10.決着、そして次へ
「終わった、僕の勝ちだ」
僕はそう言ってとどめの一撃を入れようとする。
「聖なる槍」
下層で創ったものと比べると遥かに小さいが十分だろう。
そう思って放ったがエルドルドには届かず途中で跡形もなく消える。
「は?何が起きて――」
僕が理解出来ない声を出すとエルドルドは死を象徴させるような漆黒な翼を広げる。
そして俯いて何かを呟きながら浮上する。
「守る。家族を守る。家族を守る!」
エルドルドはそう咆哮すると漆黒の翼を飛ばしてくる。
僕が放った勇者の羽よりも数段早い羽を剣で弾いて辛うじて回避する。
「堕天使エルドルドが命じる。家族を害する悪に裁きの炎を。地獄の業火」
名に恥じない温度の高さによって黒く濁った炎が飛んでくる。
僕は全速力で飛行して回避した先にエルドルドが剣を振るう。
「キィン!」
何とか弾いたがガードの空いた腹部に蹴りを貰って地面を溶かす炎に突っ込む。
「ぐぁあああ!」
地獄の業火による炎には呪いの効果が付与されていて火傷ではなく硫酸をかけられたような溶ける感覚に襲われる。
「何がどうなってる!」
僕は回復をしつつエルドルドから逃げるように飛行する。
死に体だったのにも関わらずさっきまでの比ではない殺気を感じる。
「我願う。水の精霊ウンディーネよ、そなたの眷属を侵す勇者を穿て。天の怒り!」
「っ!ありかよこの規模!」
王都全体に現れた積乱雲を見て僕は全力で外に逃げようとする。
だが空から無数に降ってくる文字通りの槍の雨に防御魔法を唱える。
「死を拒絶する勇者の盾!」
加えて結界を創り出す魔法を唱える。
「勇者の結界!」
「鉄の処刑場」
同じタイミングで僕とエルドルドは魔法を唱える。
僕の結界は自分自身を囲うもの。
エルドルドは王都全体を囲う結界を創り出す。
「堕天使エルドルドが命じる。自然を超越せし力よ今ここで作用を開始せよ。核分裂」
傷を広げたエルドルドはそう言うと太陽のように光る赤い玉を溜まった水中へと投げる。
すると広がるように水が赤く染まっていくと凄まじい水蒸気を上げる。
「……正気か?」
下層でのものとは比較にならない水の量と範囲に血の気が引いていく。
「我願う。火山の女神たるペレよ、移ろう気をこの刹那だけ我に向けたまえ!山の怒り!」
さらに傷を広げたエルドルドがそう唱えながら地面に手を着くと大地が縦に揺れて地下から得体の知れない力の塊のようなものが迫ってくる。
生物が抗える次元を超えた力が迫り地面が割れて炎の柱が噴出してくる。
そして広がるように熱せられていた水が噴火によって全体が熱せられ水蒸気爆発を起こす。
この瞬間地図上で王都は真っ黒に染まった。
「……感覚がない」
意識は復活したが指の一本さえも動かない。
もはや生きてるかどうか怪しい。
瞳だけを上に向けると雲が晴れて光が差し込む空に向かっていろいろな物が昇っている。
その光景はどこか神秘的で天界みたいだと錯覚させる。
「終焉の悲劇」
だがその光景は突如として終わりを迎え空が赤く染まる。
赤の正体はエルドルドが生み出した重力の塊で王都の残骸を吸い上げていく。
抵抗する力が残されていない僕は逆らえずに吸い込まれて瓦礫に押しつぶされる。
「このまま目を閉じれば楽になれるのか――」
その瞬間終焉の悲劇が解除されて地面に落下する。
「……何が起こった?」
「ゴホッゴホッ!」
静かな荒地に苦しそうに咳き込む音が響く。
その音は死にかけという言葉がピッタリだ。
お互いにもう限界なのだ。
「……〈隠密〉」
僕は気配を殺して潜伏することにした。
このまま時間が経てば先に死ぬのはエルドルドだ。
「どこだ、どこだ勇者!」
エルドルドは悲痛な叫びを上げる。
既にその瞳はほとんど何も見えていない。
「殺さないと、確実にこの手で殺さないと!」
エルドルドはおぼつかない足取りで僕を探し始める。
「……いない、ダメだ!逃がしてはダメだ!」
エルドルドはそう言うと詠唱を始める。
「いと慈悲深き神よ!我の全てを奪って構わない!」
エルドルドがそう唱えると禍々しい魔力が生み出されていく。
「だからどうかもう一度我に神の御業を!勇者を穿つ――」
「もういい」
エルドルドは詠唱を辞めると後ろを振り返る。
「もういいよエルドルド。お前の勝ちだ」
そこにはボロボロのユリウスが立っていた。
それを見たエルドルド一目散に動き出して剣を突き刺す。
「あぁ、やった、やったんだ。勇者を殺したぞ」
エルドルドは死を確認すると涙を流しながらそう呟く。
「もう大丈夫だ。もう大丈夫だよディーナ、ミク。これでお前達に危険が及ぶことは、な、い」
エルドルドは最後にそう言うと身体が灰のようになって消え去った。
「〈繋ぐ者〉の効果でステータスが向上しました」
「スキル〈変化〉を獲得しました」
〈変化〉 効果:自身の見た目を任意のものに変身させる。
「……ミーナ」
さっき殺されたのは〈変化〉を使ってユリウスに姿を変えたミーナだ。
普通ならエルドルドは見破っただろうが既に限界が来ていたエルドルドは誤認した。
仮にミーナが身代わりにならなかったらエルドルドはもう一度天変地異を起こしていた。
「結局また僕だけが生き残った」
僕はミーナの遺体を見下ろしながらそう口にする。
エルドルドは家族を守ろうと全てを懸けて戦っていた。
心がミシミシと音を立ててヒビが入っていくのを感じる。
恨みや怒りで無理矢理繋いでいた緊張の糸が切れていく。
「ダメだ、ダメだダメだ。折れるな、まだ始まったばかりだ、ここからもっと強い敵が……」
エルドルド以上に強い敵?そんなのがまだまだいるのか?
「勝てない、僕一人じゃ勝てないじゃないか」
仲間を作ったら作ったとして死ぬことなんて分かりきって――
「ふう、何とか先に着きましたか」
その瞬間空から同い年ぐらいの長い金髪をなびかせた少女が王都だった場所に降り立つ。
そして僕を見ると瞳を大きくする。
「これは意外ですね。てっきり堕天使がいると思っていたのですが」
「……あなたは?」
僕がそう尋ねるが少女は無視して僕の右手を掴む。
「腑抜けた勇者がこんな偉業を成し遂げるのは不本意ですが、いい種馬を手に入れられたってことですね」
可愛いらしい顔立ちとは対象的にかなり失礼なことを言う。
そんなことを考えていると遠くから禍々しい何かが凄い勢いで向かってくるのを感じる。
「……遅かったか」
「ええ、あくびがでるわ」
そこに現れたのはエルドルドのような黒い羽を持った魔物だが人の形をしておらず様々な魔物が混じり合った印象を受ける。
そして覚醒したエルドルドには劣るが十分すぎるほどに強い。
「あ?何で女神以外の人間が……」
魔物はそこで言葉を止めると凄い形相で僕を睨む。
「エルドルドが負けたのか?勇者といえど平和ボケしたガキに?」
「どうやらその通りみたいです。ということでこの種馬は貰って行きますね」
「させると思うか?」
「逆に出来ないと思ってるんですか?」
少女がそう言うと二人共詠唱をしようとする。
「ここは引きなさい混沌の王」
「で、ですが!」
「女神をここで相手するのは早計だ。それに聖騎士がオーガの領土に侵入し始めた」
「っ!……分かりました」
「逃げるんですか?」
「クズ共が」
魔物は苛立ちをぶつけるようにそう呟くとこの場から去った。
「慈愛の神ヘスティアよ。女神ソフィアの名において疲弊した勇者を癒し給え。癒しの光」
少女はそう言って魔法を唱えると僕の傷が急速に癒えていく。
「あなた名前は?」
「……ユリウス」
「そう、ユリウスは勇者よね?どうして生きてるの?」
「僕は隠し子で捨てられたから記録に残ってないんだ」
「なるほど、クズ行為が幸いしましたってことね」
「あなたは?」
「私はソフィア。職業は女神よ」
「……女神ってあの?」
女神は勇者に匹敵する強さの職業で血筋ではなく完璧に運によって与えられる。
だから女神には神の生まれ変わりという言葉がよく使われる。
「これからユリウスは私と一緒に聖騎士の本部に来てもらうから」
聖騎士は勇者が落ちぶれてから台頭してきた組織で現在の人間界では一番力を持っている組織だ。
そしてその最高戦力が目の前にいるソフィアという少女だ。
これから僕はこの人類最強のソフィアと更なる戦いに身をおいていくことになる。




