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天蓋のエリュシオン

断罪後の悪役令嬢の身体を貰ったら、何故か義弟に押し倒されているのですが。

作者: 高瀬あずみ

R指定な内容はありません。



「王家からの命で生涯幽閉の決まった貴女を監視監督するのが僕の役目です。これで、誰憚ることなく貴女を僕だけのものにできる。ずっとこの機会を狙っていたのです、義姉(あね)上」


 艶のある黒い前髪の間から覗く柘榴色の瞳が、まっすぐ私に向けられている。白い肌に黒髪と赤い瞳が映えていて、

(ああ、きれいだなあ)

 なんてうっかり思ってしまった。元より彼は攻略対象者だ。顔がいいのは当然のこと。背が高くても身体は細身で、いささかひょろっとした印象はあるが、それでも女である私よりも力があって、押さえつけられた両手をぴくりとも動かすこともできない。体重がかけられて沈むベッド。恍惚とした表情で近づく白皙の美貌。吐息がかかる距離。

(見とれてる場合じゃなかった!)

 顔を背けて迫る唇を避けながら抗議することにした。

「バジーリオ、わたくしたちは姉弟ですのよ!」

「それが何か? 実の姉弟ではないのですし、何も問題はありませんね」

「それでも! わたくしはあなたを弟だと思ってまいりました!」

「貴女を姉だと思ったことなどありません。はじめて顔を合わせたあの日から、貴女がずっと欲しかった」

 甘い声が耳元で囁かれ、食まれる耳たぶ。くすぐったさに思わず反応してしまうと、這われる舌が首筋へと移動していく。このままではまずい。とてつもなくまずい。体内の奥深くで練っていた魔力を一挙に放出して、不埒な義弟の身体を吹き飛ばした。


「わたくしが欲しいのならば、いきなり押し倒すのではなく、きちんと口説いてからになさって!」


 ベッドから降り立つと、床に伏したままの義弟を見下ろしながら高らかに宣言する。さぞかし似合うことだろう。だって今の私は悪役令嬢のアダルジーザなのだから。



   ◇



 周囲で色々な音がする。慌てたような人の声。泣きながら私を呼ぶ声。機械音。

 痛みで思考すらままならないのに、もうこの身体がダメなのだと直感する。

 こんなに苦しいのに。それでも諦めきれなくて。

(死にたくない、死にたくない、死にたくない!)


『では、こんなわたくしの身体で良ければ差し上げるわ。もう疲れてしまいましたの』

(じゃあ、頂戴! 死にたくないの!)

『ええ。それではこちらにいらして』


 心臓の停止とほぼ同時に差し出された手に私は縋る。死から逃れることしか考えられなかった。

 少しは考えれば良かったのかもしれない。身体を他人に渡してもいいとまで追い詰められている相手の状況を確認もせずに手を伸ばす前に。

 もう悪夢のような痛みや苦しみはなかった。私の意識が浮かび上がるのと入れ替わりに沈んでいく彼女の魂が、その記憶を全て私に明け渡して目覚めぬ眠りについていくのを感じる。


『ごめんなさい、絵麻。逃げることしかできない弱いわたくしを許して』


 同じ歳の彼女の十八年間の記憶が一挙に流れ込んで、私の中に溶け込んでいく。彼女の身体で生きていくために必要だった。もう、絵麻だった私の身体には戻れない。私は今からドニゼッティ公爵家の娘アダルジーザなのだ。アダルジーザ……。

(って、乙女ゲーの悪役令嬢じゃん! しかも断罪後って、ちょっと待って!!!)

 ぱちりと、目が覚めてしまう。周囲が薄暗いと思ったら、ベッド周辺が布で覆われているからだ。天蓋式のベッドで目覚める日が来るとは思っていなかったよ。


 ひとまず状況を整理しよう。

 私、斎藤絵麻は高三の受験生。学校で倒れて病院で検査をしたら悪性腫瘍が見つかって、しかも手遅れだった。ここしばらく体調が悪いのは志望校のランクを上げて無理しているせいだとばかり思っていたら、まさかの余命宣告。年齢が年齢だから進行が早かった。それからはもう、あっという間。そしてあちらで死んで、アダルジーザの身体を貰ってしまった、と。


 ベッドから降りて、姿見に近づく。緩やかなウェーブを描くブルネットの長い髪。長い睫毛の下にはアーモンド型の紅玉の瞳。化粧せずとも赤く誘う唇は少しぽってりとして色っぽい。抜けるように白い肌はなまめかしく、形よく盛り上がって主張する胸に細い腰。間違いなく美女。グラマラスな美女。さすが悪役令嬢。恋敵はレベルが高くなきゃね。しっかし、この身体が今日から私なのか。見た目だけなら恵まれすぎな程。身体も至って健康のようで、あの痛みも苦しみもないだけでもありがたい。もちろん、何もかもが思い通りにとはいかない。だって断罪後の悪役令嬢の身の上だから。



   ◇



「ドニゼッティ公爵の娘アダルジーザと私、王太子コルネリオの婚約を破棄する」


 アダルジーザはアプリの全年齢対象の乙女ゲーム『天蓋のエリュシオン』の悪役令嬢だ。イケメン叩き売り状態の攻略対象の多様さがウリの、必ず推しが見つかると言われていたゲームの。

 それでもやっぱりメイン攻略対象は定番の金髪碧眼の王太子。アダルジーザはこの王太子ルートの悪役令嬢である。当然、王太子の婚約者という立場だ。ただし、ヒロインが現れる以前から、非常に彼女の立ち位置は危うかった。魔法が使えることが王侯貴族の証とされる世界で、筆頭公爵家の一人娘でありながら、アダルジーザは魔法が使えなかったからだ。その為、幼い頃から両親に見捨てられて公爵家の後継から外された。後継者には分家から魔力の多い男子が養子として迎えられ、アダルジーザはいない者として扱われる。愛情を与えられずに育った彼女が歪んでいくのは、まあ当然だったかも。

 その血統から、生まれてすぐに第一王子(後の王太子)の婚約者に定められてはいたけれど、特別な教育も施されていない。魔法を使えない女を未来の王妃にするわけにはいかないと、王太子に相応しい相手が現れれば解消されるというのが暗黙の了解だったから。むしろ、十八になるまで婚約者だったのが奇妙なくらい。公爵家の血統にはそれだけの価値があったということ。

 生家から見捨てられた彼女は、王太子と王太子妃の地位に執着するしかなくなってしまった。で、お約束の下級貴族の庶子だったヒロインが貴族のための学院に入学してきて王太子と仲を深めていくと、その前に立ちふさがる訳だ。


 卒業パーティで断罪というベッタベタな展開で、アダルジーザは婚約破棄された上、公爵家にて生涯幽閉が決定した。全年齢なので嫌がらせも程々だし、ざまぁもソフト。

 そもそも、名ばかりの公爵令嬢かつ名ばかりの王太子の婚約者に出来ることは少ない。取り巻きも友人も護衛もいないから、実行は自力になる。嫌味を言う、持ち物を隠すのがせいぜいだった。良心が傷んだので壊すこともできない小心さ。断罪されるほどの悪事もなしていない。結局のところ、婚約破棄の理由として都合良く使われただけだろう。

 断罪の結果が幽閉で済んだのは、アダルジーザが筆頭公爵家の娘であり、王位継承権すら持っているせいかもしれない。下手に放逐しては王家公爵家への反逆に利用される可能性もあった。ましてや、いくらでも穏便に事前に婚約解消はできたはずなのである。反対するのもアダルジーザしかいない。公爵家としてもこれ以上王家に関わる必要がなかったから。解消せずに浮気をした挙句、婚約破棄を突き付けた王太子の方が余程罪が重い。そんな王家の不手際を有耶無耶にするならば、アダルジーザにあまり厳しい処罰はできなかったんじゃないかな。


 それでも、アダルジーザにとっては絶望でしかなかったのだ。誰にもまともに相手をされず、誰にも彼女の言葉は届かない。誰も助けを与えてくれず、利用するだけして逃げ場すら与えない。それまでも十分に追い詰められていたアダルジーザの心は壊れた。もう何も考えたくない。もう生きてさえいるのが辛い。断罪の場で彼女は意識を失って崩れ落ち、何故か死にたくないと心の中で叫んでいた私の声を拾い上げた。

(こんなわたくしの身体で良いのなら。誰かの救いになれるのなら)



   ◇



 私がアダルジーザとして目覚めたのは、豪華ではないものの質の良い家具が配置された空間だった。思わず部屋のあちこちを探検してみると。

 現代日本人から見ればホテルのスィートルーム並の広さと設備があり、魔道具によって温水冷水も出るバスルームにレストルーム完備。クローゼットにはドレスではなくロングワンピースが用意されており、侍女の手を借りずとも着られそうだ。

 料理と掃除と洗濯に関しては説明文がテーブルの上に乗っていた。それによると、料理は時間になるとテーブルの上に転移される仕組みになっており、食後の食器も自動回収。一日一回はクリーン魔法が掛けられるため、掃除もいらない。洗濯物も指定の場所に置いておけば回収されて新しいものがそこに届くという。

 ちなみに公爵令嬢なのに冷遇されていたアダルジーザはベッドメイクもできたりする。悲しい……。

 室内には大量の本に刺繍道具など、貴婦人の好みそうなものが揃えられており、目覚めた私は環境を確認して

「なんて引きこもりに優しい環境……」

 と思わず呟いてしまった。スマホもPCもテレビもないので早々に退屈してしまいそうなのが心配なくらい。

 ただし、窓は非常に高い場所にあって、外を見ることはできない。そして何処にも、壁にも床にも天井にも、外に出るための扉がなかった。



「義姉上、お目覚めになられましたか?」

 転移の魔法陣の輝きと共に義弟のバジーリオが唐突に姿を現した。

 バジーリオは初期の攻略対象者ではない。しかし攻略対象者でもある。そう、基本の五人以外は、課金しない限り攻略できない。課金さえすれば百花繚乱な山盛り攻略対象者との恋愛を楽しめたのだろうけれど、受験勉強の息抜きに遊んでいる程度だったので、無料の範囲内しかプレイしていなかった。だから彼のシナリオを私は知らない。

 バジーリオはアダルジーザと同年である。数か月の差があるため義弟とされている。これが普通の悪役令嬢ならば、養子に入った義弟を虐げたりするのだろうが、アダルジーザの方が立場が弱いため、そんなことにはならなかった。彼が公爵家に迎えられた後も交流はほとんどない。だが家族どころか使用人にまで無視される生活を送っていたアダルジーザにとって、顔を合わせれば挨拶はしてくれる彼に悪い印象はなかった。


「バジーリオ……。ここは、どこ?」

 なんとかアダルジーザの使っていた言葉遣いはできそうで安心する。

「領地にある本邸裏の森の中にある塔です。王家の沙汰に従い、貴女の幽閉場所として王宮で倒れられた義姉上を領地まで僕の魔法で転移してお連れしました。本邸が元々王家の離宮であったことはご存知かと思いますが、ここは四百年ほど前の国王が寵姫のために用意した建物。この部屋への転移の魔法陣は本邸の当主の間に隠されており、使えるのは当主のみとなります。ここに来られるのは卒業と同時に公爵となった僕ひとりですから、侍女も付けられません。配膳などは建てた国王の魔法が残っているため問題なく使えるでしょう」

 公爵家継嗣のために養子にされたバジーリオは、国内でも有数の魔法の使い手であると同時に、父公爵が不熱心だった領地経営にも関わって実績を出していたこともあって、卒業と同時にドニゼッティ公爵を継ぐとは聞いていた。実権も父ではなく彼の元にあると、王都の公爵邸で使用人たちが噂していたものだ。

「そう。ではお父様は引退されたのね」

「ええ。これで思い通りに振舞えます。王家にも義両親にも口出しはさせません」

「でもあなたは以前から公爵家の実権を握っていたのでしょう?」

「建前上は従わなくてはいけませんし、名実ともに公爵となれる日をずっと待っていたのです。王家もようやく貴女を手放してくれましたしね」

「わたくし……?」

「貴女はたしかに魔法を使えない。けれど膨大な魔力を持っていることは確認されていました。正妃にはさせられないが貴女に王家の血を引く子を産ませるのを簡単に諦められなかったようです。勝手なものだ」

 吐き捨てるように言うバジーリオに違和感を覚える。アダルジーザの記憶の中の彼は、いつだって優雅な物腰の貴公子だったのに。

「王太子による婚約破棄については半年以上前から計画されていたのです。義姉上こそ被害者だというのに、下手を打つと王家有責になると教えて、我が家で引き取って幽閉することを承認させました」

「そう……だったの。半年も前に」

「義姉上にはいたずらに苦しむ時間を過ごさせてしまいましたが、ここにはもう、貴女を苦しめる者も傷つける者もいません。塔から出すわけにはいきませんが不自由はさせませんから、どうかゆるりと心の傷を癒していただければ」

 徐に跪き私の手をとって唇を寄せる彼に動揺する。女子高生だった私はこういうのに慣れてない。あと、挨拶であっても姉弟ではしないはず。

「バジーリオ!?」

 私の手を離さないまま立ち上がった彼に距離を詰められる。

「公爵家の継嗣として迎えられながら、今まで僕に婚約者がいなかったのを不思議に思ったことはありませんでしたか? 魔法が使えない貴女を王家が手放すのは予想されていました。最初から貴女の夫になるために引き取られたのですよ。それは僕にとっても願ってもないことでした。王都の別邸に引き取られたあの日、僕を庭園から覗いていた貴女に、野生の薔薇のような瞳に囚われてしまったのですから」

 うっそりと笑みを作る顔がどこか常軌を逸している気がして、思わず腰が引ける。

「数代前の国王には感謝しかありません。貴女を閉じ込めておくのに打ってつけの場所を用意しておいてくれたのですから。ずっと思っていました。王太子との婚約さえなくなれば、あなたを僕のものにできるのにと。いつまでも解消されない婚約に焦れて、いささか煽った人物もいますが、誰もが満足する結果になりましたよね」


(待って。誰をどう煽ったっていうのよ! あと私もアダルジーザも満足なんてしてないんだから!)

 声にならない私の叫びを封じるように明確に口づけを狙って近づく唇を自由な手で押さえようとした。が。

「ひゃあっ!」

 手首を握られて、そのまま掌を舐められて変な声が出てしまった。

「可愛い。そんな反応をしてくれるんですね。ずっと我慢してたんですよ? 同じ別邸で暮らしていた間、何度貴女を自分のものにしてしまおうと思ったことか。貴女の部屋で寝顔を眺めるだけの日々は本当に長かった」

「し、知らないっ! そんなこと」

「ええ、よく眠れるように魔法もかけていましたし。それよりも聞きたいことがあるんです。貴女は王太子妃に拘っていましたが、あの馬鹿を愛していましたか?」

 咄嗟に首を振っていた。アダルジーザの記憶にも王太子への愛も恋もない。徹底的に避けられ、ほとんど会うこともできず、優しい言葉も贈り物のひとつもない関係だった。愛して欲しい、優しくして欲しい。婚約者ならば望んでも良いのではないかと期待しては裏切られた。縋れる相手がいればまた違ったのだろう。でもアダルジーザには他に誰もいなかったから。

「ずっと優しくしてあげられなくてすみません。こうして抱きしめて慰めたかったのですが、王太子の婚約者という枷がずっと邪魔でした」

 もしバジーリオがあの日々に優しくしてくれたら。愛を乞われ愛を注がれていたら。きっとアダルジーザは逆らえなかっただろう。でも。

「もう僕以外の誰にも会わせません。ずっと貴女を閉じ込めたいと思っていましたが、まさか王命で許されるとは。貴女には僕しかいないのだと、これからわからせてあげますね。誰憚ることなく貴女だけを愛せます。それに貴女には僕の子を産んでもらわねばなりませんし」

 思いっきり、ヤンデレだった。鎖とかで繋がれてるわけじゃないから、ソフト軟禁溺愛コースの予感がする。すごく執着されているのが伝わってくる。そして腰に回された手の動きが、熱を帯びた眼差しが、身の危険を教えて来る。やばい。

 後ずさって逃げようとするも叶わず、そうして押し倒されてしまったわけだが。



   ◇



 愛に飢えたアダルジーザと違って、絵麻だった私はちゃんと両親に愛されて育った。もう会えないと思うと苦しいくらいに悲しいけれど死んでしまっては仕方ない。進学校で高校入学と共に受験に向かって走っていたようなものだから、偏差値の上下ばかり気になって彼氏もいたこともなくて、こういうことにまったく免疫がない。慣れてても問題あると思うけど、キス以前に異性と手を繋いだのって幼稚園とかくらいしか覚えがない。キャパオーバーでパニックしているけれど、だからってこのまま流されるのは違うと思う。魔法も使えず、女である私には抵抗の仕様がない。これまでならば。


 アダルジーザには魔力があったし、本当は強力な魔法も使えた。ただそれが、この世界の人の思考を越えたものであったから、誰にも分からなかっただけ。異世界に干渉する力。アダルジーザ本人すら追い詰められて無意識に使った魔法で私の魂を呼び込むなんて、思いもしていなかったのだから。異世界へと渡ったことで私が覚えたらしい魔法がこれまたちょいとチートだったりもする。

 そして今。眠って沈んだとはいえ、アダルジーザの魂は依然この身体にある。そこに私の魂が加わり、二人分の膨大な魔力を使えるとか、最強では?



   ◇



 私は魔法で床に抑え込んだバジーリオの上に馬乗りになる。

「ねえ、聞きたいのだけれど。あなたが欲しいのは、わたくしの姿をしただけの人形ではなくって? 身体を奪って更に依存させて? それであなたが満足するなら人形でも抱いていればよいのだわ。わたくしにはわたくしの意思があるの。思い通りになるだけの人形ではないの。人形でないわたくしが欲しいのであれば」

 そうして、ここぞとばかりに極上の微笑みを浮かべてやる。

「ちゃんと普通に面倒がらずに口説いてごらんなさい?」


 二人分の魔力で自在に魔法が使える今となっては、この塔からの脱出だって落ち着いて考えれば簡単だと分かった。周囲の森に人除け獣除けの結界があるけど、何の問題にもならない。転移も使えそう。だからいっそ、外国とかに逃げ出して第二の人生を楽しむのもひとつの手だと思う。

 ヒロインじゃなくても、魔法が使えなかったとしても、これほどアダルジーザは美人なんだから、人生勝ち組だと思うんだ。まあ、もう私なんですけどね。乙女ゲームらしく顔面偏差値の高いイケメン揃いの世界。ある意味選り取り見取りのはず。なんだけど。

 絵麻だった私には金髪碧眼のいかにもな容姿の王太子とかよりも、黒髪のバジーリオの方が馴染みやすい。実権握った若き公爵様ってつまり、スパダリじゃない? しかも向こうから愛されてるのも分かっている。ヤンデレで腹黒だろうが、つまりは浮気しないってことだし、そこはポイント高い。衣食住も保障されてるから、わざわざ一から手探りで居場所を作る手間もなく、煩わしい人間関係に悩まされる必要もない。


 ということで、彼で手を打ってもいいんじゃないかと思ったわけだ。実際、バジーリオのちょっと影のある容姿はかなり好みなんである。陽キャ、苦手なもんで。

 アダルジーザにとってバジーリオは完全に『弟』でしかなかったけれど、アダルジーザの記憶を手繰っても『弟』じゃなくて他人にしか思えなかった。日本の家と違って、大貴族は家族であっても同じ建物に住むわけでもないので、感覚としては同じマンションに住んでる別の家族、みたいな。血は近いから実際は従弟なんだけど、日本の法律でも従姉弟なら結婚できるし。

 それに、少女漫画とかで『血の繋がらない義理の兄(もしくは弟)との恋』なんていくらでもあったわけで。むしろときめいたわけで。この設定だけでもドキドキするんだから、絵麻的にはアリなのだ。しかも、『義姉上』なんて呼ばれつつ押し倒されるって、こう背徳感マシマシで、シチュエーションとして美味しいとかちょっと思ったりもする。


 ただし。今のようなヤンデレな彼ではさすがにどうかと思うので、力業ででも性根を叩き直させてからのお話だ。


「わたくしを惚れさせてごらんなさいな。恋愛というのは相手に気持ちを押し付けて、心を壊させることではないの。お互いに譲り合って築き上げていくものでしょう? わたくしと恋愛する気はあって?」

 片思いならひとりでできるけれど、恋愛はふたりじゃないと出来ないって聞いたことあるんだよね。

 言葉のひとつひとつに重力を加えてバジーリオにプレゼント。

「うっ……!」

「お返事は?」

「は、はい……」

 苦悶する美形男子って結構そそられ……あ、いえ。そういう趣味はない。ないはず。なので、良い子のお返事も貰ったので、少し重力を加減してあげることにした。顔色が戻った彼は見上げながら問いかけて来る。

「これほどの莫大な魔力に強力な魔法を何故今まで隠していたのですか」

「わざと隠していたのではないのよ? 自分でも知らなかったのですもの。好んであのような立場にいるわけもないでしょう?」

「それはそうですが」

 アダルジーザでなく他人になったからとかはさすがに言えない。付き合いはほとんどなかったから、別人であるとばれることはないだろうけれど、どう答えようか頭の中でしばし考えた。

「婚約破棄されて断罪されて。とても絶望したのだけれど、その果てに思ってしまったのですわ。もうこれ以上奪われるものはないと。失うものが何もないのであれば、わたくしはもう自由なのだと。そうしましたら、どうしたら魔法が使えるか、自分にどんな魔法が使えるのかが、この場所で目が覚めた時に分かったのです」

「今の貴女ならば王家も喜んで次期王妃として迎えるでしょうね。僕との婚姻も無かったことにされて。そうなったらもう、僕の手は届かない……」

 そう言うバジーリオの顔が歪む。その頬をつついて注意を向けさせる。

「今更、散々な扱いをされてきた王家の駒になる気はないわ。わたくしが王太子妃に拘っていたのは、そうなれば立場が確保されて愛されるのではと願っていたからよ。こうなってしまえば殿下も地位も欲しいとは思わないわ」

「でも貴女はその力があれば自由だ。ここに閉じ込めておくことはもうできないでしょう」

「わたくしが望めば、ね」

 バジーリオの上から床へと移動してそのまま横に座った私を上半身を起こした彼が驚いた表情で見つめて来る。

「僕から逃げないのですか?」

「逃げる必要を感じないの。もう王家とは関わりたくないし、これからよそに行くのも大変だわ。そうね、森を散歩くらいはさせて貰うけれど。ここにいればあなたが煩わしいものからも守ってくれるのでしょう?」

「誓って!」

 勢い込んで言う彼に微笑みかけると、首を傾げて可愛らしく見えるであろう仕草でおねだりをする。

「わたくしが本当に欲しいものをあなたはくれるのよね?」

 姿勢を正して片膝をついた彼は私の髪を手に取って騎士のように口づけた。そうして騎士のように誓った。

「あなたはずっと、居場所と愛情と家族を求めていた。その全てを僕が捧げましょう」

「わたくし、恋がしてみたかったの。それも、叶えてくださるわよね?」

「ええ。義姉上、いえ、アダルジーザ。これから二人で―――」


 近づく唇から今度は逃げなかった。

 逃げたくならないように全力で愛してね? そうでないと、いつでもあなたの前から消えてしまえるのだから。溺れるほどの愛情でどうか私を繋ぎとめて。

 ねえ、アダルジーザ。あなたが私に身体をくれたこと、きっと後悔させないくらい幸せになるから。

読んでいただいてありがとうございます。


以下、設定裏話。


大気に水に大地に魔力が溶け込んでいる世界。それを取り込むため、すべての人が魔力を体内に蓄えています。舞台である王国では、その容量が大きいのが貴族とされてきました。また、平民は魔力を体外に出して操作することができません。排出・操作できて貴族として認められます。大魔法使いが建国した国であり、魔法使い優遇措置(貴族位)のため使える人数も多く、他国よりも魔法が進んでおり、反対に他国では魔法使いは減少傾向。その為、戦争を仕掛けるには相手が悪いと、王国は攻め込まれません。魔法使いが貴族のせいか、研究者気質の者も多く、他国への野心を持つ王侯貴族もあまりいません。ただ特殊素材を欲して、ふらりと他国を巡る貴族もいたり。後に国に素材を売りつけて大商人になった者もいたり。


アダルジーザは本当は強力な魔法を使えるのですが、魔法の属性を越えて異次元に干渉する力だったため、誰にも使えると思われていませんでした。

後に絵麻入りのアダルジーザはスマホを確保。小説も漫画も動画も閲覧可能。カメラも使えます。悠々自適の退屈知らずで幸せに暮らします。極楽自主的軟禁生活。検索もできるのでかなりチート。ただ元の世界と連絡を取ったり買い物をしたりは出来ない模様。


半分平民の血を引く乙女ゲームのヒロインと王太子は結ばれます。ヒロイン本人は強い魔力持ちでしたが、生まれてきた王子は祖母の遺伝からか魔力が低く、王位を継ぐには足りないと糾弾されます。そこでアダルジーザとバジーリオの息子エウゼビオが初代王に比肩する大魔法使いとして生まれたため、王国は以降、ドニゼッティ王朝へと移行します。王太子であったコルネリオ(父王が長命のためまだ王位を継いでいなかった)とヒロインのディーナは息子と共に臣籍降下。

アダルジーザの祖母が前王の娘で、父公爵は国王の従弟。王族は莫大な魔力と引き換えなのか子供が生まれにくく、物語の時点で父公爵が継承権二位、アダルジーザが三位。バジーリオの父が父公爵の弟で四位、その長子が五位、次子であるバジーリオが六位でした。なのでエウゼビオの戴冠はスムーズに受け入れられます。


公爵となったコルネリオですが、王族は長命なのに妻と子を早くに(一般人からしたら普通の寿命)亡くし、代々短命の一族となり次第に貴族から疎まれていきます。かなり後になってアダルジーザが魔法を使えるようになったと知り、取り込もうと画策しますが魔法(物理)で黙らされます。見抜けなかった父王とコルネリオは無能の誹りを受けることに。

アダルジーザの両親は早々に他国を周遊したり優雅な生活を満喫していましたが、気付けばどうやっても故国に帰ることができなくなっていました。バジーリオが手を打っていたせいです。そのうち国元からの金銭も途絶え、無駄に長命なので最後は貧乏に苦しみます。魔法で他国に仕えるとかいった頭もなく、また王家以外に頭を下げずにきた矜持のため、そもそも働くという意識がないまま終わりました。


設定考えるのって本文書くよりずっと楽しい……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日本語が丁寧で読みやすかったです。 従弟と従姉弟とちゃんと使い分けてくれたりとか… セリフ内の言葉遣い(役割言葉)とか… すっきりした文章で読みやすくしようとすると、そういったところが丁寧…
[気になる点] 高魔力=長命ではないんですね? [一言] 絵麻ちゃんが18歳にしては打算的な思考なのが笑えるw しかも調教師の能力までお持ちとは
[良い点] バジーリオが魅力的です!! [一言] ヤンデレだけど、男性が主人公に一途なパターンは大好物です!心の栄養を提供して下さりありがとうございます!!
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