、まずはお弁当を食べようと思います。
「ぼうやぁ~。こーんな所で一人でなぁにをしてるのかな~?」
「!」
僕がお弁当箱を開けようとしていると、前から知らないおじさんがふらふらと石段をのぼって歩いてきました。
「もう暗くなってきたのにぃ、一人でこんな所にいたら駄目だろぉ」
おじさんは酔っぱらっているみたいでした。
夢中で走ってたから気付かなかったけど、いつの間にか辺りは暗くなっていました。もう冬だから、たしかにどんどん寒くなっているような気がします。
「おっ。なんか美味そうなモン持ってんなぁ」
おじさんが僕のお弁当を見つけました。僕は慌てて蓋を閉め直して背中に隠します。
酔っぱらいは嫌いです。
お父さんもよくお酒を飲んで酔っぱらって、そのたびにお母さんを叩いてたから。
お母さんはいつも、僕を守ってくれてたから。
「ちょっとおじさんにもちょうだいよぉ」
「や、やだっ!」
おじさんが僕に手を伸ばしてきたから、僕は必死でお弁当を守ります。
これはお母さんが僕に作ってくれた最後のお弁当です。これは誰にもあげません。
「ちっ。いいから寄越せよ!」
おじさんはお父さんみたいに舌打ちをすると、勢いよく僕に手を伸ばしてきました。
「いやだっ!!」
僕はその手をお弁当から遠ざけるために、おじさんの体を思いっきり押しました。
「おっ! ……とぉ?」
「……あ」
神社の石段に座ってた僕。
目の前にいるおじさん。
僕が思いっきり押してバランスを崩してよろけるおじさん。
そしておじさんは……。
「わあぁぁぁぁぁーーーっ!!」
「お、おじさんっ!」
そのまま石段をゴロゴロと転がり落ちてしまいました。
そして、
「ぎゃっ!?」
ゴツッ! というすごい音をたてて、おじさんは頭を地面にぶつけました。
「あ、ああ……」
少しすると、おじさんの頭の下からすごい量の血が出てきて、おじさんは動かなくなりました。
「あ、わああぁぁぁぁーーーっ!!」
僕は怖くなって逃げました。
石段を上がって、神社の境内を抜けて森の中へ。そのままわけも分からず走りました。
「……はぁはぁ」
しばらくして疲れて立ち止まった僕は森の中にぺたりと座り込みました。
もう空腹と疲れで歩けそうにありませんでした。
「……お腹、すいたな」
あんなことがあった後なのに、僕のお腹はぐぐぐーっと音をたてて食べ物を欲しがってきます。
「……あ、この匂い」
すると、抱えていたお弁当箱の中からすごくいい匂いがしてきました。
さっきは気付かなかったけど、この匂いって。
僕は慌ててお弁当箱の蓋を開けました。
「……お肉だ」
それはお母さんが焼いてくれた、僕の大好きなお肉でした。
お弁当箱にいっぱい入ってました。
「……ああ、そっか」
でも、それはいつもと少し形が違いました。
いつもはお母さんが綺麗に切って食べやすいようにしてくれてたけど、このお弁当箱の中のお肉は、たぶんそのままの形のお肉を焼いただけみたいです。
僕はそれがなんなのか、すぐに分かりました。
お母さんもおまわりさんが来るかもしれないと思ってたから急いでたんだと思います。それか、僕にそれがなんなのか教えてくれようとしたのかもしれないです。
これからは、僕が一人でお肉を食べて生きていかないといけないから。
「……いただきます」
僕は両手を合わせていただきますしてから、お弁当箱の中身を齧りました。
少し硬かったけど、やっぱりお肉は美味しかったです。
「……ん?」
よく見ると、お弁当箱の蓋の裏にライターと小さな紙切れがセロテープで止められてました。
僕はそれを取って折りたたまれた紙切れを開けてみました。そこには、お母さんからのメッセージが書いてありました。
『お肉はよく焼いてから食べなさい』
それはお母さんからの最後のメッセージでした。
「……わかったよ。ありがとう、お母さん」
ちょうどお弁当を全部食べ終わった僕は立ち上がり、ライターとズボンの腰のところに差してた包丁を持って、走ってきた森を戻りました。
少し迷ったけど、ちゃんと神社まで戻ってこれました。
「……良かった。まだあった」
石段を見下ろすと、おじさんはまだそこにいました。
この神社は人もいないし、夜になると誰もこの辺りには来ません。
僕は石段を下りておじさんの所に行きました。
「……寒い」
日が沈んで完全に夜になるとやっぱり寒いです。
「……あ、雪」
少しして、空からチラチラと雪が降ってきました。どうりで寒いはずです。
慌てて逃げ出したから僕は部屋着のままです。全身が震えて、手がかじかみます。
「あ、そっか。おじさんからもらおう」
僕は動かなくなったおじさんが身に付けてたマフラーと手袋をもらいました。洋服は僕にはおっきすぎるから、どこかで違う人からもらうことにします。
「暖かい」
マフラーと手袋をしただけでけっこう暖かくなりました。
「……あとは」
僕はおじさんを石段の上まで運ぼうと足を掴みました。
「……っ。重い……」
でも、おじさんは僕には重くて引きずることもできませんでした。
「どうしよう……あ、そっか」
ちょっとだけ悩んだけど、僕はすぐにどうすればいいか分かりました。
僕は包丁を取り出して、おじさんの肘らへんに当てました。
「持てるだけ持とう。お弁当食べたから少しだけでいいもんね」
そして、思いっきり体重をかけて包丁を押し込みました。
けっこう大変でしたが、硬い部分を避けるようにして進めていけば何とか切ることができました。
「……あとは」
僕は切った部分だけを抱えて石段を上がりました。これだけでもかなり重たいです。こんなにいらなかったかもしれません。
「うーんと、落ち葉とかを集めて、あ、中に置けば雪でも燃えるよね」
僕は切ったものを神社の中に置いて、なるべく雪がかかってない落ち葉をたくさん集めてその周りに置きました。
「よし」
準備ができたら、ライターで落ち葉に火をつけます。焼き芋みたいです。
「やった! 燃えた!」
何回かチャレンジすると、ようやく落ち葉に火がついてお肉を焼き始めました。
「……あ、」
でも、それと同時に神社も燃えだしちゃいました。そういえば、木でできてるおうちはよく燃えちゃうってお母さんが話していたのを思い出しました。
「に、逃げなきゃっ」
僕はせっかく焼き始めたお肉をもったいないなと思いながら、このままじゃ自分も燃えちゃうと思ってそこから逃げ出しました。
石段をおりて、おじさんを飛び越えて走りました。
「はぁはぁ……」
ずいぶん走ったなと思った頃、遠くに消防車のサイレンの音が聞こえました。
きっと僕が燃やしちゃったのを消してくれるんだと思います。
「えっと、ごめんなさい」
僕は神社の方にぺこりとごめんなさいをして、雪の降る寒い街を歩きました。
しばらく歩くと大きな公園があったのでそこに入りました。人は誰もいません。
いつの間にかずいぶん遠い所まで来ていました。
そこは街を見渡せる公園でした。
「……寒い、なぁ」
やっぱりマフラーと手袋だけじゃ寒いです。
早く誰かから洋服をもらわないといけまけん。
「……お腹も、すいたなぁ」
それにお弁当だけじゃ足りなかったみたいで、いっぱい走ったのもあって、僕はまたお腹がすいてきました。
「……でも」
僕は顔をあげて目の前に広がるキラキラした街を眺めます。
「この光の分だけお肉があるんだ。洋服ももらって、ついでにお肉も食べよう。
いっぱい食べよう」
僕はなんだか楽しくなってきました。
こんなにたくさんお肉があるなら、僕はもうお腹がすくことはないんだ。そう思うと、元気も出てきました。
「ど、れ、に、し、よ、お、か、な……決めた!」
僕はキラキラした街の明かりの中からひとつを選びました。
僕と同じぐらいの子供がいたら洋服もちょうどいいのがもらえるから嬉しいです。そうじゃなくてもお肉を食べれるから嬉しいです。
「れっつごー!」
僕は走り出しました。
なんだかとっても楽しいです。
いつか、お母さんともまた楽しくお肉を食べたいです。
だからそれまで、僕は一人でお肉をたくさん食べます。
お母さんにまた会った時に、僕はこんなにたくさんお肉を食べたんだよってお話するのです!




