8.人魚と天使
人間には職業という概念があるが魔物には存在しない。
魔物にとって職業とは種族のことだ。
だから俺の職業は天使だった。
人間にも魔物にも属さない天使という種族。
何層にも連なる階級と規律。冒してはいけない禁忌の数々。
天使というのは窮屈な縦社会の象徴だ。
「さすがは我が息子。当然のように首席だ」
「たまたまだよ父さん」
天使には子供の時に通う学校が存在する。
天使としての規律や知識を入れるための施設。
生まれつき優秀だった俺は難なく首席で卒業した。
「……つまらないな」
天使という生き物はプライドが高く他人を道具や敵としか思っていない。
自分の利益のために簡単に裏切る。
そしてその生き方に染まって何人も切ってきた俺も醜い。
そうでもしないと首席は無理だった。
それから普通に働いて適当に生きていたある日事件が起こった。
「エルドルド、君は召喚魔法に詳しいだろう?」
上司に声をかけられた俺は天界と人間界を繋ぐゲート、天門に不具合が生じたらしく修理を命じられた。
修理自体は大したものではなかったがトラップが仕掛けられていた。
天門への細工はトップクラスの禁忌で破る者なんていないと思っていた。
そして俺は天門に吸い込まれて人間界に降り立った。
「……ここは?」
目を開くと目の前に青い天井と気泡が見える。
「あ、目が覚めたんだね!」
身体を起こすと元気で活発な人魚の少女が目の前に現れる。
「びっくりしたんだよ、いきなり空から落ちてくるんだから」
「ここは海なのか?」
「そうだよ」
「ということは人魚の領土なのか?」
「うんうん、私は近くにあった湖でみんなと暮らしてたんだけど人間に襲撃されてさ逃げて来たんだよね」
「つまり普通なら人魚は存在しないのか」
人魚には水中でも呼吸出来るようにする魔法がある。
それにしても随分と手荒い歓迎だ。殺す気満々なのがよく伝わってくる。
「さて、誰を呼び出すか」
俺の召喚魔法なら魔力を知っている相手なら天界からでも人間界に呼び出せる。
問題は誰にするかだ。選択をミスると死ぬ。
「……あれ?」
どうせ時間がかかると思って魔法陣を作ろうとするが魔力が練れない。
自分のステータスを見るとご丁寧に弱体化がかなり掛けられている。
ここまでの弱体化を使える奴は一人しか心当たりはない。
「ねえねえ、名前はなんて言うの?」
「俺はエルドルドだ」
「私はディーナ。よろしくねエルドルド」
「あぁ、よろしく」
俺はおとなしく差し出された手を取る。
今の状態だとディーナにすら余裕で負ける。
「よろしくねエルドルド!」
テンションが高いディーナはもう一度挨拶すると手を上下にブンブン振る。
「そういえば、何でエルドルドは空から降ってきたの?それにその羽ってことは天使様なの?」
「その通り俺は天使だ。同僚に嵌められ人間界に落とされてしまってな」
基本的に天使が人間界に降りた場合正体を悟らせてはいけない。
だがごまかせそうにもないし人間というのはリスキーだと思った。
「それは大変だね……戻れるの?」
「加えて弱体化も掛けられて魔力が全く練れない」
「え!まずいんじゃない?」
「もちろんまずい、俺を殺そうと思えばいつでも殺せるぞ」
天使が殺された事例はあまり聞かないが少しは存在する。
天使の羽は国宝に使われたりと高価に取引されている。
「そんなことしないよ!」
ディーナは心外という顔を近づけてそう口にする。
「だから助けてくれるとありがたいんだが?」
「うん、私に出来ることなら何でもするよ!」
ディーナはそう言い切った後表情を暗くする。
「でも私さ、人間に狙われてるから巻き込んじゃうよ?」
「それを言うなら俺も狙われる対象だ。羽も隠せないしな」
「そっか、それじゃあ一緒に頑張ろう!」
ディーナは嬉しそうに笑いながらそう言った。
それから人魚と天使の奇妙な生活が始まった。




